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話しかけようとして振り返ったら、そこにあったはずのユーリの姿が消えていた。辺りを見回してもあの全身真っ黒黒助の姿はない。ハルカはカロルと一緒になって「ユーリー?」と声を出しながら探してみたけれど、案の定出てくる気配もなかった。
「どこ行っちゃったんだろ、ユーリ……」
肩を落としてカロルが言う。するとアイナは、雨に濡れてへたってしまった彼の髪を柔らかく撫でてふわりと笑った。
「先に宿屋さんで待っててくれる?」
「アイナは?」
「後でユーリと行くから。ちゃんと雨宿りしてるんだよ?」
「わかってるよ。アイナ、気を付けてね」
笑って返したカロルが宿屋に案内し始める。エステルと、彼女に手を引かれたリタがそれに続いて、ハルカも行こうとしたがダメだった。アイナに腕を取られたのだ。何か目が真剣で、ハルカはどうしたの?と問おうとして言葉を飲み込む。
「……アイナ?」
いつもより鋭い目をした親友を呼んでみる。すると彼女は、声を潜めてその理由を話し始めた。
「ハルルに居た黒衣の暗殺者が居たの。お城であった話からすると、狙いはユーリみたいだね。プロの殺し屋相手に三対一じゃ流石のユーリも分が悪いだろうから、手伝ってくる。だから、あの子達をお願い。すぐ終わらせるから」
「プロ相手だし、街中だし、あんま騒がない方がいいもんね……わかった。なんとか誤魔化しておくよ。でも、大丈夫?相手は殺しのプロなんでしょ?」
「大丈夫だよ、ユーリとラピードと一緒だもん。負けないよ」
「……うん、その自信はどこから来るのかよくわかんないけど、たぶん愛ゆえだよね」
「と言うか、信頼してるからかな。愛情だけじゃ、戦う時に背中任せたり出来ないもん」
「確かに。でもほんと、気を付けてね」
「うん、ありがと。いってくるね」
ふわりと笑ったアイナが掴んでいたハルカの手を離す。彼女の隣にお座りしていたラピードが立ち上がって、アイナと一緒にカロル達とは逆の方向へ向かって歩き出した。それを心配しながら見送っていると、カロルがハルカを呼ぶ。今行く!と叫んで、彼女は地を蹴った。
宿の軒下に体を並べて、ふたりを待つ。どこからか聞こえてくる剣戟を必死で誤魔化しながら、ハルカは笑顔の下で無事を祈っていた。
殺しのプロが相手。それは、元居た世界では縁遠いにも程があるものだ。ただでさえ平和で生温い国では、そんなもの関係なく生活して生きていく。けれどここでは、まるで日常の裏側に寄り添っているみたいな気がして怖いと素直に思った。
「(大丈夫……だよね?アイナ……)」
仰いだ空は薄暗くて陰湿に見える。ぼんやりしていると不意に、雷鳴が聞こえた。かなり近い距離だった音にカロルがハルカにしがみ付く。
「い、今の雷……ち、近かったね」
「違うわよ。たぶん、魔術だわ」
「リタ、わかるの?」
「確証はないけど、間違いないはずよ。音だけ近くて光りもしないなんて、おかしいじゃない」
「まさか、ユーリとアイナに何かあったんじゃ……」
不安げにカロルが呟いて、ハルカの服をより強く掴んでくしゃりと歪めた。安堵させようと努めて優しくカロルの背を撫でる。その隣で影が動いて、ハルカは目を動かした。
「エステル?どうしたの?」
「……私、行ってみます!」
「は?え?ちょ、エステル!?あーもー、あたし追っかけるからふたりはここ動かないでね!」
「え、ハルカ!?ちょっと!」
服を掴んでいる手を解いて駆け出したエステルを追うと、背中からカロルの声が聞こえる。けれど今はそれ所ではないと、申し訳ないが無視した。予想以上に速いエステルの足に中々追い付けないで苦戦していると、彼女は路地を曲がる。慌ててスピードを上げてその後に続くと、誰かにぶつかってしまった。
「ごめんなさい!」
咄嗟に謝ったものの返事がない。不審に思って相手をよく見るとエステルだった。未だ何の反応もない彼女の顔を覗き込んで様子を見てみると……何やら、きょとんとしている。どうしたのだろうと思って何気なくその視線を辿った。
見えたのは、もうすっかり見慣れた頭の先から爪先まで黒一色の青年と、その隣に立つ短い金髪に碧眼の鎧をまとった青年だ。彼らは揃ってピンと背筋を伸ばしていて、ちょっとだけ焦げているように見えた。そして、こちらに背を向けている、腰に両手を置いて、さも「怒ってます」みたいな立ち方をしている赤みがかった長い黒髪の女性。
ユーリとアイナと、それからもうひとりの彼が例のフレンという人なのだろう。それは、わかった。わかったけれど、この状況はなんだろう?ハルカには、ふたりの青年がアイナに説教されているように見えて仕方がない。
「……あの、だからね?アイナ」
「問答無用。手を貸してくれたのは感謝してるよ。ありがとう。けど事情も聞かないで、いきなり斬りかかるなんて騎士として有るまじき行為、許せる訳ないでしょ」
「だったらオレは別に、関係ないんじゃ……」
「あります。そもそもね、ユーリは自分の事考えなさすぎなの。もっと自分の事大事にし……じゃなくて、フレン!聞いてるの!?」
「は、はい、聞いてます」
「知り合いだから、親友だからそうしろって言ってるんじゃないの。騎士は指名手配されてる人なら誰が相手でも問答無用で、それも不意打ちで斬っていいの?違うでしょ!」
「……はい、おっしゃる通りです」
「……だからってサンダーブレードは、ねぇよな。オレとばっちりだよ」
「ユーリは黙ってて!!」
「へいへい」
エステルと顔を見合わせる。互いに瞬きを繰り返して、もう一度男ふたりが――正確にはひとりの騎士が、説教されている光景を目に入れる。声をかけ辛いけれど、このまま放っておく訳にもいかない。どうしよう、と困ったまま見ていると不意に碧眼と目が合った。思わず「あ」と声が漏れて、ふわりとキレイに微笑まれてしまう。
「う、わぁ……」
堪らなくなって目を逸らす。口から零れた音は、なんとも情けのないものだった。顔がやたらと熱い。なんだあのパーフェクト王子スマイルは!なんて思って、それがどうして自分に向けられたのかも理解出来ないどころか見当も付かない。軽く……否、ハルカの脳内は今結構なパニック状態に置かれていた。
それが隣に立っていたエステルの行動で冷静を取り戻す。地を蹴った彼女が、フレンに抱き付いたのだ。そういえばエステルの帝都を出た理由はフレンに危険を知らせるためであった。目の前に身を案じていた人が(説教されているが)元気そうで安堵しない訳がない。
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ほたるび