05
それから心配され、労われながら自分達の部屋の扉を開ける。すぐ視界に入ったひとつだけのベッドに倒れ込んだ。枕に顔を埋めてため息を漏らす。厚意で酒場兼宿の受付の二階にユーリと共に貸してもらっているその部屋は、ふたりと一匹で住むには狭い。とは言え慣れてしまうとひとりでは広く感じてしまう。
それにしても疲れた。目蓋が酷く重い。アイナはとにかく、ユーリが戻るまで少し寝ようと考えた。眠気に誘われるまま、目を閉じる。しかし、それを妨げるように扉の向こう側から耳慣れた声が響く。いつもより重く感じられる身体を引きずって開けると、大きな袋をくわえたラピードがいた。
彼を中に入れてやると持っていた袋を渡されて、アイナは中を覗く。そこには金が入っていた。ざっと計算してみると修理費と同じくらいの額だ。が、肝心の水道魔導器(アクエブラスティア)が入っていない。
「ラピード、ユーリは?」
「クーン……」
悲しげに鳴いたラピードの頭を撫でる。だいだいの察しは付いた。
「水道魔導器は取り返せなくて、ユーリも騎士団に捕まっちゃったんだね?」
「ワフ」
「そっか……じゃぁ、ユーリが戻るまでに旅支度しないとね」
ラピードの鳴き方から、彼は肯定したのだと感じたアイナは紙を一枚取り出すと、そこに必要な物を書き並べていく。それを折りたたむと、金の入った別の袋に入れた。
「ラピード、道具屋に行って買い物してきてくれる?」
承諾したように尾を振った彼は、差し出された袋をくわえた。扉を開けてやって見送ると、アイナはラピードが持って来た袋を持ってハンクスの家へ向かった。
ユーリは来るのに慣れてしまった薄暗い場所で、何か自慢げに話す男の声で目が覚めた。
「で、その例の盗賊が、難攻不落の貴族の館からすんごいお宝を盗んだ訳よ」
どうやら声の主は隣の牢に居るらしい。こんな場所での話し相手といえば牢に収容されている者か、見張りの騎士くらいだ。誰と話をしているのかわからないが、ユーリは冷たい床に寝転がったまま声に耳を傾けた。
「知ってるよ。盗賊も捕まった、盗品も戻ってきただろ」
「いやぁ、そこは貴族の面子が邪魔をしてってやつでな。今、館にあんのは贋作よぉ」
「馬鹿な……」
相手が食い付いたのに気を良くしたのか、声のトーンを落として言う。
「ここだけの話な?漆黒の翼が、目の色変えてアジトを探してんのよ」
「例の盗賊ギルドか?」
更に食い付いたようだったが突然わざとらしい咳払いが聞こえた。
「大人しくしていろ。もうすぐ食事だ」
目の前をひとりの騎士が通過していく。隣の住人は話し相手が欲しいのか、すぐユーリに声をかけてきた。
「そろそろじっとしてるのも疲れる頃でしょーよ、お隣さん。目覚めてるんじゃないの?」
「そういう嘘、自分で考えんのか。おっさん、暇だな」
「おっさんは酷いな。おっさん傷付くよ。それに嘘って訳じゃないの。世界中に散らばる俺の部下達が、必死に集めてきた情報でな」
喋り方だけでも胡散臭さが伝わってくる男だった。ユーリは思わず笑い声を漏らす。
「ほんとに面白いおっさんだな」
「蛇の道は蛇。試しに質問してよ。何でも答えられるから。海賊ギルドが沈めたお宝か?最果ての地に住む賢人の話か?それとも、そうだな……」
「それより、ここを出る方法を教えてくれ」
本気で信用しようと思っている訳ではなかった。だが、今の彼にはどうしても必要な情報である。
「何したか知らないけど、十日も大人しくしてれば、出してもらえるでしょ」
「そんなに待ってたら下町が湖になっちまうよ」
本当は、そうではない。ユーリが一番心配しているのはアイナの事であった。彼女が持つ力が強大である事も理解している。それが他の誰も持ち得ない力である事も。彼だけではない。下町に住む者は皆、それを知っていた。
故に全力で隠す――彼女が平穏に暮らせるように。
「下町……あぁ、聞いた聞いた。水道魔導器が壊れたそうじゃない」
「今頃、どうなってんだかな」
きっと水道魔導器の暴走はアイナが鎮めただろうから、そちらの心配はしなくて大丈夫だろう。だからこそ、彼女の身体が心配でしょうがなかった。
「悪いね。その情報は持ってないわ」
声色から察するに、あまり申し訳なさそうでない。ユーリは隣の胡散臭い口調の男が何か情報を零さないかと考え、きちんと聞こえるようにひとり言を呟いた。
「モルディオのやつも、どうすっかな」
「モルディオって、アスピオの?学術都市の天才魔導士とおたく関係あったの?」
「知ってるのか?」
「お?知りたいか。知りたければ、それ相応の報酬を貰わないと」
「学術都市アスピオの天才魔導士なんだろ?ごちそうさま」
それだけ知る事が出来れば充分追う事は可能だ。いい情報を聞いた、とユーリは口角を上げる。彼とは対照的に隣の男は、つい口が滑ったと焦っていた。
そこで丁度良く、ユーリの目の前をひとりの騎士が通過する。見覚えのあるその人物は、隣の男に短く「出ろ」とだけ言う。
「いい所だったんですがねぇ」
「早くしろ」
ユーリの記憶が正しければ、彼は騎士団長のアレクセイだ。独房から出された男が目の前まで来ると、彼は躓いてその場にうずくまる。自分も鉄格子ギリギリの所で屈むと、ユーリは酷く小さな声で尋ねた。
「騎士団長直々なんて、おっさん何者だよ」
「……女神像の下」
聞き逃してしまいそうなくらいの声量で紡がれた言葉と共に、鍵がユーリの元へ滑り込む。
「何をしている」
「はいはい、ただいま行きますって」
急かされた彼がユーリに視線を向ける事はなく、そのまま誰も居なくなってしまった。渡された鍵をまじまじと見つめる。
「(……そりゃ抜け出す方法、知りたいとは言ったけどな)」
なぜあの男が鍵を持っていたのか謎だ。これは本当にこの独房の鍵なのだろうか?ただ鍵を眺めていても何も始まらないと、ユーリは半信半疑で穴に差し込む。すんなり入ったそれを捻ると、カチッと鳴った。軋む音と共に目の前の鉄格子が開く。
「(マジで開くのな)」
注意深く周囲の様子を確認すると警備担当の騎士が机に突っ伏して居眠りをしていた。相変わらず緩い警備で呆れるが、今は好都合だ。
「(これなら抜け出せっけど、脱獄罪の上乗せは勘弁だな。アイナと下町の様子を見に行くだけなら、朝までに戻って来られるか……)」
ユーリは足音を殺して独房から出ようと一歩踏み出した。
その瞬間、背後で光が溢れる。薄暗い牢では背中越しでも目が眩んでしまった。
思わず振り替える。
「お前は……!」
先刻までは居なかった少女が、そこに寝そべっていた。
to be continued...
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ほたるび