01
カロルはいつも宿に着くと届いたばかりの手紙を読み、すぐに返事を書いて送る。それはいつの間にか壮大になっていた旅の途中でも、途切れる事なく続く習慣であった。顔を綻ばせ、時折笑い声を漏らしながら読んでいるカロルの文通相手が、気にならなかった訳ではない。むしろずっと気になっていたし、会ってみたいとすら仲間達は思っていた。けれどいつも他の事に気を取られてしまったり忙しくなったり、機会に恵まれないまま時が過ぎる。
その旅も節目を迎えれば、自然と各々の生活に戻ってしまった。全員以前とはまるで違う日常になったし、バラバラにもなったけれど互いの間には確かに仲間としての絆が残り、交流は続いている。
今日は多少の欠員はあるものの、ほとんどの面々が久しぶりに揃っていた。宿では大部屋になってしまったが、積もる話もあったし以前の旅でもよくあったので今更誰も気に留めない。
相変わらずカロルはつい先程受け取ったばかりの手紙の返事を書いていた。その間に声をかけても反応がない事も仲間達はよく知っている。けれど、この機会にずっと聞けなかったそれについて尋ねたくてうずうずしているのか、エステルが武器の手入れをしながら何度も視線を向けた。
よし、と小さな声を零したカロルが書き終えた便箋を折ると、彼女は早速声をかける。
「カロル、ずっと気になっていたんですけど」
「何?エステル」
「カロルがいつも書いているその手紙の相手って、どんな人なんです?」
「誰って……ボクのお姉ちゃんだけど」
「は?がきんちょに姉弟なんて居たの?」
本に集中していたはずのリタが唐突に興味を示した。他の仲間達も各々手を止めてカロルの方を見ている。
「血は繋がってないんだけど……よく面倒見てくれた人なんだ」
「どんな人なんです?」
「優しい人だよ。困っている人を見ると放っておけなくて、忙しいギルドの助っ人無償でしたりするし。あとすごく強くて、前はよく闘技場で無尽斬りにチェレンジしてたんだけど、二百人も簡単に倒しちゃって強すぎるからしばらく来ないで欲しいって言われてた」
「えぇぇ……それって出入り禁止って事だよね?どんだけ強いの、そのお姉さん」
ハルカが少し頬を引きつらせながら問うと、カロルは腕を組んで考え込む仕草をする。存外早く姉の強さをどう例えたら伝わるのか閃いた彼は「あっ!」と声を零した。
「この前、ギガントモンスターにひとりで勝ってた!」
「何それ怖い、すっごく怖い!」
エステルもリタも、顔色を少し青くしてハルカのそれに首を縦に振って同意する。しかし、あの頃の旅を共にしてくれていたら、どんなに心強かっただろうとも同時に思っていた。思うだけで誰も口に出さなかったため、大切な人を怖がられた事で不機嫌になるカロル。そこへふと、ジュディスが声を挟んだ。
「ねぇ、カロル。あなたのお姉さんってもしかして“漆黒の戦乙女”かしら?」
それまで唯一興味がなさそうだったユーリがピクリと反応した。しかし誰もそれに気付かない。
「漆黒の……以前騎士団に居た少女騎士と似た異名ですね」
「えぇ。その騎士を見た事がある人が闘技場で彼女を見て、とても似てると言った事からそう言われるようになったらしいの」
私も噂しか聞いた事がなかったのだど、とジュディスは言う。一度会ってみたかったらしい彼女にハルカ達も同調した。けれどカロルは「いいよ」とか「案内するよ」と決して口にしない。だったらせめて名前だけでも教えて欲しいと詰め寄った。
やがて観念した彼が紡いだそれに、ずっと静かだったユーリが立ち上がる。突然どうしたのだと誰かが問おうとしていたが、誰も声をかけられなかった。
「……行くぞ」
誰も見た事のないユーリの深い悲しみの表情に、呼吸すら忘れそうだ。
「かぁちゃ、かぁちゃ」
幼児用の椅子にしっかり座ったまま両手でテーブルを叩き、足をパタパタさせながら目を輝かせてこちらを見ている。もうすぐ二歳になる息子に急かされつつ幼児食と自分の分をテーブルに置くと、待ちきれないと言わんばかりの瞳が彼女を見上げた。
なんでも自分でやりたがるようになってきた息子の近くに座ると、二人で手を合わせる。
「いただきます」
「ましゅ!」
口の周りを汚しながら食べる息子を見ているだけで自然と笑みが零れた。舌足らずだけど美味しいと笑ってくれる息子と過ごすのは、大変だが楽しくて愛おしい。
不意に玄関の方から音と声が聞こえると、息子は更に表情を明るくした。よく知った声の予想以上の早い帰宅に彼女の心も踊る。
「かろ!かろだ!」
出迎えに行きたいのだろう。両手を必死に伸ばしてせがむ息子の顔を拭い、抱き上げた。一緒に玄関へ向かえばそこには案の定、弟――カロルの姿がある。だが、それだけではなかった。
両手を伸ばしながら「かろ、おきゃーり」と言う息子を、いつものように腕の中へ納めて愛おしそうに「ただいま」とカロルが言う。いつも彼女はそんなふたりをいっぺんに抱き締めるのだが、今日はそれをしなかった。
心配そうに声をかけてくれる弟の帰宅を喜ぶ余裕などなく、彼女はただひとりを見詰める。
「……久しぶりだな」
低い、低い声だった。
「ユー、リ」
彼女が悲しげに呟く。震える細い体に触れ、まっすぐ向けられていたユーリの黒水晶がほんの少し揺れた。瞬間、強く引き寄せられた彼女はユーリに強く抱き締められる。
アイナ、と。
そう彼女を呼んだ声が震えていた。
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ほたるび