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「アイナ、さ……こっちに来てから剣を覚えなきゃいけないような事、あった?」

横顔にユーリの視線が刺さった。

「なんでオレに訊くんだよ」

それに気付かないふりをしたハルカが、ラピードに目を移す。

「だってさ、あたしがアイナにこっちでどうしてた?って訊いたら、ちょっと困った顔して助け求めるみたいにユーリを見たもん。だから、ユーリが言っちゃダメって言ってるんだと思った訳でございます」
「へぇ、意外と鋭いんだな」
「いいから答えてよ。イエスなのか、ノーなのか」
「イエス、だな」
「そっか」
「……訊かねぇの?何があったか」
「訊かねぇの。打ち明けるのにだって、相応しいタイミングってものがあるでしょ。だから今は何かあったんだってだけ、わかればいいや」

ふーん、とだけ反応したユーリが、落ちていた木の実を手にすると袖で拭いて口へ運んだ。カリッといい音がした途端、彼は思いっきり顔をしかめる。

「にがっ」
「え、どんだけ苦いの?」
「食ってみるか?」
「……冒険してみる」

受け取った木の実に恐る恐る噛り付くと、途端に広がる苦味。ハルカの眉間にシワが寄ると、ユーリが笑った。ハルカが口の中に居座る苦味と戦っていると、不意にエステルが起き上がる。彼女の枕になっていたラピードが両前足を前に出して背筋を伸ばした。それから未だにユーリの膝で眠るアイナにピッタリと寄り添う。

「エステル、大丈夫?」
「少し頭が……でも、平気です。私、いったい……」
「突然倒れたんだよ。何か身に覚えないか?」
「もしかしたら、エアルに酔ったのかも知れません」

聞き慣れない言葉にハルカが首を傾げると、その隣でユーリが言った。

「エアルって魔導器(ブラスティア)動かす燃料みたいなもんだろ?目には見えないけど、大気中に紛れてるってやつ」
「はい、そのエアルです。濃いエアルは人体に悪い影響を与える、と前に本で読みました」
「ふ〜ん、だとすると呪いの噂ってのはそのせいなのかもな」

エアルというものが魔導器を動かす燃料の役割を果たしていて、濃いと人に悪影響だという。他にも何かありそうだが、一度にすべて覚えるのは気が重い。
ハルカが新しい言葉を頭の中で整理していると、起きたばかりのエステルが出発しようと立ち上がった。咎めるようにユーリが口を開く。

「倒れたばっかなんだ。もうちょいゆっくりしとけ」
「そうはいきません。早くフレンに追い付かないと」
「また倒れて、今度は一晩中起きなかったらどうすんだよ。アイナだってまだ目ぇ覚ましてねぇし」

あ、と声を漏らした彼女の視線が彼の膝を枕に眠るアイナに向けられる。眉を下げて謝罪したエステルは、ハルカの隣に腰を落ち着けた。
するとユーリがハルカの手にあった苦い木の実を奪い、何も言わないままエステルに差し出す。ハルカが止める前にそれを口にしたエステルが眉間に皺を寄せて俯いた。意地悪に笑い出すユーリに突然、ラピードが訴えるようにひとつ鳴いて視線を彼の膝に落とす。そこには、薄っすら目を開けているアイナの姿があった。

「大丈夫か?」

頬を撫でながら問うと、彼女の小さな手が自分のそれに重ねられて静かに頷く。ゆっくりと起き上がって空いている方のユーリの隣に座ると、ラピードがアイナの膝に頭を乗せて目を閉じた。ラピードが甘えている姿を羨ましそうに見詰めるエステルに苦笑いしながら、アイナは彼の頭を撫でる。そのままユーリの方に視線を向けたアイナが口を開いた。

「みんなは、お腹空かない?私、ちょっと空いちゃった」
「じゃぁ、ちょっと待ってな。簡単なもんなら作れっから」
「ユーリは料理出来るんです?」
「城のコックと比べんなよ。下町育ちで勝手に覚えた簡単な料理だからな」

