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「屋敷に入りたいんでしょ?ま、おっさんに任せときなって」

レイヴンは返事を待たずして門に向って行く。その背中を眺めていて嫌な予感が込み上げたハルカは、ユーリを見上げて呼んだ。

「ねぇ、あのおっさん止めない?いい予感がしなくて怖いんだけど」
「あんなんでも、城抜け出す時はほんとに助けてくれたんだよ」
「そうだったんです?だったら信用できるかも」

だといいけどな、と零しながらユーリはレイヴンを見る。ふたりの門番と何か会話しているように見えていたのも束の間、彼らはレイヴンをその場に残してこちらへ駆け寄って来た。ご丁寧に武器も抜いてある。

「な、なんかこっち来るよ?」

そう言ったカロルがハルカの背中に隠れながら震える。レイヴンに視線を向けると目が合って親指を立てられた。その瞬間「やられた」と思ったが時既に遅く、レイヴンは自分ひとりだけ屋敷に入っていく。その後ろ姿に、エステルは悲しげに「そんな」と漏らした。対照的に憤慨したリタから門番達の方へ向かって複数の火球弾が飛んでいく。

ふと、そういえばアイナもリタもよくあの魔術を使うなと感じたハルカが、魔導器(ブラスティア)さえあれば魔術の理論を学ぶ事で誰でも使えるようになる、とエステルがいつか言っていたのを思い出していた。ならば自分も出来るのだろうし、今度習おうかなんて考えながら門番ふたりが吹っ飛ぶのを眺める。

「あたしは誰かに利用されるのが大っ嫌いなのよ!」

伸びた門番達を見下ろしてリタが言い、その一連を見ていたカロルは予想通りの展開にがっくりと項垂れた。

「あ〜あ〜、やっちゃったよ。どうすんの?」
「どうするって、そりゃ、行くに決まってんだろ?見張りもいなくなったし」
「でも、流石に正面は止めておかないと。証拠になるような魔導器を見つけてからじゃないと、乗り込む意味がないよ」
「わかってるって。アイナ、心配しすぎ。裏に回って通用口でも探す」

行くぞ、と素早くユーリとアイナが駆け出せばラピードが真っ先にそれに続く。ハルカ達も走って後を追いながら門を潜ると、大きな屋敷を壁伝いに裏側へ回ろうとなおも駆けた。すると、つい先刻会ったばかりの胡散臭いおっさんがにっこり笑って、ひらひら手を振っている。

「よう、また会ったね。無事で何よりだ。んじゃ」
「待て、こら!」

リタが詠唱を始める。しかしレイヴンは、それが放たれる前にリフトに乗って上がっていった。中断して舌を打つ。空かさず隣のリフトに乗り込んだ。何かボタンがある訳でもなく動き出した辺り、おそらく重さに反応して動き出す仕組みになっているのだろう。てっきりレイヴンと同じ上へ行くものだと思っていたが、音を鳴らしてから下がっていった。

ガタン、と音を立ててリフトが止まる。今からでもレイヴンを追おうと試みるリタだったが、どうやらこの場所から操作出来ないようになっているらしく、苛立たしげに壁を蹴った。が、足を少し痛めただけだった。

それよりも重要なのは、この空間の異様な臭いだ。充満していて気持ちが悪くて手で臭いを遮断する。気休め以外の何物でもないそれに眉を寄せながら、カロルは籠った声で呟いた。

「なんか、臭いね……」
「血と、後はなんだ?何かの腐った臭いだな」

ユーリの言う通り、これは腐臭だろうとハルカは思う。眉を寄せたまま薄暗い辺りに目を凝らすと、人か魔物か判断つかない骨がちらほら転がっているのが見えた気がした。
地下だからとか、たぶんそれだけじゃない、ひんやりとまとわり付く空気の感触。夜の心霊スポットにでも訪れたような……まるで、この場所でたくさんの「死」があったような、嫌な感じだった。

「(すごく……嫌な空気だ)」

余計に眉が寄る。少し身が震えたハルカの隣で、アイナが膝を折った。口元を両手で押さえ、青い顔で僅かに唸る彼女の背を、慌てて擦る。ユーリもすぐ傍に屈み、細い肩にそっと手を添えた。

「アイナ!?大丈夫!?」
「う……ぇ」
「アイナ?気持ち悪いのか?」
「……、が……」

エアルが気持ち悪い。アイナは確かにそう言った。けれどそれは、常時傍に寄り添うラピードの他にユーリとハルカの耳にしか届いていない。ふたりは一様に眉を寄せ、一匹は悲しげに鼻を鳴らす。

ふと、気配を感じたラピードが耳をピクリと動かした。素早く顔を上げて真っ暗な奥を見詰め、隻眼を細くする。ラピードの様子にいち早く気付いたユーリは、彼と同じ方を向いて目を細めた。微かに唸る音が聞こえる。ラピードが武器を構えて、そこでやっとハルカ達は魔物が居るのだとわかって武器を手に戦闘態勢を整えた。

ユーリはアイナに「すぐ終わらせるからな」と優しく残して立ち上がる。いつもと違って丁寧に鞘を抜くと、彼女にそれを預けて先頭に立った。ラピードがアイナを守るように立ち、その隣でハルカも二丁の銃を構える。彼を挟んで反対側はリタが陣取った。ふ、と横目でアイナを見たリタは静かに問う。

「大丈夫なの?」
「……うん、ただの月モノだから」
「アイナってば毎月、貧血酷いもんねぇ」
「ごめんね、心配かけて。大袈裟だったよね」

別に!なんて言いながら前を睨んだリタに、ハルカはちょっと笑った。

「あ、あたし達が守るから、そこでおとなしくしててよね」

小さく頷いて笑んだアイナが、肩の力を抜いて目蓋を下ろす。魔物達に備えるユーリ達の間で緊張が走る中、それは彼女の耳には確かに届いた。

「パ……パ、マ……けて……!」

アイナがユーリの名前を叫ぶ。青白い色をした愛しい人を振り返ったユーリは、彼女の焦りに満ちた顔を見て内心動揺し始めた。どうした?と問う前にアイナの唇が走る。

「奥の方から子どもの声が!」
「狙いはそっちか!」
「急いで、お願い!」

真っ先にラピードが駆け出し、少しばかり遅れてユーリも強く地を蹴った。エステルとカロルがこちらを気にしながら彼らを追っていく。ハルカはそれを見送らず、リタと共に未だにアイナの隣にしゃがみ込んだ。

「大丈夫……?」

背中を摩りながら、気遣う色が滲み出た音でリタが問う。ただ「大丈夫」とだけ返したアイナは、何度か深呼吸を繰り返す。ユーリ達が向かった奥の方から剣戟が聞こえていた。あまり間もなく獣の悲鳴が聞こえる。するとアイナは顔を上げ、眉を寄せてユーリ達が向かった方を見ていた。まるで暗闇を睨み付けているような彼女の名前をそっと呼ぶけれど、返事も反応もない。ただ――

「……命をなんだと思っているの」

ただ、そう呟いたアイナの声色は背筋が凍る程に冷たいものだった。思わず身が固まって、アイナがゆっくりと立ち上がったのをぼんやり見上げる。コツン、と靴音を立てて歩みを進め始めたアイナの後を、ハルカとリタは慌てて追った。

進む毎にエステルと、誰か知らない子どもの声が近くなってくる。

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ほたるび