端に風鈴が付いている笠を被り、打った刀を大切に背負う男。 彼は口を開くことも無く、人気のない道を歩き続ける。
白い肌につり目。江戸紫色の瞳。薄藤色の髪。
少年にも少女にも見える不思議な風貌を持つ子供はそんな男の後ろを黙って付いて来ていた。だから、木々の音、鳥の鳴き声。風鈴の音。
それらしか彼らの耳に入ってくる音はなかった。
(…何で、風鈴なんか付けてるんだろうか)
人の言葉は何も無い。あるのは自然の音と風鈴のみ。
何故、笠に風鈴を付けているのか。理由が分からない子供はじっと男の笠を見つめ続けていた。
(……あ、あの家、かな)
男の背中越しに見えるひとつの家。山の上にあるその家以外民家は見つからない。だんだん大きくなる家の形。
やっと山を登った。
その感覚を覚えると薄藤色の髪の子供の目に入ったのは玄関で待ち構えている赤が混じった黒髪の男の子だった。
「えっとぉ……」
「俺は
(戸惑った相手にいきなりそれってどうなんだろう……)
赤が混じった黒髪の少年は何かを待っていたのだろう。 しかし、目の前に現れたのは笠に風鈴を付けた男。
それに戸惑っているようだ。笠に風鈴を付けた男は自己紹介をし、何用で来たのか、尋ねられてもいないうちに勝手に話し出す始末。
その様子を後ろから見守っていた子供は心の中でツッコミを入れるが、言葉にする気配はまるでない。
「あの、竈門炭治郎は俺です。中へどうぞ…」
(少年も少年だった……)
「これが"日輪刀"だ。俺が打った刀だ」
「あのぉ…お茶を入れますから中へ……」
赤が混じった黒髪の少年…炭治郎はキリッとした顔をして、自己紹介を返すと家の戸が開いている場所に向けて手差しする。
普通、突然自己紹介され、好き勝手に述べられたら、戸惑うものだろう。しかし、そんな素振りは一切ない。
先程まで戸惑った様子はどこに行ったのか。そんなことを頭の片隅で思いながらも、真剣な表情をして自己紹介を返す炭治郎に薄藤色の髪を持つ子供は呆れたようにため息をついた。
笠に風鈴を付けた男は家に上がることなく、家の目の前で荷を解いては刀の説明をし始める。
この対応には流石の炭治郎も戸惑いを隠せないようだ。
無意識に語尾を弱めながらも、男に言葉を投げ掛けている。
「日輪刀の原料である砂鉄と鉱石は太陽に1番近い山でとれる。"猩々緋砂鉄"と"猩々緋鉱石"…それで陽の光を吸収する鉄が出来る」
「そぉですか」
(あー、ダメだ……聞こえてない)
炭治郎の声は男には全く入っていない。
自分の世界に入ってしまっているようだ。
一区切り話が付くと相打ちを打つように炭治郎はうんうんと頷きながら、言葉を返す。
男性の身勝手な姿に薄藤色の髪を持つ子供は、はぁ…と深いため息を零し、頭に手を当てた。
「陽光山は一年中日が差している山だ。曇らないし、雨も降らない……ぬ」
「ひょ、ひょっとこぉ!?」
男の説明は終わらない。だが、何か気になることがあったようで、刀に向けていた顔をようやく炭治郎に向ける。
笠を深く被っていたからか、見えなかった男性の顔をやっと炭治郎は見ることが出来た。
男の顔は彼にとって思いもよらぬ顔。ひょっとこのお面を付けてるなど、最終選別を終えただけの無知な少年は知るはずもなし。
炭治郎は目を見開いて、驚くと後ろずさった。
「んん?んんん?ああ、お前、"
「いや、俺は炭十郎と葵枝の息子です」
「そういう意味じゃねぇ。頭の毛と目ん玉が赤みかかってるだろう。火仕事をする家はそういう子が生まれると縁起がいいって喜ぶんだぜぇ」
ひょっとこのお面の男はまじまじと炭治郎の顔を見る。
表情が一定でしかないひょっとこのお面にまじまじ見つめられ、炭治郎は眉を下げ、困惑している表情をしていた。
しかし、男に言われた"
炭治郎が意味を理解していないことが目に見てわかったのだろう。
