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洞窟の中に作られた街、アスピオ。学術都市とも呼ばれるそこは、確かにハルルから東へ行った所にあった。太陽の光が入り込まないせいだろう。薄暗くジメジメして、それでいて肌寒い。

街へ入ろうとした所をふたりの門番に呼び止められたユーリ達は、通行許可証の提示を求められてしまった。話によるとアスピオという街は、帝国直属の施設であり、帝国から発行された通行許可証がなければ街に入る事も叶わない。

知り合いが中に居るから、入れないのなら呼んで欲しいと頼んでみた。しかし、その時ユーリが出した「モルディオ」という名前がまずかったらしく、突然掌を返される。エステルがフレンが来ていないか尋ねても、駄目だの一点張りだった。諦めないエステルをハルカとアイナが引き摺るようにして、一旦門から離れた場所へ移動する。

そこで、ユーリ達は途方に暮れていた。不本意ながらに連れて来られたエステルが頬を膨らませている。その隣でアイナが僅かに笑み、小さな声で言葉を紡いだ。

「でも、わかった事があってよかったね。あの人達の口振りだと、エステルの探してるフレンと、ユーリと私の探してるモルディオって人は、ここに居るみたいだし」
「そうですね……中にフレンが居るなら、一刻も早くフレンに会わないと」

あの時、施設に関する一切は機密事項だと胸を張ったのに対し「フレンが来た目的も?」とカマをかけたエステル。すると確かに門番のひとりは「もちろん」と返した。つまり、フレンがハルルの結界を直すために訪れたのは、ここで間違いないのだ。

この街に居る。フレンがアスピオに居るのだ。そして、下町の生活を支える水道魔導器(アクエブラスティア)の魔核(コア)を騙し盗んだ、モルディオと名乗る人物も。

「ま、冷静にいこうぜ」

いつもと変わらない口調でユーリが言う。髪も服も靴も黒で統一されているユーリの表情は、薄暗いせいでよく見えなかった。しかし、なんとなくハルカは彼が怒っているように思えた。

アイナも彼の怒りを察したのだろうか、それとも単に光の少ないこの場所が怖いのか。もしかしたら両方かもしれないが、アイナはユーリの傍に移動して彼の手を握った。すると、すぐに手を離したユーリがアイナの腰に腕を回して自分の方へ引き寄せる。そのごく自然すぎる動作に驚かなくなっている自分に、ハルカは少し驚いた。

「ね、みんな。あそこから入れないんだったら、他の入り口でも探さない?」

自分より背の高い仲間達をぐるりと見上げてカロルが提案すると、ユーリがちょっとだけ目を細めて頷く。その瞳に孕んである優しさにハルカやエステルが気付いたのは、ごく最近だ。

「それ、採用。ぐるっと回ってみようぜ。いざとなれば、壁を越えてやりゃぁいい」
「いやいや、ユーリ兄さん。それ出来るのって、たぶんだけどあなたくらいですから。馬鹿言っちゃ困るぜ、あたしら」
「なら、別の入り口見付けるこった」

軽くツッコミを入れてみたハルカに、彼は意地の悪い笑みを浮かべてそう言った。身を翻して門に背を向けると、ユーリがアイナとラピードを伴って更に奥へ進み始める。後を追うようにハルカとエステルと、カロルが並んで続いた。この形は短期間で定着してしまっている。

けれど、少し前までは嫌だった並んだ後ろ姿も、まぁアイナが幸せそうだからいいか、とハルカは思えるようになっていた。いつものように話をするでもなく、黙ったまま歩いているユーリとアイナの背中をぼんやり見詰める。不意に前方のユーリ達が止まって、ハルカは無意識に足を止めた。

「(ユーリ、何を怒ってるんだろ)」

ここに到着するまでの間で誰ともケンカしていないし、特別な出来事があった訳ではない。それなのに今のユーリからは、ピリピリした感じの空気を感じた。

「都合よく開いちゃいないか」

呟くようなユーリの声に、ハルカは考え事を強制的に終了させる。よく見ると、ふたりと一匹は、どうやら裏口らしい扉の前で立ち止まっていた。

「壁を越えて、中から開けるしかないね。私、やろうか」
「やめとけ、パンツ見える」
「うん、今日は水色」
「いや、言うなよ……」

そう言って肩を落とすユーリを見たアイナが、悪戯が成功したとでも言わんばかりの笑顔でクスクス笑う。すると、これまた仕返しだとでも言うようにユーリが彼女の頭をくしゃくしゃと少し乱暴に撫でた。

バカップルが目の前で戯れている。なぜかそんな言葉がハルカの頭に浮かんだ。

「相変わらず仲いいですね、ユーリとアイナ」
「そうだねぇ……なんかもう、割り込む気も失せるよ」

いつものようにニコニコ笑って仲のいい恋人達を見ているエステルと、いつもと同じような会話をする。もうすっかりお馴染みの展開だ。そんな大人達を余所に、カロルはひとり黙々と扉の鍵穴と向き合っていた。慣れた手付きで細長い針金のような物を差し込み、動かしている。

カチャリという音が僅かに聞こえて、カロルは「よし」と呟いて立ち上がった。

「開いたよ」
「え!?ダ、ダメです!そんな泥棒みたいな事!」

すかさずエステルが注意する。まさかカロルが、こんな子どもがピッキング出来る……しかもかなり慣れているみたいだ。少し開いたハルカの口が、閉じる事を忘れてそのままになっている。ハルカはもう言葉なく、ショックというか驚きのというか、とにかく複雑な心境でその場に固まっていた。

「……お前のいるギルドって、魔物狩る仕事だよな?盗賊ギルドも兼ねてんのかよ」
「え、あ、うん……まぁ、ボクくらいだよ。こんな事までやれるのは」

探るようなユーリの目と質問から逃れるように、カロルが俯く。優しく頭を撫でられた彼が顔を上げると、その手はカロルの予想通りアイナのものだった。微笑まれるとカロルも自然と口角が上がる。

「んじゃ、行くか」
「ほんとに、ダメですって!フレンを待ちましょう」
「フレンが出てくる偶然に期待出来る程オレ、我慢強くないんだよ。だいたい、こういう時に法とか規則に縛られんのが嫌で、オレ騎士団辞めたんだし」

それでもエステルはでも、と渋る。見て居られない気分になって、ハルカは彼女の肩に手を置いた。エステルの目が自分に向けられると、彼女は真剣な瞳で見つめ返す。

「待ってたって何も始まらないよ、きっと。行こ、エステル」

少し長い沈黙の後、エステルが小さく頷いた。それを合図に裏口から中へ侵入する。途端に全員の視界は、読書好きでなければ目眩がするような量の、酷く大量の本棚と本でいっぱいになった。通路を区切っているのは本棚だと言っても、決して過言ではない。その本と本の間を行き交う人々は、色に違いはあるが全員が同じローブを頭からすっぽりと被っていた。

「(ハルルの人が関わろうとしなかったの、なんかわかる気がする)」

そう思って、ハルカは静かに息を吐いた。雰囲気が陰気臭いというか、とにかく息が詰まる感じがする。

「あの、少しお時間よろしいです?」

そんな空気の中、ひとりの勇者……ではなく、エステルが一番近い所に居た人物に声をかけた。するとこちらに背を向けたまま、素っ気ない返事が返ってくる。こっちを向く気はなくても、話を聞いてくれる気はあるらしい。エステルは気にする素振りを見せず質問を始めた。

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ほたるび