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言葉を交わす間もなく行ってしまったフレンの背を見送る。ハルカは自分が胸にくすぶる不安を彼に相談したかったのだと、そこで初めて気付いた。けれど今それどころではないのは、充分にわかっている。

「魔物の方はフレンに任せて、オレらはユニオンにバルボスの話を聞きに行くぞ。アイナもドンと一緒に行ったんならそっちに居るだろ」
「やっぱりフレンの事、信頼してるんですね」
「他が信頼出来ないだけの話だろ。比較の問題ってやつだな」
「時々、ユーリの言う事は難しいです」

眉間に少し皺を寄せながら俯いたエステルの言葉に、つい苦い笑いが零れる。青いというか、なんというか。彼女に蓄えられた知識は書物によるものばかりなのだと、改めて思い知らされた気がした。

ユーリとフレンの間には、確かな信頼関係がある。それはユーリとの付き合いがエステルとほぼほぼ同じ長さのハルカにだって、感じ取れるものだ。けれどそれと、ユーリの言った「比較の問題ってやつ」というのはまた別の話だし、そこまで難しい事だとは、少なくともハルカは思えなかった。

フレンは公私混同をしないタイプだ。頭が固くて融通が利かない、とユーリもアイナも口を揃えた辺りから察する事は容易である。そしてユーリだってきっと、友人だからとか幼馴染みだからとか、そういうのを口実にして相手の仕事に口を出したりするタイプではない。仕事は仕事。プライベートはプライベート。いい加減な風を装っていてもきちんと分けている。

その上で騎士としてのフレンを他よりも評価し、信頼の出来る騎士だと思っている。ただ、それだけなのにエステルにはそれがわからないらしい。

「(でもそういうのって本で教わるような事じゃないから、仕方ないっちゃ仕方ないのか……)」

まさに深窓の令嬢だ。未だ時折、こうして驚かされる。けれどハルカは、エステルのそういう所も嫌ではなかった。だからエステルに、ユーリの言った「比較の問題」について、自分なりの解釈を伝えながらギルドユニオン本部に向かって歩く。リタと三人で並んで歩くのは普段よくある事だからか、今アイナが居ない現実を少しでも頭の隅へ追いやる事が出来た。

本部に着くと扉の脇に男が立っていて、声をかけられる。ドンへの取り次ぎを頼んだが、男はただ静かに首を横へ振った。

「……あいにくドンは、戦乙女と魔物の群れを追って街を出てったぞ。魔物の巣を一網打尽にするんだと」
「ちなみに場所なんて知らねぇよな」
「悪いが知らねぇな。けど、一番可能性が高いのはケーブ・モックだと思うぜ。この辺で魔物が巣を作りそうな場所っていったら、まずあそこだ」
「ケーブ・モックって、確かリタが調査頼まれた場所だよね?」

そうよ、とハルカの問いに短く答えるリタ。腕を組み、そのまま考え込んでしまったためそれ以上会話はなかった。が、調査を依頼された場所とつい先刻襲ってきたばかりの魔物達の巣が同じである事も、果たして「偶然」と捉えていいのか――リタはそう考えているのではないだろうか。そう思ったものの、それが自分自身の不安である事に気付いてハルカの口から息が零れた。

男に礼を言ったユーリがカロルと並んで街の外へと足を進め、ハルカ達もそれに続く。

アイナとラピードが隣に居ない彼の背中は、なぜかそれだけで孤独に見えた。



教わった通りの場所に、それはあった。森と呼ぶにはスケールが大きすぎ、森林と言ってもまだ足りない。ひとつひとつの草や木があまりに巨大で、小人にでもなってしまった気分になりそうだった。加えてヘリオードで魔導器(ブラスティア)が暴走した時の木々達にどこか似ていて、リタは自分がここへ調査に出された事にやっと納得した。確かにこれは調査の必要があると強く感じた。

