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水の中で唐突に腕を掴まれたハルカは、ほぼ同時に強く引っ張られてその正体を知った。

「ハルカ大丈夫!?」
「大丈夫……ありがと、アイナ」

十年以上前の約束を守ってくれて、と言うと彼女は当たり前だと笑った。しかし人の体を細い腕で支えながら立ち泳ぎをするのは大変そうだ。と、そこへ慌てた様子の音が落ちる。まだ耳慣れないフレンの声だった。

「ハルカ、アイナ!」
「フレン、こっち!早く〜アイナが沈んじゃうよ〜」
「これくらいじゃ沈まないよぉ」
「いや、緩いなふたり共。状況考えようか」
「だって慌てなくてもフレンが助けてくれるでしょ?」

そう言ってアイナが笑うと、フレンは碧眼を丸くしてパチパチと瞬きをする。それから息を吐き出しながら肩を落とした。とりあえずハルカを先に、続いてアイナを引き上げる。港へ戻ってすぐ毛布で包まれた。助かった、とハルカは安堵する。けれどアイナは海を見詰めていた。何気なくその視線を辿ってみる。

乗り込もうとしていた船は、もう行ってしまった。あの船には、ラゴウを追って乗り込んだユーリ達が乗っているのに。
ハルカにはアイナが不安そうに見えて仕方がなかった。それはユーリ達の安否を気にしているせいなのか、それともいつも寄り添い背中を預け合うユーリが居ないからなのか。不安の正体まではわからないが、取り除いてあげたいと思った。

それにユーリと旅をしている自分達が逸れるのは、決していい事ではないと考えフレンに向き直る。

「ねぇフレン、あの船の後って追っかけられない?」
「今、手配をしているよ。ふたりは宿へ……」
「私も行く。船に乗るよ」
「え?でもアイナ、君達は全身ずぶ濡れなんだから、体を温めてここで待っていた方がいい」
「着替えなら船の中でも出来る。そんなに長時間入ってた訳じゃないし。お願い、フレン。私ユーリの傍に居たい」

切ないが真摯に、フレンを見詰め上げるアイナの瞳。しばらくそれを見詰め返していたが、やがて彼は「わかった」とため息と共に肩を落とす。

「ただし、無茶はしない事。ふたりとも、いいね?」
「わかった。着替えたらハルカとお喋りしてる」
「そうだね、邪魔してくるユーリも居ないからゆっくり喋ろうか。フレンも一緒にどう?」
「遠慮するよ。仕事があるからね」
「も〜、真面目ちゃんだなフレンは」

ぷくっと頬を膨らませて見せるハルカの隣でアイナがクスクス笑う。フレンは苦く笑いながら後ろ頭を掻くも、どこか楽しそうにしていた。そこへ「あの」と遠慮がちな声がかかる。音の方を振り返ると、ポリーを挟んで手を繋いでいるティグルとケラスの姿があった。

「息子に話を聞いて、もしやと思ったんです。やはりあなた方が助けてくださったんですね。本当になんとお礼を申し上げたらいいか……」
「そんな、お気になさらないでください。息子さんが無事で何よりでした」
「それで、その……これをお受け取りください。あなた方から受けた恩に比べたら大した礼も出来ず、申し訳ないですが……」
「これは……服、ですか?」
「はい。おふたりとも全身ずぶ濡れで困っていらっしゃるようでしたので、勝手ながら準備させていただきました」
「わぁ、ありがとうございます。ほんとに困っていたので、とても助かります!」
「喜んでいただけたなら、よかったです。おふたりが着た姿を見られないのが残念ですが」

ふわりとケラスが笑う。ハルカもアイナも後半の発言がかなり気になったがが、その隣で眉を寄せていたティグルによって思考は遮られる。

「……あんたの旦那にも、礼を言っておいてくれ。本当に感謝している。ありがとう」

パチパチと瞬きを繰り返したアイナは、満面の笑みで頷いて見せた。

準備が整った騎士団の大きな船に乗り込み、ハルカとアイナは手を振って見送ってくれている彼らに手を振り返す。すぐフレンに早く着替えるよう急かされ、名残惜しく腕を下した。案内された船室で、ハルカは海水を含んで重くなっている服に手をかける。が、アイナはためらっているようだった。

「アイナ、どうしたの?早く着替えないと風邪引いちゃうよ」
「う、うん……そうなんだけど」

どうしたと言うのか。ハルカとアイナとは、別に裸を見られるのを恥じらうような仲ではない。十年も前の事だが風呂だってよく一緒に入ってお喋りしていたのだ。成長したとはいえ今更である。
絶対に何か隠していると、ハルカは確信した。威嚇にも似た声色で名前を呼ぶ。それだけで後は見詰めた。けれどアイナは目を合わせようとしない。やがて空気に耐えかねたように息を吐くと、彼女は驚かないで欲しいとだけ言って上着に手をかけた。

服にしては重い音を立てて上着が床に落ちる。下に着ていたタンクトップも脱ぎ捨てると、下着だけを身に着けたその素肌が露わになった。思わず息を飲む。アンダーバストの辺りに少し人間にはない物があった。ゆっくりと反転して背を向けると、そこにも少し、疎らだがちらほら存在する。

「……、フレン、フレン!ちょっと来て!!」

咄嗟にそう扉に向かって叫んでいた。何か慌てた様子で開いたそこにフレンが立っている。「どうし」と中途半端な所で言葉を止めた彼は、急に顔を真っ赤にした。いいから鍵を閉めてこっちに来て、とハルカに急かされれば体は素直に従う。

終始目を逸らしているフレンに息を零し、ハルカはアイナに背中を見せるよう促した。扉の方を向いていたアイナがくるりと背を向ける。未だ目を逸らし続けるフレンに肩を落とし、歩み寄って腕を掴んだ。

「え!?ちょ、ハルカ!?」
「いいから来る!」

無理矢理引っ張って目の前まで連れて来ても、相変わらずのフレンに軽く舌を打つ。思い切って彼の頬を両手で押さえ、正面を見せた。真っ赤だったフレンの顔が驚愕の色に変わったのを見て、ハルカはそっとフレンの頬から手を離す。

「こ、これは……!?」
「……鱗」
「鱗?どうして、そんなものが君の体に……」

わからないとアイナは首を横に振る。彼女の言う通り、背中とアンダーバストの辺りに鱗だと考えられる漆黒のそれがあった。ただ、と彼女は静かに続ける。

「最初は十年前。こっそり助けた私の着替えをさせている時、お父さんが背中にあるのを見付けたの。それから何年も増えなかったんだけど……四年前、また出て来た」
「十年前と、四年前か……共通するのはあの男か。でも、わからない事も多い。仮に実験の後遺症の類だったとしても、なぜ鱗なんだろう」

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ほたるび