そう言うが手際よく調理しているユーリを意外そうに見るハルカとエステル。じろじろ見られている彼は少し居心地が悪そうだ。

「手際いいですね……私、うまくできるかどうか自信はないです。料理をした事もないですし」
「剣や魔術と同じで、やらないと覚えられないもんだよ。レシピ見て練習すれば作れるようになるって」
「レシピを見て練習ですか?……私、うまくできるかどうか自信はないです」

アイナの励ましも空しく項垂れてしまうエステルに、ハルカが「じゃぁ」と明るい声色で言う。緩々と顔を上げたエステルの翡翠色の瞳が真っ直ぐに向けられて、ハルカはニッコリと笑って見せた。

「慣れるまで一緒に作ろっか」
「いいね、それ。ひとりで作るより楽しいし」
「……いいんです?」

アイナと揃ってもちろん、と言えばエステルは心底嬉しそうに満面の笑みを浮かべる。和やかな雰囲気になり、温かな気持ちになっているとユーリが完成させた料理を差し出してきた。料理と呼ぶには質素なタマゴサンドだ。

いただきます、と声を揃える。アイナとエステルが美味しそうに頬張る中、ハルカは疑わしげにユーリ作のタマゴサンドと睨み合っていた。彼には悪いが、ハルカには料理が上手いようには見えなかった。タマゴサンドとはいえ手際は見事なものだったが、手際がいいから必ずしも味がいいとは限らない。

恐る恐る、口へ運ぶ。食べた瞬間に広がる味は今まで食べたどのタマゴサンドよりも、悔しいけれど美味しかった。

早々に自分の分を食べ終えたエステルが、なぜだか不満げにユーリとアイナを見る。それに気付いたふたりが彼女の方に視線を向けると、エステルはためらいがちに口を開いた。

「フレンが危険なのに、ユーリとアイナは心配ではないんです?」
「ん?そう見える?」

ユーリに逆にそう尋ねられたエステルは遠慮しながらも肯定する。すると彼とアイナとが顔を見合わせて、なんだかきょとんとしていた。

「実際、フレンの心配してないよね」
「フレンなら自分でなんとかしちまうだろうし。あいつを狙ってる連中には、ほんと同情するよな」

ねー、とアイナが語尾に含み笑い足して言う。ふたりは勝手に楽しそうだがハルカとエステルには意味がわからなかった。するとユーリが懐かしそうに目を細めて語り始める。

「ガキの頃から何やってもフレンには勝てなかったもんな。かけっこだろうが、剣だろうが。その上、余裕かましてこう言うんだぜ?大丈夫、ユーリ?ってさ」

一部だけ声色が少し変ったのは、きっとフレンの真似をしたのだろう。おかしくて思わずクスリと笑うハルカの隣で、エステルが悲しげな微笑を浮べた。

「羨ましいな……私には、そういう人、誰もいないから」
「居ても口うるさいだけだぞ〜」

咎めるようにユーリを小突いたアイナがふわりと微笑みかける。

「エステルには、これからそういう人が出来るんだよ。だから落ち込む必要ないって」
「……はい!」

エステルが心底嬉しそうに、元気よく頷いた。

不意にラピードが顔を上げてユーリをじっと見詰める。目で何かを訴えている彼が何を伝えたいのかハルカにもエステルにも解らなかった。けれど、ユーリはそれを理解した様子で立ち上がるとアイナとラピードもそれに続く。

「さて、そろそろ行くか」

ラピードは自らの後ろ足を使って焚き火に土を蹴りかけた。炎が消えると、ユーリとアイナとラピードは先程までと変らず寄り添って歩き始める。

「あ、ユーリ!」

慌てて呼びかけたハルカの方を振り返ったユーリに向かって、エステルと故意に声を揃えた。

「ごちそうさまでした!」
「お粗末さまでした」

ほんの少しわざとらしい口調でユーリが言うと、エステルと手を繋いでハルカもその場を後にする。
ラピードが突然立ち止まり、体勢を低くして唸り出したのは、その場から離れて間もなくの事だった。



to be continued...

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ほたるび