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「フレン・シーフォという騎士が訪ねて来ませんでしたか?」
「フレン?あぁ……あれか、遺跡荒らしを捕まえるとか言ってた」
「今、どこに!?」
「さぁ、研究に忙しくてそれどころじゃないからね」
「そ、そうですか……ごめんなさい」
しゅんとなってしまったエステルが、あっさり引き下がる。まるで選手交代だとでも言うように、ずいとユーリが前へ出た。
「もうひとつ教えてくれ。ここにモルディオって天才魔導士がいるよな?」
「な!あの変人に客!?」
初めてこちらを向いた、声や口調からして男であろう人物。表情は深々と被ったフードのせいで見えないけれど、明らかな動揺がローブ越しに伝わってきた。ユーリがニヤリと笑う。
「さすが有名人、知ってんだ」
「あ、いや、何も知らない。俺は、あんなのとは関係ない」
逃げるように身を翻した男の襟首を素早く掴んだユーリは、トーンを僅かに下げた。
「まだ話は終わってないって。どこに居んの?」
「奥の小屋にひとりで住んでるから、勝手に行けばいいだろ!」
「サンキュ」
解放された途端に逃げるかと思いきや、男は熱心に本を読み始める。あんなに深くフードを被って顔を隠していては、暗くて読み辛いだろうに。この陰気臭さは、まずこれ以上関わらないようにするとして……疑問が浮かび上がってしまった。
モルディオという人物は、なぜ名前を出しただけでここまで嫌がられるのだろう。
まるで、ここでその名前を出す事すら禁句なのだと態度で教えられているような気さえした。やはり魔導器(ブラスティア)を盗むような、そんな人だからなのだろうか。
ただ、ユーリのまとう空気が再び鋭さを増したのを感じて、ハルカ達はモルディオの話をそれ以上出来なくなってしまった。特に会話もないまま男の言葉を頼って、街の奥へと足を運ぶ。肌寒い洞窟の中で、特に寒く感じる最深部、ひとつの家があった。
扉には「絶対、入るな。モルディオ」という紙が貼ってある。ユーリはノブを掴んで回した。しかし鍵がかかっているらしく、諦めて二度叩いてノックをする。それでもなんの反応もなかった。
「居ないみたいだね。どうする?」
カロルがユーリを見上げてそう尋ねる。
「悪党の巣へ乗り込むのに遠慮なんていらないって」
「なら、ボクの出番だね」
平然と答えたユーリに胸を張ったカロルが、また扉と向き合う。先程と同じように針金を鍵穴に差し込んで弄っている。その小さな背中をユーリとラピードが眺めていた。そんな男ふたりと雄犬一匹の背中を、ハルカ達は少し白い目で見ている。
十秒も待たずして開いてしまった扉のノブを捻り、ユーリとラピードはさっさと家の中へ入ってしまった。カロルも後を追い、ためらいもなく人様の家へ勝手に入ってしまう。
「なんか、あたし今……すっごいカロルの将来が心配になってる」
「奇遇ですね……私もです」
はぁ、と同じタイミングでハルカとエステルの唇からため息が漏れた。隣でアイナが苦笑する。彼らだけでは何をするか不安だったので、ハルカ達も入らせて貰う事にした。
そこは、大量の書物があちこちに雑然と積まれており、決してキレイとは言い難い空間だった。
「すっご……こんなんじゃ誰も住めないよ〜」
「その気になりゃぁ、存外どんなとこだって食ったり寝たり出来るもんだ」
勝手な事を言いながら、勝手に家の中を物色しているユーリとカロル。ラピードは飽きてしまったのか定かではないが、敷居を跨いだきり動かないアイナの足元でお座りをした。大きく口を開けて欠伸をしている。
あまりに不躾な一連の行動に痺れを切らしたエステルが、ハルカの隣で眉を寄せた。
「ユーリ、先に言う事がありますよ!」
「こんにちは。お邪魔してますよ」
「鍵の謝罪もです!」
「カロルが勝手に開けました。ごめんなさい」
言われた通り謝罪するユーリだったが、声からも口調からもやる気など全く感じられない。だって全部が棒読みだ。しかも家主の姿が見えないのをいい事に、証拠探しに勤しむ手は休めていない。今のユーリには何を言っても無駄らしい。がっくり肩を落としてしまったエステルを、ハルカは苦笑いしながら慰めた。
突然、前触れもなくラピードが立ち上がった。まるでアイナを庇うように前へ少し出たラピードは隻眼を鋭く細め、特に本が山になっている場所をじっと見詰めている。
その様子にアイナが小さな声でユーリを呼んだ。聞き逃す事なく反応したユーリがアイナを見て、それからアイナが見ているラピードを見、ラピードの睨んでいる本の山に目を向ける。
ピクンと彼の耳が動いた次の瞬間、山の中央付近からこの街で何度も見たローブをまとった人が現れた。
「ぎゃぁぁぁ〜〜〜〜〜っ!」
予期せぬ突然の登場に、予想通りカロルが悲鳴を上げてユーリの後ろに隠れる。背中からユーリの服をしっかり掴んで震えるカロルの姿は、とても可愛らしい。
「……うるさい」
低く這うように、けれど男の声ではない声がフードの下から響いた。すると、次にぶつぶつと何か言い始めた。ハルカは何を言っているのかわからなくて気味が悪いとしか思えない。しかしユーリは自分の背中に隠れたカロルに構わず、彼を残してその場を離れてしまった。
「え?あれ、ちょっと!」
「泥棒は…」
「うわわわっ、待ってぇっ!」
「ぶっ飛べ!!」
動揺のあまり逃げ遅れたカロルに向かってふたつの火球弾が襲う。悲鳴と共に吹き飛ばされてしまった。
魔術を発生させた事で生じた風が、フードを後ろへ飛ばす。顔が見えるようになり、ハルカが驚きの声を上げる。
「女の子!?」
そう。アスピオ独特のローブをまとう、本の山から現れたこの家の家主モルディオは、なんと少女だった。
茶色の髪が肩の少し上で切り揃えられているその少女は、おそらく十四、五歳。そんな年若い少女がアスピオの天才魔導士であり、名前だけでも嫌悪されている存在だったのだ。その事実は驚き以外の何物でもなかった。
ただひとり、ユーリを除いては。
「こんだけやれりゃぁ、帝都で会った時も逃げる必要なかったのにな」
やっと見つけた。そう言いたげな表情で、少女に抜いた剣を背後から首筋に突き付ける。
「はぁ?逃げるって何よ。なんで、あたしが逃げなきゃなんないの?」
「そりゃ、帝都の下町から魔導器の魔核(コア)を盗んだからだ」
「いきなり何?あたしが泥棒って事?あんた、常識って言葉知ってる?」
「まぁ、人並みには」
「勝手に家に上り込んで、人を泥棒呼ばわりした挙句、剣を突き付けるのが人並みの常識!?」
言葉を交わすほど熱くなっていくユーリと少女の論争に、アイナが間に割って入った。当然ラピードも一緒に動いて彼女の隣に座る。すると、ラピードの姿を視界に写した少女が寄せていた眉を更に寄せた。
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ほたるび