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あの男――ガリスタ・ルオドー。十年前も四年前も、彼女はその男によって魔導器(ブラスティア)の実験をされていた。共通するのは、それだけだと断定してもいい。だとすれば、アイナの体にあるこの黒い鱗は、ガリスタ・ルオドーによる実験が原因なのか?確定するには早計だが、関係がないとも言えない。
フレンの言う通り後遺症とか副作用とか、そういう類によるものだったとしても、なぜ鱗であるのか謎であるのだ。確かな事はハルカやフレンはもちろん、アイナ本人にもわからない。そこでふっと、ハルカの頭に疑問が過ぎる。思案するより先にそれが口から出て来た。
「ねぇ、アイナ?ユーリは知ってるの?この事」
「え?あぁ……まぁね。四年も同棲してれば、そういう空気になったりとかするし……そもそも今の今までこれの事知ってるの、お父さんとユーリだけだったから」
「あ、そっか。それはそうだよね……うん、ごめん変な事聞いて」
「いいよ、気にしないで。あ、そうそう、フレン。今のうちに話しておいた方がいい事があってね?ラゴウの屋敷に居た時の事なんだけど……」
「彼に何かされたのかい?」
「そういう訳じゃないんだけど……なんて言うか、私自身は怒ってた以外よく覚えてなくて。ハルカは見てたよね?」
「うん、ばっちり。他のみんなも見てたよ」
ハルカはひとつ息を零してから、ラゴウの屋敷地下で見た全てを語った。ラゴウが地下で行っていた非道やその理由、野に放ったリブガロを利用している事も、それらを見聞きして放ったアイナの言葉や、重なって聞こえた別の「誰か」の冷たい声、その時に彼女の体が光っていた事もその光が女性の形でラゴウに向かっていった事も、そんな風になったアイナをユーリが見た事がないようだった事も。
それから、ハルカはその重なっていた声を聞いて思い出した事があったのも話した。そうしなければいけない気がしたのだ。
「ハルカがこちらに来る時に聞いたのと、同じ女性の嘲笑うような声……か。確かに気になるな」
「勘だよ、勘。夢みたいな感じだったし、うろ覚えだし、あの時だってアイナの声と重なって聞こえたから、確信も何もないんだ」
「それでも、僕は無関係ではないと思う。君がこちらに来た事とも、アイナの事にも、声の主は何かしらの関係はあるはずだ」
「そうだね……せっかく結界の外に出て旅する機会が出来たんだから、私達の方でもそれとなく調べてみるよ。騎士団じゃ集められない筋の情報もあるし」
「あぁ、頼むよ。こちらも関係ありそうなものは出来る限り当たってみる」
お願いね、とアイナが言えばフレンが頷く。それが終わった丁度いいタイミングで、ハルカが空気を一変するようにくしゃみをした。ふたりは目を丸め、そして気付く。
「着替え中……だったね、そういえば」
「そういえばじゃないよ……とにかく、話はわかったから。ふたりとも早く着替える事。いいね?」
「はーい。じゃぁ後でね〜フレン」
ヒラヒラと手を振るハルカにそれを軽く返して、フレンは部屋を出て行った。
とりあえず海水でパサパサになってしまった髪は諦めて、ふたりはまず服と下着を脱いだ。ケラスに手渡された服一式の中から下着を手にする。胸の辺りが少しばかり大きかったが、ハルカは気にせず着替えを続ける事にした。
次は青いショートパンツに足を通す。もうひとつの服を広げてみると、あちこちに白いフリルの付いた空色の浴衣風ワンピースが目の前に現れる。袖口は少し広がって振袖のようになっており、下はアシンメトリー調でヒラヒラと翻り易くなっているようだ。普段スカートを好まないハルカには、かなり抵抗がある。しかし、お礼にと渡された物だし今これ以外に着る物がない。とりあえず今は長めの上着だと思う事にして帯を締めた。最後に白いニーソックスを履いてショートブーツに足を入れる。
着替え終わって改めてアイナの方を見ると、空色と白が基調の自分とは対照的につつじ色と黒が基調になっている同じ形の服だった。否、もはや服というよりも衣装だ。ふたり並ぶと歌って踊るアイドルユニットみたいで恥ずかしい。それはアイナも同じだったようで、目が合うと互いに苦笑いを零した。
「なんか恥ずかしいよね、この格好」
「うん……ケラスさんの趣味かな?路上ライブでも出来そう」
「あ、アイナもそう思った?あたしもなんだ」
「じゃぁ、旅の途中でお金に困ったらそういうのもいいかも知れないね」
「えー、恥ずかしいよ。苦手だもん」
「ふふ、知ってる。けど、お金に困ったらそんな事言ってられないよ?」
「その時は……他に色々考えて、ダメだったら腹を括る事にする」
「括っちゃうんだ、へぇ。冗談だったのに」
「え、嘘!?もー、アイナ!」
笑いながら「ごめん、ごめん」なんて言うアイナに少し頬を膨らませて見せる。昔は冗談なんて口にしなかったのにと思ったら、なんだかそんな所がユーリに影響されている風に感じた。冗談が通じなかった彼女には、それが言えるようになったのはいい変化に思えて。ユーリのお陰だと、自分自身でも不意に口元に笑みが浮かんだ。
次の瞬間、外の方から爆発音がしてふたりは顔を強張らせる。目を合わせる前にアイナは部屋を飛び出していた。ハルカも慌てて後を追う。
潮風が頬をすり抜けていく中、船の進行方向を見ると煙が立ち上っていた。ユーリ達が乗り込んだと思われる船が燃え上っている。海面にはエステルとカロルとリタ、そしてラピードが見えた。どうやら無事らしい。だが黒が見当たらなかった。
ユーリ、と呟くように呼んで唇を噛む。ハルカは細い体がガタガタと震え、手摺りをぎゅっと握りしめている彼女の手を強く握った。アイナも握り返してくる。そのふっくらとした唇から、もう一度彼の名前が漏れた時、応えるようにザパンと顔を出した。
「ひー、しょっぺぇな。だいぶ飲んじまった」
ぐったりしている金色の髪を持った少年を抱えながら、呑気に言ってのけるユーリ。姿を見てほっとしたのだろう。アイナはその場に座り込んだ。ゆっくり目蓋を下して「よかった」と言う。
ユーリに抱えられている少年を見てフレンとエステルが驚愕したのは、それとほぼ同時であった。
ユーリ達を乗せた船はカプワ・ノールの対岸、カプワ・トリムに停泊した。
まず宿屋に向かった一行は風呂で体を温め、着替えを済ます。ベッドやらソファやら、各々が好きな場所に腰を落ち着けると、離れ離れになってしまっている間、船上で何があったのかをカロルがふたりのために語った。
アイナが素早く飛び込んで一瞬動揺したユーリだったが、すぐ前を見据えてこう言ったそうだ。アイナはハルカを助けるし、追ってくる。だから自分達は今出来る事をしようと。それでまず甲板を見回すと、意外な事に魔核(コア)だけがたくさん積み込まれていたらしい。魔核泥棒と何か関係があるのかも知れなかったが、残念な事に下町のそれはなかった。
そうこうしているうちに傭兵達が現れ、取り囲まれてしまう。
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ほたるび