03


それから三人と一匹で人だかりの方へ向かう。壊れた噴水を男達が中心になって水を塞き止めようと、物を詰めていた。

「なんとしても止めるんじゃ!」

下町全体に響くような声を出したのはハンクスという老人だった。ユーリやアイナとは馴染みである彼は、こうして下町で何か起きると自ら進んで中心となって解決しようとする。
ユーリはアイナに待つように言うと、黙々と作業を続けている男達の背後から友人に声をかけた。

「なんだ、どでかい宝物でも沈んでんのか?」
「あぁ、でもユーリには分けてやんねぇよ。来んの遅かったから」
「はっはっは。世知辛いねぇ」

手を貸す訳でもなく、ただ声をかけるユーリに目を向ける事をしないまま苦笑いを浮かべて答える。

「世知辛い世の中なんだよ。魔導器(ブラスティア)修理を頼んだ貴族の魔導士様も、いい加減な修理しかしてくんないしな」

そう……近日、魔導器の調子が優れず住人達は互いに資金を出し合って修理を頼んだ。水道魔導器(アクエブラスティア)がない水を口にすれば、人は腹を下す。生活していくには必要不可欠な物だ。今日、直る予定だった。否……先程直ったはずであった。それがなぜか、状況が更に悪化してしまっている。

よく見慣れた全身を黒一色で固める青年が視界の端に入ったハンクスは、作業を続けたまま眼鏡越しに彼を見た。

「ユーリめ、やっと顔を出しおったか!」
「じいさん、水遊びはほどほどにしとけ。もう若くねぇんだから」

相変わらず立ったまま手伝おうとしないユーリの、遠まわしだが彼らしい気遣い。ハンクスにそれは理解出来ていたが、彼は不敵に口角を上げて返した。

「その水遊びをこれからお前さんもするんじゃよ」
「げっ」

不満そうに声を漏らしたユーリだったが、すぐ輪に加わって自らも作業を始める。彼は手を動かしながら隣に居る、先程声をかけた友人に呟くように言った。

「ハンクスじいさん、頑張ってるな」
「責任感じてんのさ。修理代、先頭立って集めてたのじいさんだから」

確かに今回もハンクスはよく動いてくれた。それは自治会長としての責任感なのか、それとも彼の人柄なのか。問われれば下町に住む者は皆、後者だと答えるだろう。

「その結果が、ドカンとはね。けど魔導士が手抜き修理すんのは、じいさんの責任じゃねぇよ」
「まぁね。おじいちゃんだって、おばあちゃんの形見まで手放してお金を工面したのに……」

ユーリは思わず手を止めて声の主を見て固まった。アイナがさも当然といった様子で溜った水に入り、すぐ隣で手を動かしている。ユーリは数分前の記憶を探って自分が彼女に作業に加わらないよう言った事を確認すると、アイナの腕を掴んだ。眉間に皺を寄せて憂いを孕んだ瞳を向けられている彼女は、半ば拗ねた様子でユーリを見返す。

「このくらい無茶じゃないよ」
「わかったから、もう止めろ。風邪ひくぞ」
「あんまり過保護だと愛想尽かされるぞ、ユーリ」

そう言った友人を睨んでいると、彼は呼ぶように腕を引かれた。視線を移すとアイナがユーリに掴まれているのとは逆の手で、縋るように彼の服を握っている。

「ちょっと来て」

言われた通りに腕を握られたままついていくと、アイナはおもむろに指を指した。ユーリは彼女が指し示した方――噴水の装飾を見て目を疑う。

そこにあるはずの水道魔導器の原動力となる魔核(コア)が消えていた。ユーリとアイナは顔を見合わせるとハンクスに近寄った。彼はなるべく小さな声で言う。

「じいさん、魔核見なかったか?魔導器の真ん中で光るやつ」
「ん?さぁのう……ないのか?」

他の誰にも聞こえないようにハンクスが呟く。

「うん……なくなってるの。魔核がないと魔導器は動かないのに」
「最後に魔導器触ったの、修理に来た貴族様だよな?」
「あぁ、モルディオさんじゃよ」
「貴族街に住んでんのか?」
「そうじゃよ。ほれ、もういいからふたり共みんなを手伝わんか!」

ユーリは何か言いたげに自分の服の裾を掴んだアイナの手を握った。彼女の意思は、わかっていた。自分と同じ事を考えているのだと、ユーリの長年連れ添った経験が言っている。

「……悪い、じいさん。用事思い出したんで行くわ」

そう言い残して、彼はアイナと共に市民街へ伸びる上り坂へ向かった。作業を再開したハンクスが再度手を休める。

「待て、待たんか!」

ハンクスが慌ててユーリとアイナに歩み寄と、眉を寄せてふたりを見た。

「まさかモルディオさんの所へ行くのではあるまいな」
「貴族様の街に?オレ達が?あんな息詰まって気分悪くなるとこ、用事があっても行かねぇって」

背を向けたまま鼻で笑って吐き捨てるように否定すると、ユーリは相変わらずアイナの手を引いて坂を登っていく。

「まったく……武醒魔導器(ボーディブラスティア)で技を使えるからって無茶だけはするんじゃないぞ!」

ハンクスの言葉をいつものように軽く受け流したふたりはラピードを連れ、やがて市民街の人波に飲まれた。彼は今度こそ作業に戻ると、手を動かしながらため息を零す。

「また無茶せんといいが……」
「どうでしょうね。あいつ、アイナや下町の事だといつも無茶しますから」

どんなに憎まれ口を叩こうと彼の根は人情に溢れていると、下町の住人達は知っていた。多少の無茶なら平気でする事も。だからこそユーリを信頼しているし、同じくらい心配もしていた。そして、そんな彼に寄り添い支えるアイナもまた同様である。

「まぁ、いつもの事ですから。でもあいつ、絶対にアイナを貴族街の中に行かせたりしませんから。大丈夫ですよ」

そう続けた彼の友人の言葉に、ハンクスは静かに目を伏せた。



市民街から貴族街へ繋がる門の近くまで来たユーリ達は、生い茂る草花の中に身を隠した。案の定、ふたりの騎士が暇そうに立っている。ふたりの間で伏せているラピードがアイナに頭を撫でてもらい、気持ちよさそうに目を閉じた。が、上を向いている耳だけは何やら話を始めた騎士達の声に反応し、ピクリと動く。

「おい、聞いたか?下町の魔導器の件」
「はい。故障したのを直そうと、修理費を集めたとかで」

もう噂になっているのかと思ったが、あれだけ派手に壊れてしまっては仕方ないと、あまり吃驚はしなかった。ユーリもアイナも彼らの話題よりもタイミングを伺う方に集中する。
騎士達の会話は続いた。

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ほたるび