04
「アイナ」
頃合いを見計らってハルカが呼ぶと、彼女は振り返る。自分より背が高く懐かしい温もりに飛びついて縋った。存在を確かめるように何度も、何度も名前を呼ぶ。その度に答えてくれる彼女に心が喜びに打ち震えた。
ハルカは別の世界から突然テルカ・リュミレースへ現れた――それが約二年前になる。目が覚めてすぐユーリと出会って以来、旅を共にしている。それはユーリとハルカが探し求めている人物が同じだからだった。ユーリはハルカが映った写真を見た事があり、一方的に知っていたのだ。だからずっと懸命に探して、探して。やっと会う事が出来た。
そう。ハルカとアイナは同じ世界出身の親友同士で、それぞれ別のタイミングでこの世界へ落ちた。ふたりにとって約十二年ぶりの再会になる。
「アイナ……アイナ……会いたかったっ」
「私も会いたかった。久しぶりだね、ハルカ」
「すっごく探したんだからぁ!」
「うん。ごめんね」
ハルカを抱き締める力が強くなって、ますます涙が溢れてしまった。もう一度「ごめん」と謝るアイナに、すぐに首を横へ振る。縋り付いたまましばらく泣いて落ち着いたハルカは、痛々しく目を赤くしたまま笑った。
「はぁ、すっきりした!ところでアイナ、まだ仲間の紹介とかしてなかったよね?」
「大丈夫。カロルの手紙に書いてあったから、ちゃんとわかるよ」
そう言って、ひとりずつ顔を見ながら名前を順に呼んでいく。どうやらカロルは詳細に書いていたらしい。遅くなりましたが、とアイナは前置きをしてから自己紹介を始めた。
「息子はレオニート、私はアイナ・フェドロックといいます。ユーリとカロルがいつもお世話になっております」
「フェドロック!?フェドロックって、まさか銀の戦乙女本人です!?」
丁寧に頭を下げたアイナに突然詰め寄ったエステルが、そんな事を口にする。顔を強張らせたユーリがどういう事か低く問うと、彼女は少し動揺しながら答えた。
「じ、実は最近、銀の戦乙女に関する記述が訂正されたんです。帝国騎士団に所属していたのはコーレア・フェドロックではなく、アイナ・フェドロックという名であったと」
「それは人体実験に関係していた人が帝国から一掃されたからですね。レイヴンさんから報告と確認があったので、被験者だった私の合意を得て訂正しました」
「そうだったんですね……あ、あの!私ずっと憧れていたんです!握手して貰っていいです!?」
「あ、はい。どうぞ」
「エステルばっかりズルイじゃない!あ、あたしも!ずっとファンだったのよ!」
「じゃぁリタも握手させて貰いましょう!」
「リタちゃんは、騎士団時代に会った事あるよね。元気そうでよかった」
「あたしの事、覚えててくれたの?」
「シゾンタニアに居た頃、エアルクリーチャーに襲われてるのを見た最初の子だったしね。あれからもう無茶はしてない?」
「してないわ……時々は、あったけど」
そっか、とアイナがリタの頭を撫でると彼女は少し頬を染めて俯いた。
和やかな雰囲気の中、自身の腕に居る息子が、船を漕ぎ始めたのに気付いたユーリが静かにアイナを呼ぶ。眠気と戦っているレオニートを見たアイナが優しく昼寝を勧めるものの、彼はユーリの服を必死に掴みながらその胸板に顔を埋めた。涙声で嫌だと首を横に振る幼い彼に、アイナは困った顔で説得を続けるけれど頷こうとしない。不思議なくらいユーリから離ないレオニートの姿に当たりのないカロルは、姉を見上げて尋ねた。
「今日初めて会ったのに、どうしてレオはこんなにユーリから離れないの?」
アイナは少し目を伏せた後、エプロンのポケットから皺が入った写真を取り出して差し出す。カロルが素直にそれを見ると、つり目の子犬を抱いた姉が写っていた。彼女を挟む形でユーリとフレンも居て、その後ろに背の高い銀髪の男が見覚えのあるキセルをくわえて笑っている。男の手が頭の上に乗せられているユーリとフレンは、少し不貞腐れたような、今よりずっと少年っぽい表情だ。みんなと揃いの制服を着て写る姉は、真ん中で幸せそうに笑っていた。
「なくなってたからもしかしてって思ってたけど、やっぱアイナが持ってたんだな」
「うん……どうしても手放せなくって、いつも持ち歩いてた。レオが生まれてからは一緒に見る事もあったから、その……」
「パパだよって教えてたんだね、アイナ」
ハルカの言葉にどこか気まずそうに頷いた彼女を見て、ユーリがやっと会えたばかりの我が子の背をポンポン叩いてあやしながら「そっか」と嬉しそうに零す。
「大丈夫だ。どこにも居なくならねぇよ」
低く、優しい声色で息子に囁くと、安堵したのか少し経って寝息が聞こえ始めた。小さな手はユーリの服を握ったままだが、力は緩くなって今にも手を放してしまいそうだ。寝室に案内され、アイナに言われた通りの場所にレオニートを寝かせた彼は、一向に傍を離れようとしない。自分にもアイナにも似た幼い寝顔を見詰めたままだ。
ずっと主張せず、隠れるように端に居たラピードがアイナに呼ばれて足元に座る。撫でる手に頭を擦りつけ、僅かに甘えた声を出した。膝を折った彼女が細い両手でラピードを抱き締めると、見た事がない速度で尾が揺れている。
ハルカは思わず涙がこみ上げるくらい、この幸せの詰まった光景が嬉しくてたまらなかった。ずっと、ずっと会いたかった人が不幸でないのに心の底から安堵していた。出来るだけ長く、この光景を見ていたいと願った。
けれど、そんな些細な願いを引き裂くように――扉の向こうから大きな音が響いた。
- 4 -
*前次#
ページ:
ほたるび