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エフミドの丘を越え、野宿をしたユーリ達はアイナの作った朝食を食べてから先に見えていたノール港に入った。ノール港は雨が降っていて、止む気配は全くない。
「……なんか急に天気が変わったな」
ユーリが空を仰ぎながら呟く。アイナも「そうだね」と言いながら、同じように上を見ていた。どうしてだろうか?雨が降り出したのも突然だったが、アイナの顔色もノール港に入って急に、少しだけだが悪くなっている気がした。
「びしょびしょになる前に宿を探そうよ」
カロルがみんなをぐるりと見上げて提案する。ハルカはそれに賛成しようと口を開いて、つい別の事を言った。
「エステル、どうしたの?」
あ……と声を漏らしたエステルは、辺りをキョロキョ見回すのを止めて気まずそうに話す。
「その、港町というのはもっと活気のある場所だと……思っていました」
「あー、確かに港町っていろんな人が行き来してて、元気あるイメージだもんね。ここは……なんか真逆みたいだけど」
そうやってハルカも苦く笑う。彼女達の言う通り、このノール港はただよう空気が重かった。おそらく振り続けている、この雨のせいだけではない。
でも、とリタは横目でユーリを捉えた。
「あんたの探してる魔核(コア)泥棒が居そうな感じよ」
「デデッキってやつが向かったのはトリムの方だぞ」
「どっちも似たようなもんでしょ」
「そんな事ないよ。ノール港が厄介なだけだよ」
「どういう事です?」
「ノール港にはさぁ、帝国の圧力が……」
少し眉を寄せたカロルがノール港の現状を語り始めたが、それを遮るように男の声が響く。
「金の用意が出来ない時は、お前らのガキがどうなるのかよくわかっているよな?」
思わず目が声の聞こえた方へ動いた。そうして視界に飛び込んだのは、武装した役人のような男ふたりに、酷い怪我を負った男性が土下座をしている……という、なんとも不愉快な光景。
「お役人様!!どうか、それだけは!息子だけは……返してください!この数ヶ月もの間、天候が悪くて船も出せません。税金を払える状況ではない事はお役人様もご存知でしょう?」
「ならば、早くリブガロって魔物を捕まえて来い」
「そうそう、あいつの角を売れば一生分の税金納められるぜ。前もそう言ったろう?」
そう言ったふたりの男は、笑いながら去っていく。ハルカは思わず「うわ、最低だ」と呟き、リタも心底嫌そうな顔で「何、あの野蛮人」と零した。エステルもアイナも悲しい顔をしている。
「……カロル、今のがノール港の厄介の種か?」
いつもより少し、本当に少しだけ低い声でユーリが尋ねた。するとカロルが首を大きく縦に動かして言う。
「このカプワ・ノールは帝国の威光がものすごく強いんだ。最近来た執行官は帝国でも結構な地位らしくて、やりたい放題だって聞いたよ」
「だから、その部下の役人が横暴な真似をしても……誰も、文句言えないって事なんだね。何をされるかわからない。さっきの人みたいに子どもに何かされるかもしれないし、下手したら殺される可能性だって……」
「うん……そう。アイナの言う通りだよ。泣き寝入りするしかないみたい」
そんな、とエステルが絶望にも似た音を紡いだ。やはり私利私欲に走る権力者は、どこの世界でも居るのだとハルカは思う。権力に溺れた人間というのは、実に愚かなものだ。呆れて重い、重いため息が吐き出される。
ふと、逸れていた視線を先程の男性に戻すと、いつの間にか現れていた女性に寄り添われてゆっくりと立ち上がろうとしていた。女性の目尻には涙が見える。
「(さっきあの人子どもがどうとか言ってたし……奥さん、かな?あの人)」
ぼんやりそんな事を考えるハルカの耳に、街の出入り口のあるこちらへ向かって歩き出す男性を必死に止める女性の悲鳴に似た叫びが聞こえた。思わず眉を寄せてしまう。
「もう止めて、ティグル!その怪我では……今度こそあなたが死んじゃう!」
「だからって、俺が行かないと家の子はどうなるんだ、ケラス!」
ティグルと呼ばれた男性は、自分の腕を掴んで泣きながら止めている、ケラスと呼んだ女性を振り解いて走り出した。ハルカ達の目の前まで来て、突然ティグルが転倒する。何事かと思ったのだが、それは上体を起こしたティグルの発言によって解決した。
「あんた、何すんだ!」
「あ、悪ぃ。引っかかっちまった」
睨み上げたティグルに、誠意の欠片も感じられない言い方でユーリが言う。エステルが一歩前に出たが、アイナに先を越されて治そうとした気持ちが行き場を失くした。
「大変失礼致しました。今、怪我を治しますね」
ティグルに両手をかざして、アイナが詠唱を始める。淡い光を放ちながら方陣が浮かび、ティグルにあった数多の傷を全て癒していった。が、なぜか酷く困った風にケラスが言う。
「あ、あの……私達、払える治療費が」
「その前に言う事があんだろ」
ユーリの低い声に、ケラスが「え?」と声を漏らした。彼が何を言いたいのか理解出来ない様子の彼女は、困惑しているのか視線を泳がせる。するとユーリが大袈裟に、しかもあからさまに息を零して右手を腰に当てる。
「まったく、金と一緒に常識まで絞り取られてんのか」
「……ご、ごめんなさい。ありがとうございます」
「いいえ。こちらこそ、ごめんなさい。この人、いつも言い方が悪いから気分を害されたでしょう?」
「いえ、そんな事は……旦那さんには夫を止めていただいて……本当にありがとうございます」
「お気になさらず。それよりも、あなたの旦那様を家で休ませてあげてください。傷は治っても、この雨に長い時間打たれれば体温も体力も奪われてしまいます」
「はい……本当にありがとうございました」
お大事に、とアイナは帰っていくティグルとケラスに手を振って別れを告げた。ハルカ達もそれを見送って、エステルが「あの」とアイナに声をかける。
「まだ結婚、していないのに否定しませんでしたね。旦那さんって言われたのに」
「うん。下町でよく、あんたの旦那はとか、ユーリの奥さんとか言われるから慣れちゃった。ユーリもユーリで、別れる気もないし一緒に生活してるんだから似たようなもんだろって言うし、いちいち否定するのも面倒臭いし」
あははと笑って言うアイナに、エステルは「結婚すればいいのに」とぼやく。それすらも笑って誤魔化した彼女は、どこか寂しそうに見えて。ハルカは、アイナが一番そうなりたいと思っているのだと感じた。けれどそれを言わないのは、たぶんユーリの事を考えてであるとも。だから、実際ユーリは、この先の未来をどうするつもりでいるのか、本格的に訊いてみたくなった。
「ねぇ、ユーリは……あれ?ユーリ?」
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ほたるび