2月14日。聖バレンタインデー。世間一般的にいう”恋人の日”。勿論、恋する乙女もしくは男子は浮かれる日であるし、あたしはそんな浮かれた乙女の1人である。自分で乙女って言うな?うるさい、黙れ。
閑話休題。そんな大事なバレンタインデーに想い人へ贈り物をしたいあたしは、料理は人なみに出来ると自負しているがお菓子作りは苦手だった。
バレンタインデーといえば手作りのチョコレートが基本であるはずなのに。どうしようかと悩んでいたところに救世主。1学年下の後輩の家庭的男子、墨染妃志である。
「お菓子作りですか?いいですね!お手伝いします!」
「ありがとう助かる」
こうして後輩のハイジの指導を受けながら、バレンタインの前日に、甘いものが大大大好きな想い人もとい彼氏であるあいつへの激甘チョコレートケーキが誕生した。味見だけで甘いものが苦手なあたしはギブだったけれど。
「あげるんですよね?茜さんに」
「そうそう...ってなんで知ってんの?!」
「バレバレです、いつも生徒会室であんなに仲良いのに。逆にバレてないと思ってたんですか?」
「うっ...すみません」
彼氏もとい茜との関係は基本的に秘密にしている。彼は隠さなくてもいいと言ってくれたが、あたしみたいな所謂ギャルみたいな女と、人気者で面倒見がいい皆のお手本のような生徒会長の茜は差がありすぎる。それに彼を想う女は私以外にも沢山いるため、敵を増やしたくないというのが本音でもあるが。まぁそういう関係から付き合っていることは本当に少数で、彼の信頼している友人のクロノくらいしか知らないと思っていた。
「多分生徒会のメンバーは大抵気づいてますよ?」
「嘘じゃん...」
生徒会長の茜、そして副会長のクロノ。ハイジは書記。あたしは特に役職すらないが、何故か度々入り浸ってはクロノに怒られている一生徒。他にも何人か仲のいい後輩がいるが今回は割愛。そんなこんなで、隠している関係は身近なところにはバレているようだった。
「でも僕はマシロさんの味方なので、隠しておきたいのであれば秘密にします!今日の話はここだけの秘密ですね」
「ありがとう、ハイジ」
「いえいえ!アカネさんに渡せるといいですね!」
「...頑張ります」
少し不恰好に焼きあがったチョコレートケーキを、丁寧にラッピングして持ち帰る。明日渡す時は可愛くいたいな、とこれまた乙女思考のあたしはいつもより丁寧にスキンケアをし、とっておきの日にしか使わないパックを念入りに行って、早めに眠りについた。
当日。朝から通学路ではいちゃつくカップルを見たり、昇降口で靴を履き替える際に隣の男子の靴箱からラブレターが出てきて周りが騒いだり、エトセトラ。とにかく学校中が浮かれまくっていた。まぁ勿論あたしだって浮かれていたので、早起きしていつもより丁寧にメイクをして、髪なんかも校則に引っかからないくらいにはセットをしてきた。
「あー!マシロさん!ハッピーバレンタインデー!」
「ツグミくん、おはよ」
「おはよーございます!なんか今日雰囲気ちがう!」
「ふふん、今日は学校終わりにデートなの」
「きゃー!さすが!で?俺には?!」
「なにが」
「チョコ!ないの?!」
「ないに決まってんでしょ、浮かれすぎ」
「えー!」
教室に向かう途中に、聞きなれた声に呼び止められる。振り返るとそこには1学年下の後輩であるツグミくんがいて、物欲しそうにこちらを見つめていた。さしずめチョコなりなんなりが欲しいのだろうが、残念なことにあたしは本命一筋なのである。丁重にお断りしてその場を去った。去り際に紙袋に一言物申されたが上手くかわしてきたのできっと中身はバレていないだろう。
彼とは残念ながらクラスが違うため、出会ってすぐ渡すことは出来ない。昼休みか放課後に渡せればいいか、とすぐに彼のクラスには行かず自分の教室に向かう。
おはよう、とクラスメイトに声をかければ、彼女もまた浮かれた人間の1人だった。
「おはようマシロー!どうしよ!きょうAくんにチョコ渡そうと思うんだけど」
「え、まじ?絶対いけるって、頑張れ」
「ありがとうー!マシロは?」
「え、あたし?!んー...秘密」
「えー!教えてくれたっていいじゃん!」
「内緒〜!」
しばらく歓談していると、担任が席につけーと声を上げながら教室に入ってきた。そこからは大変だった。今日は移動教室やら日直に指名されるやらで色々と移動が多く、茜に連絡する時間が無いまま昼休みを迎えてしまった。本当は昼休み一緒にお昼を食べたかったのにその連絡するも出来ず、追い討ちをかけるかのように担任から呼び出しをされた。悪いことじゃなくて日直の話だったからよかったけど。(でもメイクの注意はされた)
職員室からの帰り道に、すれ違った後輩の女の子2人組の会話がふと聞こえてきた。
「聞いた?日暮先輩、今日チョコ受け取ってないらしいよ」
