一話





 平安時代。陰と陽が混沌とし始めた時代。
 そんな時代に安倍晴明と云う男がいた。優秀な陰陽師だった。
 誰もが使えない陰陽術を使う。雨が勝手に彼を避ける。
 そんな噂からか妖なのでは無いか、狐か狸が化けてるのでは無いか。そんな下らない噂を立てられる程だったらしい。

 らしい。

 何故、そんな言い方をするか。それは昔から口伝されていたから。
 父から子へ。またその子から子へと。代々、引き継がれるのだ。

 安倍家は繁栄され、安倍の血筋は何処か人と違う。稀人。稀な血を持つ者。そう呼ばれるようになったらしい。

 人喰い鬼と呼ばれるモノが拡がりを見せるとその稀人なる安倍家の血を狙う鬼が増えていった。
 理由は特別な血を持って生まれたから、らしい。

 何でも普通の人間50〜100人分の力が得られる、そう鬼が言っていたそうだ。迷惑極まりない話だが、そう伝えられてきた。だから、安倍家は彼らへの対抗策を考え続けた。
 見つけたのは藤の花が苦手ということ。それを足掛かりに呪具は全て藤の木や花から作る技術を身に付け、虹の呼吸を編み出した。

 全て子孫へと残していくモノ。
 そう、幼い頃から教えられてきた。そして、父上は必ずこう口にする。

 お前は先祖返りなんだ。最も血が濃い。だから、藤の花がお前を守るようにと名前を付けたんだよ…と。

 優しい声で。やさしい手で私の頭を撫でながら。
 
 そんな恐ろしいモノが本当にいるのかなんて、その当時は思いもしなかった。あの日まで。
 私以外の家族を皆殺しにされるまでは。

 あの鬼が迎えに来るのは私が15になる年。
 鬼に立ち向かえる力を付けながら、身を潜めた。そして、星をひたすら詠む。

 来るべき時の為に。
 必ず訪れる変動の年に現れる誰かを待ち続けていた。

 
◇◇◇


「………」


 静まり返った夜。
 ひょっとこのお面を付けた人物。それは小柄な少年にも見えた。
 子供は地面に座り込み、雲ひとつない空を、チカチカと光る星をじっと見つめる。


「おい、また星を見てるのか」
「はい」
 

 そんな子供にまたひょっとこのお面を付け人物が現れた。
 何とも分かりづらい。しかし、体格からして男だということが分かる。
 彼はぶっきらぼうに空を見上げる子供に声をかけた。その声に子供は男の方へ視線を向けて、こくりと頷く。
 

「お前のいう時は来たか」
「……師匠が打った刀について行きます」
「……………そうか」
 

 男は子供の隣に座って聞けば、その問いに子供はぽつりと言葉を零した。
 それは迷いのない口調。まるで、それが当然であるかのように。
 返答の意図を理解したのだろう。 男は深く息を吐くと短く言葉を返した。それは何処か寂しさを孕んでいるようにも聞こえる。
 しかし、彼はお面を付けているのだ。表情を読み取ることは誰にも出来ない。
 

「師匠、お世話になりました」
「俺はお前を弟子とは認めていない!!」
 

 子供は急に立ち上がると男の方へ体を向けた。背筋を伸ばし、丁寧なお辞儀をする。
 それは面倒を見てくれた相手への言葉だった。普通なら、それを受け止めるだろう。
 喜怒哀楽のいづれかの言葉が返ってくるはずだ。そう、普通なら。
 子供の前にいる男は普通じゃない。キチガイだ。
 礼儀を弁えているのにも関わらず、全く違う所に怒りを覚えているのだ。ひょっとこのお面は表情を変えることは無い。しかし、怒っていることはお面の上から手に取って分かる程だ。
 

「酷いですねぇ…雑用はこなしてるじゃないですか」
「上の命令じゃなきゃ、お前なんて弟子になんかしてねぇ!俺の黒歴史だ!!」
 

 子供は至って冷静だ。傷付いている様子もない。 へらっと笑っているような声音だ。子供は全否定する彼に柔らかく言葉を返す。
 怒りが収まらないのか、彼は転げ回る。まるで、駄々をこねた子供のようだ。どちらが子供か分からない。
 しかし、弟子を取った。それが彼にとっては汚点なのだろう。声を荒らげる。
 

「はいはい、分かりました」
「うぐっ…!!」
 

 子供はそんな様子に慣れっこなのだろう。受け流すように言葉を返した。
 懐から笹の葉で包まれたものを取り出すと手に持つ笹の葉を広げると1本の串を手に取り、癇癪起こしている男の口へと突っ込む。当然、口に突っ込まれると予想もしていなかったのだろう。
 その攻撃をまんまと受けた男は苦しそうな声を出した。
 男の口に入れられたもの。彼の好物であるみたらし団子だ。それが分かると気を良くしたのか、大人しく団子を咀嚼する。
 

(長年続く鬼との戦い……決定打となる星がやっと現れた)
 

 子供は黙って食べる姿を呆れたように見ていたが、その視線をまた空に輝く星へと向けた。
 子供が見る先の星は一点。赤い星。その星の近くに小さな星がまた一つ。寄り添うようにある。
 それを見つめる瞳は何処か嬉しそうだ。無理もない。親兄妹を目の前で奪われた日から十年の月日が流れている。
 この日が来ることを待ちわびていたのだから。
 

「このお面ともお別れのようです」
 

 子供はひょっとこのお面を顔から外すとぼそっと言葉を紡ぐとそれを空へ投げた。腰に付けていた刀を素早く抜き取り、見えない太刀筋でお面を切り付ける。
 切られたお面は宙で八等分になると重力に逆らわず地面へと落ちた。
 少年にも少女にも見える顔立ち。白い肌。
 つり目。江戸紫色の瞳。薄藤色の髪。
 お面で覆われていた顔が全て、月に照らされて顕になった。子供は大人びた笑みを浮かべ、刀を一振する。

 持つ刀は日輪刀。別名、色変わり刀。
 子供の持つ刀身は何とも綺麗な七色を輝かせた色をしていたのだった。




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