久々に部活動がオフの日。それは雨でサッカーができないからだったりといった理由ではなく、学生らしくテスト週間に差し掛かったからであった。
名前と豪炎寺は教材を持ち寄り、豪炎寺の部屋で黙々とテスト勉強を進めていた。
サラサラとノートの上をシャープペンシルの芯が滑る音と、ページを捲るペラリという音が時折鳴り響くだけの静かな空間。
基本的に名前も豪炎寺も賢く、中学校の定期テスト程度では特に大きく躓くこともない為、自身の提出用のワークを埋めながら復習をする作業は恙無く進んでいた。

キリの良い所まで解き進めた名前は、ふと集中が途切れて1度ペンを動かす手を止めた。
ローテーブルを挟んだ正面で、己のワークに向かう豪炎寺をチラと見やる。名前の視線に気付いているのかいないのか、豪炎寺は集中を切らさずに数式を書き連ねていた。

いつも通り前髪が上げられているから、彼の涼し気な顔立ちが正面からよく見える。
健康的に日に焼けた肌によく映える、髪と同色の色素の薄い凛々しい眉が少し眉間に皺を寄せている。
ワークに向かうために伏し目がちになっている目には長い睫毛が影を作り、その様からはどこか色気すら感じられて、視線を下に向ければキュッと結ばれた薄い唇に目がいって思わずドクリと胸が高鳴った。

ぼんやりと彼の顔を眺めていたところを、カシャリとシャープペンシルを机に置かれた音で我に返る。
正面の切れ長の瞳と目が合った。
名前が魅入っていた顔立ちを持つ男は先程までの表情を変えずに徐ろに立ち上がり、近寄ってくる。慌てて逃げようとする名前の右隣にピッタリとくっつくようにして腰を下ろし、逃がすまいと左腕で名前の肩を抱いた。

「何を、見てたんだ?」

どこか楽しげな声音で、先程までと変わらぬように見える顔を近付けながら尋ねてくる豪炎寺。正直に君に見惚れていた等と言えるはずもなく、つい目を逸らしたくなって顔を横に向けると右手で頬を掴まれて逸らさせてすら貰えない。
目線だけでも逸らしていると、頬を捕らえたままの親指がゆっくりと頬に滑らされ、名前の小さな唇に優しく触れる。柔らかさを確かめるように往復する、厚みがあって少しカサついた指先が羞恥心を煽る。
普段なら甘やかしてくれる時は頭や頬、耳まで撫でられることが多いのに、執拗に唇だけ撫でられているさまから、どうやら名前の視線の先が彼の唇だったことはバレバレだったようだった。

「別に、少しぼんやりしてただけ…」
「へぇ、そうか。」

悪あがきでしかない返答に対して、面白そうに口角を上げて目を細める豪炎寺が視界の端に映っている。おもむろに名前の右肩に顔を埋めるようにして距離を詰められた。

「なんだ、キスがしたかったんじゃないのか?」

からかうように耳元で囁く豪炎寺に、ついピクリと肩が反応してしまう。その隙を狙ったのか、ギュッと左肩に回った腕の力が強まり、豪炎寺の厚い胸板に倒れ込むように抱き込まれる。
密着した体が熱い。早鐘を打つ鼓動は彼に筒抜けなのだろう。余裕そうな表情を浮かべる男の、少し早い胸の高鳴りが伝わってくるのだから。

「…しないのか?」

今日の彼は随分意地悪だった。いつもだったら、ゆらゆらと燃える炎のような熱を宿した目をして髪を撫でて、それからそっと唇を触れ合わせてくるのは彼の役目なのに。
からかい混じりの目に観念して意を決した名前が、その薄い唇に自らのものをそっと重ねる。
ちゅ、と小さなリップ音と共に短く重ね合わされた唇同士がそっと離れる。

「満足か?」

とことん意地悪な日だ。ニヤリと弧を描いている、こちらの唾液で少し艶めいている唇が憎らしいし、なにより羞恥心を煽る。
それでもやはり彼の問う通り満足ではなくて、ヤケになってもう一度唇を重ねればペロリと熱い舌に唇を舐められ、薄く開けばスルリと入ってくるそれ。

いつの間にか後頭部に回った左手。撫でるように髪と耳、頬を往復する少し硬い指先。重ねられた唇が深くなり耳を、脳髄を揺さぶる音に意識が支配されるにつれ、力が抜けてしまう。
くたりと彼の厚い胸板にもたれ掛かった名前に気付いた豪炎寺がやっと唇を離し、熱のこもった吐息を吐き出した。
試合の時とはまた違う、劣情に駆られた熱さを含んだ視線と交わる。しばらく勉学には戻れなさそうだと今日の目的が頭の隅に過ぎりながら、その胸元に縋る右手に名前はきゅっと力を込めた。