04


「あぁ。連中、宝物まで売って金を工面したらしいぞ」
「宝物ですか?」
「どうせガラクタだよ。一ガルドにもなりゃしない」
「一ガルドにすら!?そりゃどんな宝物なんですかね。一度、見てみたいもんです」
「だから、ガラクタなんだよ」

下品な笑い声を聞きながらユーリはアイナと顔を見合わせる。彼は呟くように口を開いた。

「あんなに言いたい放題じゃハンクスじいさんも形なしだな。ま、確かにガラクタだけどさ」
「値段やお金だけが物の価値じゃないのに……」

不快そうに眉を寄せたアイナの髪を撫で、ユーリは片目を瞑って悪戯な笑みを浮かべる。

「ひとつ、痛い目見てもらうとしようぜ」
「そうだね」

ふたりは近くにあった少し大きめの石を手に取ると、再び顔を見合わせて頷いた。ユーリが先に手にした石を投げる。石は彼の狙い通り、未だに笑っている騎士の頭にぶつかって倒れる。突然の出来事に、ただ驚いた一方の騎士もアイナの投げた石が頭部に直撃して気を失った。地に伏せたらまま動かなくなったのを確認して、門に歩み寄る。

「ガラクタの価値もわからねぇなら、お前らはガラクタ以下だよ」

吐き捨てるように出たユーリの言葉が騎士達に届いているのかは、定かでない。けれど、今はそれよりも優先すべき事があった。
ラピードが臭いを追って貴族街の中に入っていく。市民街側から豪勢な街並みを眺めていたアイナが何かを見上げたまま小さく言った。

「……ここの魔核(コア)もなくなってるね」
「あぁ。こりゃ、ずいぶんと手癖が悪いのがいやがるな」

ふたりの視線の先には日が沈んでから活躍する街灯があった。これもまた、この世界では魔導器(ブラスティア)の一種であり、魔核がなければ役目を果たさない。魔核が盗まれている事に気付いていないのか、それとも気付いていて尚も興味がないのか。貴族街の住人達が騒ぐ気配がない。皆が我関せず、という感じだ。それがユーリにもアイナにも理解不可能だった。

ふと、アイナが俯いて僅かに震えている事に気が付く。その理由を知っているユーリは左手で愛用の剣に結んである紐を掴んだまま、人目など気にせずにもう一方の手で彼女を抱き寄せた。甘えるかのように自分の胸へ頬を押しつけるアイナ。安堵して力の抜けた彼女の肩を更に強く引き寄せる。

「悪いけど噴水の方、頼むわ」

アイナは彼の紡いだ言葉の隠れた真意を理解していた。故に素直に首を上下に動かす。しかし彼女の胸裏に広がる不安が全て拭えた訳ではなかった。

「……ユーリ」
「ん?」

その酷くか細い声色で、彼女はためらいがちに続ける。

「……もし、逃しちゃったら、どうする?」
「当然、追うさ」

背中に回されたアイナの腕に力が込められる。

「……結界の外に出たとしても?」

そう問われて、やっと意図を理解する。自分の答えもわかっていて尋ねている事も、わかっていても確認したくなる程不安な事も。自分は素直に肯定するしか術はない事も、ユーリはわかっていた。だから彼は短くも素直に肯定すると、抱き寄せた腕にまた優しい力を込める。

「アイナ、お前は下町に残……」
「嫌」
「……アイナ」

最後まで言ってしまう前に遮って拒絶するアイナの名前を咎めるように呼べば、彼女は顔を上げてユーリの目をしっかり見た。

「ユーリと一緒に行きたい」

決意を宿した瞳がユーリを捕らえて放さない。沈黙が続き、観念した彼は承諾の意味を込めて苦い笑いを浮べたまま彼女の髪を撫でた。

「……ま、そうならないように取り返してくるわ」
「うん」

満面の笑みを零して頷いた彼女から視線を逸らすと、いつ頃からそうしていたのだろうか。一件の家門の前で座り、こちらを見ながら尾を振るラピードがいる。彼女も彼に気付き、名残惜しげに離れた。

「気を付けてね」
「あぁ、行ってくる」

ユーリは再びアイナを引き寄せて額に唇を落とすと、ニヤリと不敵に微笑む。不意を突かれて頬を染めた彼女は、ユーリの背中を見えなくなるまで視界に映していた。



ユーリと別れてすぐ下町に戻ったアイナは、未だ溢れる水を止める作業を続けている輪に寄っていく。目的の人物を見つけると、注意深く周囲を見回した。先刻まで市民街から集まっていた野次馬は居なくなっている。それに安堵したアイナは、ようやくハンクスを呼んだ。

「おぉ、アイナ。ユーリはどうしたんじゃ」
「貴族街の前で別れたよ。今頃、モルディオさんと会ってるかも」

それより、と彼女は続ける。

「おじいちゃん、野次馬も居なくなったし、止められるかやってみるよ。離れてて」

ハンクスは心配しながら、渋々アイナの言う通り作業を中断させて皆を噴水から少し遠ざけた。全員が離れたのを確認すると、彼女は魔核があるはずの窪みに両手で触れる。

静かに目を閉じて、感覚を肉体から切り離していくのと同時に魔導器と同調していく。水流が感じられた。荒々しいそれを落ち着かせるように、自然と唇から歌が奏でられる。
詩のない歌であった。静かに波打つようにメロディが上下する。

「(大丈夫だよ)」

祈るように。

「(大丈夫)」

母が泣きじゃくる我が子を宥めるように、心の中で語りかけた。

「(落ち着いて)」

根気よく続けていると、少しずつ流れが穏やかになっていくのを感じる。完全に鎮まったのがわかると、今度は先程とは逆の作業を始めた。感覚が戻ると、疲労が一気に押し寄せる。目眩がして思わずその場に座り込んでしまったが、止め処なく溢れ出ていた水が止まっているとわかると安堵の息を漏らした。慌てて駆け寄ったハンクスが支えるように彼女の肩を抱く。

「まったく、無茶しおって……大丈夫か?」

力なく頷くと、彼の手を借りて立ち上がったアイナは申し訳なさそうに言った。

「もう水漏れは心配ないけど……やっぱり魔核がないと、動いてくれないみたい」
「水漏れを止めてくれただけで充分じゃよ。今日はもう帰って休みなさい。お前さんが無茶すると、ユーリもフレンもうるさくてしょうがない」

ハンクスの言葉にふたりが揃って小言を聞かせてくる姿が思い出されて、アイナは苦笑した。

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ほたるび