男はぐいぐいと人差し指を炭治郎の頬に突き刺して、その言葉の意味を説明した。
「……そうなんですか。知りませんでした」
「こりゃあ、刀も赤くなるかもしれんぞ。なあ、
「ああ」
(……
炭治郎ははあ……と息を零し、新たな知識を手に入れ、感心したように言葉を紡ぐ。
それだけの理由で日輪刀の色を期待する男の声音は僅かに上がる。
開いている戸からひょこっと家の中を覗き込みながら、中で座って待っていた鱗滝へ声をかけた。
ひょっとこのお面の男に対し、何か思うことはあったかもしれないが、彼もまた天狗のお面を付けている。
ただ、一言を返し、コクリと頷いてみせた。
赤みかかった黒髪の少年。
炭治郎を見て、説明を黙って聞いていた子供は以前、星詠をしていた時のことを思い出した。
今までずっと動かなかった星。
それが突如動き出したのは赤い星。
辻褄が合うその事実に一人、納得している。
一段落つくとひょっとこのおめんの男、薄藤色の髪の子供は鱗滝の家の中へと足を踏み入れた。
(やっと家に上がってくれた)
「さあさあ刀を抜いてみなぁ」
「はい」
家の外で自由気ままに話をしていた男が上がってくれたことに安堵したらしい。
炭治郎はほっと小さく息を吐いた。
それを気にも止めていないのだろう。
ひょっとこのおめんの男は両手をうねうねと奇妙な動いをさせながら、炭治郎に催促する。
少年はこくりと頷いては刀を手に持った。
「日輪刀は別名、色変わりの刀と言われてなぁ……持ち主によって色が変わるのさぁ」
「!」
ひょっとこのお面の男は刀が普通の刀ではないことを口にすると炭治郎は鞘から刀を抜く。抜いた瞬間はどこをどう見ても、普通の刀だ。
次の瞬間、鍔の方から刃の色が変わり始める。
「おおっ」
「ブッ!黒っ!!」
「黒いな……」
色変わり刀と呼ばれるだけのことはある。
炭治郎はその様を見て、驚いた表情を浮かべた。 しかし、ひょっとこのお面の男が予測していた赤色ではなく、漆黒だった。
その事にひょっとこのお面の男はブッと吹き出して刃の色を口に出す。
鱗滝もまた静かにその色を見てぽつりと零した。
薄藤色の髪の子供はただ黙って日輪刀を観察するように見入っている。
「えっ!黒いとなんかよくないんですか!?不吉ですか!!」
「いや、そういうわけではないが…あまり見ないな、漆黒は」
二人の反応に炭治郎は不安になったようだ。
狼狽えるように鱗滝とひょっとこのおめんの男の顔を交互に見て、問い掛けた。
その問いに答えたのは鱗滝。
この老人はただ淡々と事実を述べるだけだ。
それでも、珍しい色なのは変わりないのだろう。
「キーーーーッ!!」
(…始まった)
ふるふると肩を震わせているかと思いきや、いきなり奇声を発声し始めたひょっとこのお面の男。
それに炭治郎はビクッと反応しては困惑した表情を浮かべた。
薄藤色の髪の子供はこの奇声に慣れているのだろう。
またかぁ…そんな意味を込めたような深いため息をついて心の中でボヤく。
「俺は鮮やかな赤い刀身が見れると思ったのにクソーーーッ!!」
「いたたッ!危ない!!落ち着いてください!!何歳ですか!?」
「三十七だ!!」
怒りが治まらないひょっとこのお面の男は炭治郎に掴みかかりながら、盛大な文句を吐き出した。
それはもう、理不尽以外の何物でもない。
炭治郎は刀を所持している。
鬼を斬るための刀だが、勿論人も切れるわけだ。
そんなものを持っているのに掴みかかられたら危ない。
そんなことも分からないのかとばかりに声を荒らげ、ひょっとこのおめんの男に問い掛ける。
それに堂々と答えるひょっとこのお面の男。
薄藤色の髪の子供は何故、そんなことを質問するのか。そんなことを思っていたが、威張るように答える大人も大人だ。
呆れたように深いため息を付くとそのやり取りを見守っていた。
「……お前さん、止めなくていいのか」
