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「うわぁぁぁぁっ!あっち行け!触るな!近付くなぁ!」
まるでこちらが見えていないかように、昆虫型の魔物は森の奥へと飛び去っていった。それでも止めないカロルをエステルが宥めると、彼はようやく手を止める。そして足早に先頭に立って歩き始めたカロルの様子に違和感があった。いつもの彼なら腰を抜かすか逃げるかの二択で、確率的には腰を抜かす方が非常に高い。逃げるにしても、まず腰を抜かした後だ。
どうしたのだろうと心配するユーリ達だったが、レイヴンが何か思い当たったらしく突然大きく声を張る。
「うはぁ!虫だ、虫の大群だぁっ!!」
「うわぁぁっ!来るな、来るな……!!」
再び無茶苦茶に武器を振り回し始めたカロルに、レイヴンが「やっぱりね」と笑みを零した。別に聞けば済む話だと言うのに何をしてくれているだろうと、ハルカは酷く苛立った気持ちを抑えられずに舌を打つ。するとリタがハルカの脇を通り抜け、なんのためらいもなくレイヴンの顔に向かって何かを吹きかけた。途端に顔を抑えて痛がる彼を無視したリタは、そのままいつもより少しだけ優しい声色でカロルに言う。
「虫の大群は薬かけて追い払ったわよ。ついでにおっさんにかかったけど」
「へ?嘘……」
虫の大群なんて最初から居なかったし、ついでにかかったのではなく意図的にかけたのだ。それでも誰も嘘だとは言わなかった。カロルは虫が苦手だと決定的になったが、やっと我に返った彼は取り繕おうと無理に笑顔を見せる。リタは少し呆れた風に笑って、ある物を差し出した。ハルカには見慣れた形をしている。スプレーだ。
「取り繕う必要ないでしょ、今更。これ持ってなさいよ、アスピオ製撃虫水溶薬」
「あ、う……い、いいの?」
「いいわよ。ただし、人に向けて噴射しないでよね」
「うん!ありがとう、リタ!」
心底嬉しそうにスプレーを受け取るカロルの後ろで、痛みが引いたらしいレイヴンが抑えていた手を降ろして人扱いされていない事に項垂れる。とほほ、なんて言っているから本気で落ち込んでいる訳ではないのだろう。慰める人は居なかった。
気を取り直して、道があるのかないのかも曖昧な中を進みながら、観察を怠っていないリタが思い出したように仲間達へ声をかけた。
「一応、気を付けておいて。植物の異常成長がエアルのせいなら、ここもエアルが溢れてる可能性があるから」
「過度なエアルは人体にも魔導器(ブラスティア)にも悪影響及ぼすからね。エアルの取り込み過ぎで代謝活動が活発になり過ぎるから、普段より疲れるわよ」
レイヴンの補足に驚いたリタは目を丸めて振り返る。
「あんた、よく知ってたわね」
「へ?常識でしょ?」
「人体への影響は知っててもおかしくないけど……無茶な使い方して、魔導器をエアル過多にするのは、一般に知られてないと思ったわ」
「武醒魔導器(ボーディブラスティア)扱う人間なら知ってて当然でないの?」
「ボク、リタに聞くまで知らなかった」
「勉強不足よ、少年」
「勉強不足ってより、あたしらより長く生きてるんだから、カロルが知らない事も知ってて当たり前でしょ。じゃなかったら変だし、え、おっさん青少年より人生経験ないの?ボケっとしたまま今まで生きてきたの?ってなっちゃうじゃん」
自慢気なレイヴンに対して淡々とした口調で横槍を入れるハルカ。彼女の方に向き直るとハルカは眉間に皺を寄せて顔を背けた。大袈裟に肩を落としたレイヴンは冷たいと嘆いている。
ユーリはその様子を、ただ黙って見ていた。
「うちをどこへ連れてってくれるのかのー」
アイナより先にと張り詰めた空気で大森林を進んでいる最中、そんな緊張感のない言葉が聞こえてユーリ達は足を止める。どこかで聞いた覚えのある声や言い方に不安を覚えてそちらに目を向けてみると、昆虫型の魔物に捕まれたパティが宙を舞っていた。即座にレイヴンの放った矢が見事魔物に命中したが、肝心のパティが落ちてしまう。ユーリがそれを抱き留めて助けると、彼女はとても嬉しそうに笑った。
「ナイスキャッチなのじゃ」
擦り寄る彼女をなんのためらいもなく落とすユーリだったが、パティも気にする様子はない。立ち上がって服に着いた土を払う彼女に森に居る理由を問えば、以前と同じでアイフリードの宝を探しているそうだ。が、それを聞いたリタが息を零す。
「嘘くさ。ほんとに、こんな所に宝が?誰に聞いて来たのよ」
「測量ギルド、天地の窖が色々と教えてくれるのじゃ。連中は世界中を回っとるからの」
「それでラゴウの屋敷にも入ったわけ?結局、何もなかったんでしょ」
「百パーセント信用出来る話の方が、逆に胡散臭いのじゃ」
「ま、確かにそうかも」
「純度の高い胡散臭さの塊に同意されると、なんか腹立つわね」
リタがはっきりそう言うとレイヴンは大袈裟に肩を落とした。そういう大きすぎる仕草やリアクションが胡散臭いと言われる原因でもあるのだと、本人はわからないのだろうか。ハルカは心底疑問に思ったが、なるべく関わり合いたくないと出てきそうになった言葉をぐっと飲み込んだ。
話を切り替えて宝探しを続行すると宣言したパティが、魔物に襲われて危険だとエステルに止められる。しかしパティは自信に満ちた瞳を彼女に向けて笑った。
「あれは襲われてたんではなくて、戯れてたのじゃ」
「たぶん、魔物の方はそんな事思ってないと思うけどなぁ」
カロルが全員の胸中を代弁するかのように呟くが、パティはどこ吹く風。まったく気にしていなかった。それどころか、背後から突然現れた昆虫型の魔物へ振り向きざまに銃弾を撃ち込み、撃退して見せた。例え子どもでもこんな場所までひとりで来るくらいだ、経験値も実力もあるから大丈夫だという何よりの証拠だった。
なんだかんだ言ってたってユーリも心配はしていたのだろう。パティの実力を見て安堵したのがハルカにも彼の目を見れば少しくらいわかる。
「つまり、ひとりでも大丈夫って事か」
「一緒に行くかの?今は恋敵もいないようじゃし」
「オレは、オレのお宝と言う名の恋人探しに行かなきゃなんないんでな。遠慮するわ」
「それは残念至極なのじゃ。でも、うちはそれでも行くのじゃ。サラバなのじゃ!」
可愛らしい笑顔を向けながら、主にユーリへ手を振り去っていくパティを視界に映らなくなるまで見送る。あんなに小さくて可愛い女の子なのに銃の扱いはハルカよりも洗練されていた。それは誰が言うでもなく、ハルカ自身が一番強く感じた事だった。
悔しく思っても仕方がないのは理解している。ハルカはつい先日まで武器を手に敵と戦わなければいけないような世界で生きていなかった。ここよりもずっと、ずっと恵まれた場所で生きてきたのだ。いくら仲間の目を盗んで必死に鍛錬を続けているとは言っても、つい最近戦い始めたばかりの素人が、子どもだといっても経験の多い相手に実力で叶う訳がない。それでもハルカはもっと強くならなければと、自分の実力と経験のなさに下唇を噛み締めた。
不意に頭に手を置かれて我に返る。見上げればユーリが居て、けれど目は合わなかった。
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ほたるび