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「泣かないで、ハルカ……ごめん」

頬にそっと触れたフレンの手の指が、優しく涙を拭っていった。その手に触れてやんわり退けながら、ハルカは静かに首を振る。

「謝るのは、あたしの方だ。ごめんね、フレン」
「どうしてだい?」

自分を見詰めるフレンに、彼女は自嘲気味に笑った。

「あたしはフレンの気持ちを利用する提案した。だから、謝るのはあたしだよ」

気にしないでいいとフレンは微笑む。ますますズキズキ痛み出した心に、また涙が流れた。




名前を呼ばれて我に返る。目の前にはフレンでなく、親友の顔があった。どうやら呆けていたハルカを心配して、顔を覗き込んで呼びかけ続けてくれていたらしい。そんなアイナに「大丈夫、なんでもない」と笑ったが、流石は親友。誤魔化せなかったみたで、それでも「無理しないで」とだけ言われた。

アイナと、それからユーリと。ハルカがフレンと何の話をしていたのか、やはりわかっていたようで少し難しい表情をしている。それもそうだ、とハルカは思った。全部聞いたから納得出来る。

あんなの隠していたいに決まっている。魔導器(ブラスティア)なしで技が使えるとか、敏感に感じるとか、実験されていたとか、その不思議な力のせいで多くの人が死んだとか。ハルカの想像していた以上の十年間に、涙がなかなか止まらなかった。

嗚呼、だから彼女は強くならなければいけなかったのかと思った。必ず訪れるひとりの時間に狙われた時、またあの時のようにならないために。ナイレン・フェドロックという人がアイナを強く、強く育てたのはそういう事なのだ。いついかなる時、どんな状況でも強く自分の身を、誰よりも自分自身が守れなくてはいけないから。

思う所はたくさんあった。エアルを敏感に感じ取れるから、クオイの森でエステルが壊れた魔導器に手を伸ばした時に危ないと叫んだのかとか、ハルルにひとり残ったのは自分が結界になるためだったのかとか、それらの行為が罪滅ぼしのつもりなんじゃないかとか。

だって彼女は言ったらしいのだ。いくら利用されたとはいえ、自分の中にある力で、自身もその力を使っているのだから、自分に宿る力で誰かが傷付いたのも死んだのも、自分の責任だと。だったらああして無茶ばかりするのは、自分に対する戒めなのではないかと。
しかし、そこまで考えて違うと思った。

「(アイナは、自分に出来る事から逃げない人だ)」

だからきっと、力を使う事で救える人は救いたいと、ただそれだけなのだ。彼女はそういう人だとハルカは知っている。もちろんユーリも。きっとフレンも、ラピードだってそうだ。だからユーリは、使い過ぎると倒れるのを知っていて止めなかった。そうした事で誰よりも傷付くのは、アイナの心だから。

ガリスタ・ルオドーという男が死に際に放った言葉は事実だろう。アイナと同じく異世界から来たハルカだって魔導器なしでは戦えない。ハルカの使う銃は銃弾でなく、凝縮したエアルの塊を撃っているのだ。魔導器を外してしまったら、ただ引き金の音が空しいだけ。

つまり異世界から来たから、アイナにそういう力がある訳ではないのだ。奇しくもハルカが来た事で彼女の力が特別な何かである事が証明されてしまった。魔導器なしで生きられないこの世界の人類が、魔導器なしで戦うアイナを研究したいと思うのは当然と言える。だがハルカには許せない事だった。だから秘密を共有する人達の輪に入って、口裏を合わせる事にした。

確かに幼少からアイナを知っている自分がそうしないと、矛盾が生じて怪しまれる。それでもユーリが渋ったのは、きっと知る人間が増える事が、情報が漏れる可能性が増える事と比例すると考えているからで。

「(ユーリの考えもフレンの考えも、間違ってない)」

生じた矛盾も情報漏洩の可能性も。たぶん同じくらい危険だ。ユーリは自分を信用してないから危惧した訳ではなく、愛するがゆえの感情から出た想いだと理解している。ハルカは自分がユーリの立場だったら同じ事を言っただろうとも思う。けれどフレンの話を聞いてみると、やはり多くのリスクを冒してでも自分は知るべきだった事だと考えられた。

また声がかかってはっとする。今度はカロルが、ハルカを覗き込んでいた。眉を寄せながら彼女を心配するカロルの頭を撫で、また「大丈夫」と言って笑う。渋々納得してくれた彼の横顔を眺めながら、ひとつ息を零した。それから、視界の中でそびえ立つ屋敷を見上げる。

ラゴウの屋敷。物陰に隠れているが、ハルカにとって今日だけで三度目の訪問だ。その大きさを懸命に仰ぎながら、カロルが零す。

「何度見ても、おっきな屋敷だね。評議会のお役人ってそんなに偉いの?」
「評議会は帝国を政治面で補佐する機関であり、貴族の有力者により構成されている、です」
「言わば、皇帝の代理人って訳ね」
「へぇ、そうなんだ」

そう言い終わっても、カロルはまだ口を少し開いたまま屋敷を見上げていた。ハルカも一緒になって仰いでみた。やっぱり大きな屋敷だ。

で。と相変わらず寄り添うみたいに並ぶユーリとアイナに視線を送りながら、改めて口を開いた。

「どうやって入るの?」
「裏口は、どうです?」
「残念。外壁に囲まれてて、あそこを通らにゃ入れんのよね」

突然だった。ハルカ達には覚えのない声が後ろから聞こえて、振り返ったそこに胡散臭そうな男が立っていた。その胡散臭そうな男はエステルに近付いて人差し指を立てる。

「こんな所で叫んだら見付かっちゃうよ、お嬢さん」
「えっと……失礼ですが、どちら様です?」
「な〜に、そっちのかっこいい兄ちゃんと、隣の可愛いお嬢さんとちょっとした仲なのよ。な?」
「いや、違うから。ほっとけ」
「おいおい、酷いじゃないの。お城の牢屋で仲良くしたじゃない?ユーリ・ローウェル君よぉ」
「ん?名乗った覚えはねぇぞ」

すると、懐から二枚の紙を取り出してチラつかせる胡散臭い男。言わずもがな、それはユーリとアイナの手配書で。カロルが「あぁ」と納得した声を落とした。

「ユーリもアイナも有名人だからね。で、おじさんの名前は?」
「……レイヴンさん、ですよね」
「そーそー。覚えててくれて、おっさん嬉しいわ〜アイナちゃん。相変わらず可愛いわねぇ」
「なんだよ、知り合いだったのか?」
「知り合いって程でも……ただ顔と名前を知ってただけだよ。直接話した事もないし、お父さんの友達の仕事仲間ってだけ。何度か顔見た事があってね、それで」

へぇ、と少々不機嫌そうな音を零したユーリが、アイナを背に隠しながらレイヴンと呼ばれた男を見る。本人が自覚している以上に鋭い瞳をしているユーリに、彼は戯けた様子で「おぉ怖い」と大袈裟に肩を竦めた。それより、と彼は続ける。

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ほたるび