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トリム港があるこのトルビキア大陸は、亜熱帯雨林だそうだ。カロルが言っていたから間違いはないだろうし、先刻からじめじめ蒸し暑く感じていたので彼の知識に対しての感心よりも納得が先に来た。
やっとの思いで泣き止んだアイナは、目を真っ赤に腫らしながら笑っていた。そして、何も知らないエステル達に事情を話した。父親の友人と同じギルドで働いていたレイヴンが、長い間音信不通になっていたその父親の友人の死を教えてくれたのだと。とても可愛がって貰っていたし、大好きだったから辛くて我慢出来なかったのだと酷く悲しげに笑ったのだ。
そんな彼女にユーリとラピードが、いつもよりもずっとべったりくっ付いて目の前を歩いても、誰も何も言わなかった。笑いながら間に割って入るハルカも、手を動かしてニコニコふたりに話をするエステルとカロルも、眉間に皺を寄せながら「うっとうしい」なんて言うリタも。
酷く重苦しい空気のままでトリム港から北西に位置する街までやって来た。レイヴンの情報によるとここで間違いないとは思われるのだが、目の前に広がるのは誰がどう見ても廃墟でしかない。人が根城にするには粗悪過ぎる気がするのだ。
あの胡散臭さを着て歩くレイヴンにいい加減な情報を掴まされたのでは、と肩を落としたその時だった。
「そこで止まれ!当地区は我ら魔狩りの剣により現在、完全封鎖中である」
声を辿って空を仰ぐ。朽ちた高台の上に、身の丈にそぐわない大きすぎる武器を携えた少女が凛と立っていた。その姿を視界に入れた途端にカロルが嬉しそうに笑う。
「ナン!よかった、やっと追い付いたよ」
ナンと呼ばれた少女は彼とは対照的に、酷く冷たい目でカロルを見下ろしている。しかしカロルは気付いていない様子でニコニコ話を続けた。
「首領(ボス)やティソンも一緒?ボクが居なくて大丈夫だった?」
「馴れ馴れしく話しかけてこないで」
「冷たいな。少し逸れただけなのに」
「少し逸れた?よくそんな嘘が言える!逃げ出したくせに!」
「逃げ出してなんていないよ!」
「まだ言い訳するの?」
「言い訳じゃない!ちゃんとエッグベアを倒したんだよ!」
「それも嘘ね」
「ほ、ほんとだよ!」
曇っていくカロルの表情や言葉に、ユーリ達は口を挟みそうになる。彼がとても嬉しそうに話し始めたし、親しげだったから野暮だと思ったのだ。が、どうも心配で口を開くも、カロルにナンと呼ばれた少女が言葉を紡ぐ暇を与えてはくれなかった。
「せっかく魔狩りの剣に誘ってあげたのに、今度は絶対に逃げないって言ったのはどこの誰よ!昔からいっつもそう!!すぐに逃げ出して、どこにギルドも追い出されて!」
「わあぁぁぁ!わあぁぁぁぁ!!」
カロルは必死に叫んだ。掻き消そうと必死になればなる程、事実であると印象付けているなんて気付きもしない。そんな彼を馬鹿にするように鼻を鳴らしたナンはカロルのクビを宣告し、こちらに立ち去らなければ命を保障しないとだけ残して消えてしまった。
カロルが少女を必死に呼び止める。そんな悲痛な姿を見るのが辛くて、ハルカは衝動的に彼を抱き締めた。
「……なんで、上手くいかないんだろう……ナンの言葉が胸に痛い」
「ねぇ、カロル。あたしはさ、何回逃げ出して追い出されようと、また別の場所で頑張ろうとするカロルは偉いと思うよ」
「……どうして?」
「だってほら、そこの黒髪のお兄さんを見てみなよ。無職で恋人にせっせと養って貰って生きてるダメな人だって居るのに、カロルは別の場所でまた頑張ってるんでしょ?そうしないと生きていけないとしてもさ、やっぱり偉いよ」
思わず「確かに」と呟いたアイナを隣でユーリが小突く。本当の事でしょと息を零したリタが森の奥へ向かって歩き始めた。慌ててそのか細い腕を掴んだエステルが口を開く。
「待ってください、リタ。忠告忘れたんですか?」
「入っちゃダメとは言ってなかったでしょ?」
「でも命の保障をしないって……」
「エステル、命の保障なんて誰に出来るものでもないよ。まず結界の外に居る時点で、常に命の危険と隣り合わせなんだから、引き下がる理由にも脅しにもならないって。この辺りに他の人影も見えないし、奥の方調べてみないとさ、あたし達ここまで来た意味ないじゃん」
ハルカの言葉をリタが肯定する。少しだけためらいを残すエステルの背中をポンと叩き、ユーリは奥を調べてみようと少しばかり笑んで見せた。
少し進んだ所で魔導器(ブラスティア)を見付けたリタは、早速それを調べ始める。どんな魔導器なのかその背中に問うと、彼女は調べながらシャイコス遺跡にあった魔導器と同じ転送魔導器(キネスブラスティア)の一種だと教えてくれた。それきり黙ってしまったリタの背中を眺めながら、今度はカロルに尋ねると、ここはカルボクラムという場所だそうだ。彼にも礼を言うと、リタが首を捻った。
「どうした?」
背中にかかったユーリの声に、リタは静かに振り返って言う。
「起動のためのスイッチがないの。魔核(コア)はちゃんとあるし、魔核の脱着でなんとかするタイプでもないみたい」
「どこか別の所に、起動スイッチがあるんでしょうか?」
「そうね……これの他にも同じ魔導器がこの街に設置されてるとしたら、それを一括して管理する装置があってもおかしくないわ」
「なんだ、じゃぁ動かせねぇんだな。残念」
「え……何が残念なの?」
「いや、直感的になんか面白そうだなと思って」
カロルに訊かれて素直に答えたユーリが隣に立つアイナに「玩具じゃないんだから」とたしなめられていた。
「その管理している装置を探し出せばいいんじゃないですか?」
「そうなんだろうけど……見付かればいいね」
森の中にあって、広く暗いカルボクラムでは難しいような気がしたハルカは面倒臭いと思った。
先へ進んでいると程なくして道がなくなってしまう。他に道らしい道はなかったので、行き止まりらしいが地下に続いていそうな扉はあった。それ以外に注目すべき物は何もなかったのだが。
カロルが扉を調べてくれるけれど、鍵穴も何もないと報告するとユーリが隣に並んだ。
「ユーリ、素人には無理だよ。この手の扉は……」
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ほたるび