桜が満開に咲きほこり、花びらが舞い散る……そんな季節に私の人生を大きく変える出会いをしました。

まだ小さかった私と彼らは何も知らなかったのでしょう。
この出会いに待ち構える美しくも悲しい運命を……

そんな私 (わたくし)楠本貴音の人生をこれから語って参りたいと思います。
















あたりを山々と田んぼに囲まれ、鳥の鳴く声や川のせせらぎの音が良く聞こえる。農家風の建物が所々にあるが人がいる気配がまるで感じない静寂な場所。しかし空気は澄みきるような新鮮さだ。

春特有の温かく柔らかい風が頬を撫でる。平凡な風景もこの季節は桜の花が満開に咲き乱れ、桜色が辺りを埋め尽くし、とても美しい。私は父上に手を引かれながら見惚れていた。

『父上、桜がとっでも綺麗ですね。私たちはこれからこの場所で暮らすのですか?』

「ああ、桜が綺麗でのどかな所だ。貴音これからここで診療所を開くんだよ」

そう言って父上は私に微笑んだ。これからこの場所で新たな生活が始まる。


父上はそこそこ名の知れた名医で、前までは医学館にお勤めになり、医者を目指すお弟子さん達を指導していた。そのせいか家を空けることが多くあった。

私の母上は物心つくまえに亡くなり、必然的に一人で留守番をすることになる。本当はとても心細く、寂しかったけど父上に本音を言ってしまったら、父上を困らせてしまうことが分かっていたので、寂しい気持ちを押し殺し笑顔で見送っていた。

それが昨年、医学館をお辞めになりこの村で診療所を開業することになったのだ。この村は貧しい者が多く村には病院がない、そこでここに診療所を開いてくれないかと手紙が届いたのだ。確か吉田松陽様と言う方だとか。

吉田松陽様は昔、父上が物盗りに襲われそうになった所を助けた命の恩人なんだとか、そこから何度か手紙のやり取りをしていたらしい。その命の恩人、吉田松陽様からの要望に力になればと応えた形だ。

父上はお心優しく、慈悲深い。困っている人を放っては置けない性格で、身分関係がなく病気や怪我で苦しんでいる人を救ってやりたいと常々仰っていた。私はそんな父上を心の底から尊敬し、誇りだった。私も父上のような医者になり、支えたいそう思うようになった。

これからは二人で診療所を切り盛りして行く。父上が外に出ることも少なくなる。それが私にとって何よりも嬉しかった。


この話を下さった吉田松陽様には感謝しないとね。







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