「え、うそ!私渡したくて持ってきたのに」
「なんか受け取れないって断ってるらしい」
「そうなの?残念...」
「じゃああんたのチョコあたしにちょーだい!」
「もうあげたじゃん!」
きゃっきゃと駆けてく2人と比例するようにあたしの気持ちはどんどん下がっていくのが分かる。確かにあげるとは伝えてないし、欲しいなんて言葉も言われてない。勝手に作ったけど今になっていらないって思われてたらどうしよう。考えれば考えるほど気持ちは下がり、あのチョコケーキの宛先を変えようかと思い始める。
はぁ、と大きなため息をひとつつくと昼休みの終わりを知らせるチャイムが鳴り、あたしは急いで教室に帰るのだった。
放課後、ばいばーい!と帰っていくクラスメイト達を見送る。なんとなくすぐ帰る気持ちにはなれなくて、これどうしよう...とチョコケーキが入った紙袋を見つめていると、真白と声が掛かる。
見上げるとそこには彼氏の茜が立っていて、なんだか少し息を切らしていた。
「ど、どうしたのアカネちゃん...」
「来て」
「は?えっ、ちょ!」
急にあたしの手を取り、荷物をまとめるのを確認すると、そのまま茜は駆け出した。しばらく一緒に走っていると、見慣れた生徒会室のドアを勢いよく開き、そのまま鍵をかけた。
「急に...なに?」
「悪い、なんか追われてて」
「あぁ...」
今日はバレンタインデー。人気者の彼にチョコを渡してあわよくば彼女の座を狙っている女の子は沢山いるだろう。そしてもれなく皆自分のチョコだけを受け取って欲しくて彼のことを探している。今だって、ドアの向こうでは彼を探す女子生徒の声が聞こえている。
「いらないって断ってんのにな...」
「まぁアカネちゃんは人気者だから」
いらないって言葉になんだか傷つくあたしがいた。秘密にして、ってお願いしたのはあたしのはずなのに、それでも傷ついてるなんて図々しいにも程がある。
浮かない顔をしていたのか、黙り込んだあたしを見て茜はこちらの顔を覗き込んできた。
「まーしろ」
「っ?!なに?!」
「真白からは?ねぇの、チョコ」
「はぁ?!」
欲しい、なんて言わなかったくせに。当たり前に貰えると思ってくれてたことが嬉しくて、なんだか少し腹が立った。
「ないけど」
「なんで」
「なんでって...無いからないの」
「その割にはハイジと2人で何か作ってた」
「は?!なんで知ってんの」
「廊下から見えた」
「あー...」
放課後の家庭科室なんて誰も来ないし、ましてや家庭科室がある棟なんて人が居ないからと油断していた。
「仲良さそうだったけど」
「そりゃあ、仲良いでしょ、後輩だもん」
「俺とも仲良くねぇと嫌なんだけど」
「...嫉妬?」
「さぁ?」
いつの間にか右手の上に彼の左手が重ねられていて、その手を強く握られる。もう何度も口付けを重ねているはずなのに、学校のしかもいつもいる生徒会室という事が緊張するのか心臓が痛い。思わず目をギュッと瞑ると彼が近づいてくる気配がした。
もうすぐ唇が触れると思った瞬間、生徒会室のドアが数回ノックされる。ばっ!とお互い離れると、ドアの向こうからは数人の女生徒の声。
「日暮先輩ー!いますかー!」
「いないんじゃない?ドア閉まってるし」
「えー!学校中探してもいないんだよ?!いるならここでしょ」
「もう帰ったかもしれないじゃん」
「そうかな...」
しばらく彼女達はドアの前で話したあとどこかに消えた。いつまでもここに隠れてはいられないようだ。
「場所変えるか」
「う、うん」
生徒会室のドアを静かに開け、周りに誰もいないことを確認してからあたし達は少し時間を空けて部屋を後にした。なんだかお忍びで会ってるカップルみたいで少しだけ背徳感があった。あたしの家の近所にある公園で、改めて問われる。
「チョコは?」
「だからないって」
「じゃあそれ何」
彼が指さした先にはチョコケーキが入った紙袋。中身が見えないよう口に封をしているため、彼の位置からは何が入っているか分からないようだ。
「もらった」
「誰に」
「友達」
「朝から持ってたってツグミから聞いてる」
「...あのバカ」
「で?それなに?」
口が軽すぎる能天気な後輩を恨めしく思いつつ、観念して紙袋の封を開けた。今日見かけた女の子たちみたいに可愛いラッピングではないし、出来栄えもお店のものみたいに綺麗ではない。取り出したはいいものの、やはり渡す勇気が出なくて自分でラッピングを開けて、中身を取り出した。
「チョコじゃん」
「あたし用に作ったの」
「はぁ?」
「もういいでしょ、いただきます」
ひとつ手に取り口に運ぼうとすると、その手をとられ茜の口元まで持っていかれる。
「ちょっと!」
「...美味い」
「あたしが食べようと思ったのに!」
「こんな甘いのお前食えないだろ」
「そうだけど」
でも、と続ける前に茜は綺麗に全部平らげてしまった。