不意に最後尾にいたカロルが何かに気付いて武器を構え、注意を促す。各々が振り返りながら警戒を露わにすると、へらへら笑いながらレイヴンが現れた。

「よっ、偶然!」
「こんなとこで、何してんだよ?」
「自然観察と森林浴って感じだな」

あからさまな嘘にハルカがつい「胡散臭さの塊が服着て喋ってる」と呟く。が、それはユーリ達も同じだったようで武器に手を置いたまま、警戒を解かない。レイヴンはまるで歓迎されていない事に首を捻ったが、本気のように見えなかった。こちらの反応は予想の範囲内、と言ったところかだろうか。以前会った時よりも得体が知れない、それなのに親しみ易そうという妙な雰囲気がある。

「あんたまさか、本気で歓迎されるなんて思ってたんじゃないでしょうね」
「そんな事言うなよ。俺、役に立つぜ」
「役に立つってまさか、一緒に来たいとか?」
「そうよ、ひとりじゃ寂しいしさ。何?ダメ?」
「どうして当たり前のように、一緒に来れると思ってるんですか?あたし達は二度、あなたの情報や口車に騙されてるんですよ?三度目の正直なんて期待してないし、信用も信頼もないじゃないですか。それなのに、一緒に来たい理由がひとりじゃ寂しいとかいう、どう考えても見え見えの嘘を受け入れろっていうんですか?あなたの唯一のきちんとした知り合いであるアイナが、今いないのに?アイナの知り合いだから、どうぞどうぞって受けれろと?」

自分より随分背の高いレイヴンを睨み上げながらハルカが冷静な口調でまくし立てる。ユーリ達が驚いているのは目線や空気で分かったが、それでも止まらなかった。

「確かに、傍に置いておいた方が怪しい動きをしたらすぐに手を打てる、という考え方もあるでしょうね。けどそれには、現段階でのあなたは危険すぎる。あたしは回りくどいのが嫌いなのではっきり言いますけど、街が襲われた直後に森林浴に来ました、寂しいから一緒に行きたいなん言ってへらへら笑って。まるで自分は怪しいから信用しないでね、たっぷり警戒してねって全力でアピールしてるのと同じです。不安要素しかありません」

ハルカはそこまで言うと一度息を吐き出し、努めて威圧するように言う。

「あなたの、ほんとの目的は?」
「……まいったなぁ。こりゃ、完全に見くびってたわ。おっさん完敗」

苦い笑いを零したレイヴンが改めてハルカを見る。彼はとても真摯に、ただ真っ直ぐに言葉を紡いだ。アイナの事情を知っている、と。ハルカと同様にユーリがピクリと反応する。

「ただ俺はメルゾムの……仲間の死に際に、あの子の事情を全部聞かされて託された。だから、ここがあの子の体にどんだけ負担をかけるのか知ってる。これ以上無茶をする前に、先回りでもして原因を潰したいのよ。それにはおっさんひとりじゃ、どう考えたって戦力不足でしょ?なんてったって相手はあの戦乙女よ?」

あの子は言って止まるような子じゃないって聞かされてるしね、と加えたレイヴンはハルカの判断を仰ぐように、それ以上は沈黙を守った。

嘘を言ったようには見えない。少なくとも、今の言葉に自分は嘘を感じないと思ったハルカは慎重に答えを出すべくユーリに目を向ける。視線に気付いた彼が静かに、小さく頷いたのを確認するとハルカはやっとレイヴンの同行を認めた。

レイヴンの意思を尊重した訳ではないが、調査よりも先に魔物が暴れる原因を見付けて解決すると決めたユーリ達は、気を取り直して大森林の中を進もうと歩き出す。が、カロルの足だけが動いていない事に気が付いたユーリは努めていつもの調子で声をかけた。

「カロル、何してるんだ?さっさと行くぞ」
「う、うん……」

頷いたカロルがゆっくりと動き出した瞬間を狙ったかのように、ユーリ達の頭上を昆虫型の魔物が通る。襲ってくる様子がない事にハルカは安堵したが、虫嫌いでなくともあの大きさは気持ちが悪いとつい眉間に皺が寄った。が、その魔物に気付いたカロルが唐突に武器を振り回した事に驚き、それどころではなくなる。

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ほたるび