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ユーリは余計居心地が悪そうな顔をするのかと思っていたが、突然足を止めてしまったので少しだけ驚いた。知られたくなかったと俯く恋人に声をかけるでもなく、真っ直ぐ前方を見ている。なんとなくその視線を辿ると、魔物と対峙する人影があった。ここから少し遠い場所なのに随分と大きく見える男だ。
ハルカは、追っている紅の絆傭兵団(ブラッドアライアンス)とは違うような気がした。数回しか見た事がない上に、たぶん末端だっただろうから確実に違うとは言えないが、彼らからは信念のような何かを感じる。
「あれが、魔狩りの剣だよ」
ポツリと零すようにカロルが言うと、エステルがたった今思い出した様子で口を開いた。
「……あの人、デイドン砦で見かけた人ですよ」
「あ、そういや見たな。なるほど、あいつがお前んとこのリーダーか?」
言葉なく肯定したカロルの頭をユーリが軽く撫でた次の瞬間、大柄な彼が魔物との間合いを詰めて巨大な剣を掲げた。たったひとりで戦う男の、たったひと太刀で魔物は葬られる。ハルカの目には剣が振り下ろされる瞬間、術式が現れた気がしたが気のせいなのだろうか。
すると今まで口数が極端に少なかったアイナが驚いた風に声を漏らした。
「あれは、フェエイタルストライク!?久しぶりに見た……」
「何?そのフェイシャルスクラブって」
「どう聞いたらそうなるの、ハルカ……フェイタルストライクだよ。熟練した剣の使い手なら使える技なんだ」
聞き間違いに苦笑しながらカロルが教えてくれる。なんだかすごそうだと言えば、彼はすごそうなのではなく、本当にすごいのだと言う。その技に興味を示したユーリがやり方を問うが、訊かれたカロルは出来ないしわからないと情けない声で項垂れた。するとエステルが目を閉じてスラスラ言葉を並べていく。
「相手に上手く攻撃を加える事で敵の体勢を崩していき、その隙に術技を打ち込んだ後、相手に止めの一発を打ち込む戦闘技術の事、です」
「それも前に本で読んだ知識?」
リタが尋ねると少し言葉に詰まりながら肯定するエステル。ここまでの付き合いでわかってきたが本を読んで覚えた知識を教えてくれる時の彼女は、暗唱していると感じる口調で話すのだ。リタもそれに気付いたからこそ、訊いてみたのだろう。しかし言葉で説明するのは簡単でも実行するのは難しいのは、わかりきった事である。
ふと、ハルカがカロルに目を向けると彼は大男の方をじっと見詰めていた。カルボクラムに入ってすぐ警告してきたナンと、他にも多くの人が現れたかと思えばすぐ奥の方へ行ってしまう。見えなくなった魔狩りの剣に、静かにため息を吐き出していた。手を繋いだままのアイナが少し屈んで彼を覗き見る。
「魔狩りの剣に戻りたい?」
「そ、そんなの」
「え……カロル、戻ってしまうんです?」
「戻んないよ!……魔狩りの剣には飽きたからね。元々出て行くつもりだったし……だから、みんなと行くよ」
途中で声の音量が下がっていた部分はあったものの、ちゃんと顔を上げて言い切った。エステルはそんなカロルに改めてよろしくと丁寧に言っては少し腰を曲げる。彼が大きく頷いた後、ユーリが「それよりも」と話を変えた。
「あいつら、あんな大所帯で何する気なんだ?」
「さっきの魔物が目的なんだったら、あのでっかいおっさんひとりで充分過ぎるくらいだったみたいだしね」
ハルカもユーリの疑問には同意だった。ハルカ達だって奥へ進むのに魔物と何度も出会うからどのくらい強いのかも身に染みてわかっているが、先程の魔物だけに限らずこの辺り一帯の魔物相手ならば彼ひとりで充分だと素人にもわかるくらいだ。
訊かれたカロルも心当たりがないのか首を捻る。
「こんな人数が集まるの、今までに一度もなかったよ」
「そうなんです?」
「うん、みんな、群れたがらないから。首領(ボス)達が居るなんて相当の事なんじゃ……」
「ますます胡散臭い」
「けどさ、リタ。群れたがらない人とか、あのでっかいおっさんとかが群れて挑まないといけないような魔物がここに居るって考えると、なんか納得じゃない?」
「まぁね」
「でしょ?」
「どっちにしても胡散臭いわ」
「あらら。で、ユーリどうする?でっかいおっさんの後付いてってみる?」
終始どこかふざけた様子で物を言うハルカに、ユーリはため息を吐く。先程の悲報と暗所への恐怖のふたつが重なって口数が極端に少ない親友への配慮が、彼には丸見えだったのだ。本人はそれを悟られないようにしているつもりみたいだが。
ユーリは苦笑いを堪えながら言う。
「いや、それも楽しそうだけどここは先に行く」
「ユーリとアイナが探してるのは紅の絆傭兵団(ブラッドアライアンス)の方ですもんね」
「あぁ。あいつらと事を構える必要はないんでな」
了解、とやはり空元気に口にしたハルカを横目に恋人を見た。相変わらず顔色が悪く喋ろうとしない。とても戦える状態じゃないのは本人もわかっているのだろう。いつものように魔物の奇襲に備えおらず、剣を鞘に納めたままだ。
先程ハルカが零した群れたがらない人が群れて挑まないといけないような魔物が居る、という考えにはユーリ頭の隅にあった。群れる事を嫌がる者は、そうする事を極力避けて通る。自分も似たような所があるし、それはよくわかるつもりだ。その可能性が高いのではと危惧している。
ユーリは、本当はアイナが自分よりずっと強い事を理解していた。口に出さないだけでその実力も努力も尊敬しているし、正直騎士団を辞めてから自分の腕が、彼女が鈍ったよりも余程鈍った事もわかっている。
過ぎた事をくよくよ考えても仕方がないが、アイナやハルカ達を自分とラピードとで守らなくてはと思うと、鞘に紐を巻き付けて左手でぶらつかせている剣が、酷く重たい物に感じた。
「(なぁ、隊長。オレに守れるかな……あの頃より弱くなっちまったのに)」
彼――ナイレンなら笑って「お前らしくねぇなぁ」と、頭をぐしゃぐしゃに撫で回すのだろうけど。
探索を続ける中、当たり前のように行く手を阻んだ魔物達と戦う事になってしまったカロルは、任された女性を背に守りながら、任せた彼女の恋人の背を見て心底驚いていた。
遠目で見たばかりの魔狩りの剣の首領、確か名はクリントというあの大柄な男が出したフェイタルストライクという技を「やってみるか」なんて軽い感じで挑戦し、見事成功させてしまったのだ。どうやら技を繰り出して体制が崩れた瞬間に、魔物に術式が見えたらしい。カロルには何が起こったのか理解するのに少し時間が必要だった。口からはただ月並みな賞賛の言葉しか出ない。
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ほたるび