「ごちそうさん。で?他のもくれねぇの?」
「って...」
「なに?」
「いらないって聞いた」
「誰に」
「噂で...」
なんだか悲しくなってきて、茜の顔が見れずに俯く。
自分でも声が震えてきたのが分かって、下唇を強く噛む。
「確かにいらないっては言ったけど、好きな奴がいるからいらないって言った」
「え?」
「彼女、ってバラされたくないんだろ」
「それは...そうだけど」
「だから好きな奴がいるから無理って断ったんだけどな」
「あっ...」
「その肝心の大好きな彼女は俺にくれねぇみたいだし?」
「ちが!」
「違うんだ、ふーん?」
「...なんか腹たってきた、もうあげない」
「やだ」
膝の上に乗せていた袋を丸ごと奪われ、目の前でまたひとつ彼の口に運ばれるのを呆然と眺めていた。
「えっち」
「はぁ?!」
「そんなにジロジロ見られてっと食いにくい」
「じゃあ食べなきゃいいじゃん」
「やだ」
「なんで!」
「好きな女から貰ってんのに食わねぇの勿体ない」
うん、美味いと言いながら彼はまたひとつ口にケーキを運ぶ。そしてあたしの目の前で全て食べきってしまった。
「ご馳走様でした」
「...お、美味しかった?」
「もちろん」
「よかった...」
「あ、やっぱり俺宛だったか」
「っ!?ち、ちが!」
「じゃあこれは?」
「へ?」
彼の手には昨日寝る前に、すぐには寝つけなくて自分らしくないと分かりつつも初めて書いたラブレターが握られていた。
「み、見ないで!すぐに破って捨てて!」
「絶対に捨てないし保管する」
「じゃあ返して!」
「絶対やだ」
しばらく手紙の奪い合いをしていると、茜がぽつりと呟いた。
「やっぱ付き合ってんの皆に言いたい」
「え?」
「お前が俺のだって、他の奴に言いたいんだけど」
空を切ったあたしの手を茜は掴んでそのまま優しく握った。そしてその手に小さな箱を握らせてくる。
「今はまだ安いやつしか渡せねぇけど、いつかもっといいやつ渡すから」
「...それってなに?プロポーズ?」
「そのつもり」
箱の中には可愛いネックレスが入っていた。いつか一緒に出かけた時に見かけた、高校生のバイトのお給料でギリギリ買えるようなもの。
「だから頼む、俺らのこと皆に言わせて」
「後悔しない?」
「する訳ないだろ」
「でも、批判されるかも」
「こんないい女捕まえてんのに?」
「でも」
「真白」
あたしを見るその目は真剣で、あたしが最初に茜に惚れた表情をしていた。
「文句言われても受け付けないからね」
「惚気なら受け付けてくれんの?」
「最高の口説き文句なら」
「上等」
茜は素直な性格だから、恥ずかしがらずに好きの言葉をあたしにくれる。今日も好きだよとあたしの目をみて言ってくれるから、こちらが恥ずかしくなってまた俯いてしまえば、お構い無しといったようにまた愛の言葉を投げかけてくる。
「茜」
「ん?」
「あたしも、その、好きだよ」
「知ってる」
誰か来るかもとか、親が見てしまうかもとかそういうこと考える暇もなく、気づいたら唇が触れ合っていた。何度かキスをして、遠くから聞こえた犬の鳴き声で我に返る。そして2人顔を見合わせて笑いあった。
その数日後、クラスメイトの子に声をかけられる。
「マシロちゃんって、日暮くんと付き合ってたの?」
「え、あ、そう...だけど」
「なんでもっと早く教えてくれなかったの!」
「言わなくてもいいかなって...」
「だめだよ!色々聞きたいことあるんだから!今日はお昼一緒にしてね!?」
「はいはい、分かった分かった」
あれから特に誰かに文句を言われたりすることはなかったが、代わりに根掘り葉掘り話を聞かれるようになってしまった。学年一可愛いと言われている斎藤さんには少しだけすれ違い様に文句を言われたこともあるけど、周りの友達が助けてくれたのでそこまで落ち込むことはなかった。男の子には冬木さんのこと狙ってたのに、と声を掛けられることが増えたが、大体いつもその後に「俺の彼女なんで」と茜が助けてくれた。
「まーしろ」
「アカネちゃん」
「帰ろうぜ」
放課後、教室の外から茜に声を掛けられる。荷物をまとめクラスメイトにまた明日ね、と声をかけて教室を出れば、手を差し出される。
「ん」
「なに?」
「見せつけてやろうぜ」
「え、は?!ちょっと!」
戸惑っていると、あたしの手をあの日のように強引にとると、茜はそのまま昇降口に向かって歩き出した。すれ違う生徒に見られたりして恥ずかしくなったけど、堂々と彼の隣を歩けるのがなんだか嬉しくて繋がれた手を恋人繋ぎにした。
「積極的じゃん」
「そういう気分なの!」
繋いだ手から伝わる茜の体温が心地よくて、もっと感じたくて少しだけ握る力を強めた。今日は冷えるし帰りにカフェ寄って帰りたいなってわがままいうと、仰せのままに、お姫様?と笑われた。