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部屋にある黒板に書かれた術式とエステル、そしてアイナ。リタはその三つを見比べている。
彼女は気付いたのだろうか。ハルカも知らない、アイナの隠している秘密に触れるような事に。だとしたら、なぜエステルにも目を向けるのだろうか。
何もわからないけれど、ハルカはリタの気をほんの少しでもアイナから逸らしたかった。例えそれが気休めでも。

だから何か話題を変えようとしていると、リタが室内にあるいくつもの魔導器(ブラスティア)に触れようとしていたカロルの腕を掴んだ。

「ビクトリアに汚い手で触るなって言ってんでしょ」
「ビ、ビクトリア?それってこの魔導器の……?」

酷く意外そうにリタを見ながらカロルがそう呟くが、彼女は気にも留めていないようだ。
きっとリタは部屋にある魔導器全部に名前を付けているんだろう。そう思ったら、彼女が倍は可愛らしく感じられてハルカは柔らかく微笑んだ。

「リタって、ほんっとに魔導器が好きなんだね」
「何がそんなに好きなんだ?」
「何がって……楽しいからよ。仕組みとか理論とか……あ〜もぉっ、そんなの考えた事ないわ。あんただって、自分の好きなものに理由付けられる?」
「ま、確かに理屈じゃねぇものはいっぱいあるわな。好きな理由は好きだからってか」

そう言って納得したユーリを見て、からかおうと思ったけれど止めた。
ついこの間の夜、眠れないからユーリとたくさんアイナの話をした時。ハルカがアイナを好きな理由を聞いた時、彼は確か――

「理屈じゃねぇよ。好きな理由は好きだから。それじゃぁ、ダメか?」

そんな風に言って、まだ目を覚ます様子のないアイナの髪を撫でていたっけ。その時のユーリの顔を思い出して、嬉しくなる。アイナがちゃんと愛されていると実感した瞬間だったから。

頭を掴まれて我に返る。見なくても聞かなくても誰が犯人かは既に重々承知していた。と言うか、こんな事をするのはユーリ以外にハルカは知らない。

「おら、何ニヤニヤしながらぼーっとしてんだ。行くぞ」
「はえ?もう行くの?」
「長居してもなんだし、急ぎの用もあるだろ」
「あ、そうでした、そうでした。わかった、行くから、あたしの頭解放してくれませんか、お兄さん」
「んー、どうすっかな」
「放してよ、放せ、このっ、イケメン、ロン毛、めっ!」

頭の上にあるユーリの手を必死に退けようと両手で格闘しながら出た言葉は、やっぱり途切れ途切れになってしまった。今日は力が弱めだけれど、ユーリの手が取れなくて嫌になってくる。
こんな風景を、もう何度か見ているカロルと初めて見るリタは呆れた様子で、エステルとアイナは苦笑いしてこっちを見ている。ラピードに至っては大きく口を開けて欠伸をしているじゃないか。

見ていないで誰か助けてはくれないだろうか。そう思った時、欠伸を終えたラピードが重い腰を上げてこちらへ寄ってくる。ユーリの足元で歩みを止めた彼は、また口を開いた。そしてガブリとユーリの足を噛む。同時にハルカは解放された。

「いっ!!ラピード、お前なぁっ」
「ワフ、ワン」
「ハルカに意地悪するユーリの方が悪いって。自業自得だね」

アイナにまで咎められてしまって、ユーリは何も言えなくなってしまう。拗ねたみたいに明後日の方向を見てしまった。
そんなユーリの代わりにアイナがリタに向き合う。それを見た瞬間、そういえばリタとはこれでお別れなのだとハルカは今更ながら思い出した。どこかでこのまま、一緒に旅が出来るのだと当たり前みたいに思ってしまったけれど、彼女はこのアスピオの研究員だ。そんな事、出来るはずないのに。

「それじゃぁ、リタ。迷惑かけてごめんね。リタのお陰で有力な情報も手に入ったし、ほんとに感謝してる」
「リタ、会えてよかったです。急ぎますのでこれで失礼します。お礼は、また後日」

アイナとエステルのリタへ向けた別れの言葉に、ハルカは寂しさが込み上げてきた。自分も何か言おうとするけれど、口を開けば一緒に行こうなんて困らせるような事しか言えない気がして止めた。

「別に、別れの挨拶する必要ないわよ。あたしも一緒に行くから」
「え、な、何言ってんの?」
「まさか、勝手に帰るなってそういう事か?」
「うん」
「うんって、そんな簡単に!」
「いいのかよ?お前、ここの魔導士なんだろ?」

動揺したのはカロル、問うたのはユーリだった。平然としていたリタは、ふたつ目の質問にしばし沈黙する。それから思いついたように顔を上げて、ユーリを見た。

「ハルルの結界魔導器(シルトブラスティア)を見ておきたいのよ。壊れたままじゃまずいでしょ」
「それなら、ボク達で直したよ」
「はぁ?直したってあんたらが?素人がどうやって?」
「蘇らせたんだよ、バ〜ンっと。エステ」
「素人も侮れないもんだぜ」

胸を張って自慢げに言おうとしたカロルを途中で遮ってユーリが言葉を紡ぐ。しかしハルカが思うに遅かった。あんな所で途切れても、子どもだって誰の名前を言おうとしたのか理解出来る。頭のいい彼女ならわかっているだろうに。リタは、ただ目を細めて「ふ〜ん」なんて言った。

「ますます心配。本当に直ってるか、確かめに行かないと」
「じゃ、勝手にしてくれ」

やってられない、とでも言うようにユーリは部屋を出てしまう。ラピードとカロルも彼と一緒に行ってしまった。女三人で取り残された部屋の中で突然、リタの目の前まで来たエステルが彼女の手を自分の両手で包み込んだ。僅かに頬を染めてうろたえるリタに、エステルは満面の笑みでこう言った。

「私、同年代の友達、初めてなんです!」
「あ、あんた、友達って……」
「よろしくお願いします!」

友達。そう言われたリタは頬を赤くして俯いて、小さく頷いた。エステルも心底嬉しそうだし、いい事だと思う。しかし、仲間はずれにされたみたいだ。同じ事を考えたのだろう。ハルカとアイナは互いを見て、同じ悪戯な笑みを浮かべる。先に口を開いたのは、ハルカだった。

「あっれ〜、あたしもアイナも、友達だと思ってたんだけどなぁ。そっかぁ、エステルは友達出来たのリタが初めてかぁ」
「え、あ、ち、違います!」
「なんか寂しいねぇ、ハルカ」
「そうだねぇ、アイナ」
「わ、私、ハルカもアイナも大好きです!ただ、ふたりはなんと言いますか、友達と言うよりも、あの、姉が出来たみたいだなと思っていて……」
「冗談だよ」

わたわたと一生懸命に弁解するエステルが可愛くて、すぐハルカは言ってしまう。そのせいで動きが静止してしまったエステルの髪を撫でながら、今度はアイナが口を開いた。

「ハルカも私も、エステルともリタとも友達だよ」

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ほたるび