「師匠が止まると思いますか?」
「……そうだな。ところでお面はどうしたんだ 」
薄藤色の髪の子供と同じく、静かに見守っていた鱗滝は子供に言葉を投げかける。子供は至って冷静に鱗滝へ問い掛けた。
止めるだけ無駄。
そのような意味が込められているようにも感じる。
この子供の問いは答えそのものだったのだろう。
鱗滝は、はぁ…と息を吐くと子供がお面をしてない事が気になったようだ。
「時が来ましたので弟子を辞めました」
「っ!」
「お前なんか弟子じゃねぇ!!」
「はい、そうですね」
薄藤色の髪の子供は鱗滝の方へ顔を向けると口角を上げ、端的に言葉を紡ぐ。
子供の意図を知っているのか、否か。定かではないが、鱗滝はその言葉に息を飲んだ。
癇癪を起こしていたひょっとこのお面の男は聞き捨てならぬ言葉があったようだ。
怒りの矛先を炭治郎から、薄藤色の髪の子供に向け、キィィィっと怒りを露わにして言葉を吐く。
普通ならばその言葉を言われたら、傷付くだろう。 しかし、そんな素振りを一切見せない子供はニコッと笑みを浮かべ、首を傾げながら、懐からみたらし団子をひとつ取り出した。
「………ふんっ!!」
「あの、ずっと気になっていたんですけど…君は一体…」
目の前に出されたみたらし団子。
それに動きをピタリと辞めるひょっとこのお面の男は悔しそうにそっぽを向き、みたらし団子を奪い取り、怒りを治めた。
三人に背を向け、みたらし団子を頬張っている姿から察するに好物のようだ。
やっと静かになったひょっとこのお面の男に炭治郎は肩の力を抜く。
その男の後をついていた子供がずっと気になっていたのだろう。
炭治郎は戸惑いながら、薄藤色の髪の子供に声をかける。
「周りは俺を藤の君と呼ぶ」
「えっと…名前が藤ってことか?」
「まあ、そんなようなものだ」
「じゃあ、藤と呼んでもいいか?」
薄藤色の髪の子供は自己紹介とは言い難い、曖昧な言葉を零す。
炭治郎はその意図を自分なりに解釈したようだ。戸惑いながら、正解を問いかけるように言葉を紡ぐ。
藤の君と呼ばれる子供は目を閉じ、茶を啜りながら、彼の問いかけを肯定した。
その言葉にほっとしたのか。炭治郎はニコッと笑みを浮かべ、問い掛け返す。
「好きにしたらいい」
「それで藤は何でここに来たんだ?鋼鐵塚さんの弟子って聞こえたけど…」
「弟子じゃねぇ!!」
人懐っこい笑顔にふっと笑みを零し、言葉を投げた。
藤が同世代に見えたのだろう。
興味深そうに問いかけるが、それはみたらし団子を食べている男の禁句に触ったようだ。
話を遮られ、全否定される。
藤は困ったような顔をしてまた懐からみたらし団子を取り出すとひょっとこのお面の男に渡し、黙らせた。師匠を猛獣のように扱う姿は鱗滝と炭治郎を困惑させる。
「……ああ、昨日辞めたんだ」
「…………んん?」
黙ったのを確認すると藤は炭治郎の疑問に答える。
返ってきた答えが予想外だったのだろう。
炭治郎は眉間に皺を寄せて首を傾げた。
「君の刀に興味があってね」
「…はあ……」
湯のみを持ったまま、藤は更に言葉を紡ぎ続ける。
何が何だか分からない炭治郎は困惑した顔をしたまま、頷いて藤の次の言葉を待った。
「君について行くことにしたんだ」
「はあ!?」
コトっと湯のみを床に置き、ニコッと笑みを浮かべながら、言葉を口にする。
衝撃の発言。この一言に尽きるだろう。
初対面の相手に炭治郎の刀を興味を持たれ、それのお陰で旅について行くと言われたら、誰だって同じ反応を示す。
いや、示さない人間もいるだろうが。ほとんどの人間はそのはずだ。
炭治郎もまたそのほとんどの人間の中に入っている。
「だから、旅のお供としてよろしく頼むよ」
驚いた表情をする炭治郎に満足しているのか、藤はうんうんと首を縦に降り、楽しそうに微笑んだ。
そして、右手を差し出し、炭治郎に握手を求めたのだった。