Merry Christmas






 シンプルに整えられた部屋にあるソファに座る一組の男女がいた。


「……炭治郎さん?」
「どうかしたのか?」
「どうかしたのか……って、どうしたのはこっちの台詞なんだけど」


 藤花は顔をほのかに赤らませながら、彼氏の名を口にする。
 炭治郎はキョトンとした顔をして顔を覗き込むと彼女は顔の近さに驚き、視線を前に戻した。
 藤花がそんな態度を取るのも無理はない。
 何故なら、ソファに座りつつも炭治郎に後ろから抱き締められているからだ。


「こうしているとあたたかいだろ?」
「寒いの?」


 彼はニコッと柔らかい笑みを浮かべて問いを投げかけながら、彼女の手をそっと手に取り、指を絡める。
 藤は急に絡められた指にビクッと反応しつつも、問いを返しだけだ。
 彼女を絡めとる指はとてもあたたかい。
 それなのにも関わらず、その質問をするのはわざといつも通りを装っているからかもしれない。

 
「もう冬だしなぁ…」
「そ、そっか……」
「ああ」


 炭治郎は恥ずかしがっている匂いが分かるのか。
 嬉しそうにしながら、ぎゅっと腕の中に閉じ込めると彼女の首筋に顔を埋めてスンと匂いを嗅いだ。
 甘い雰囲気に体温が上がるのか、自分の身体と云うのに思うように動かないのだろう。
 藤花はぎこちなく返事をすれば、彼もまたコクリと頷く。


「……家の方は大丈夫、なの?」
「ああ、禰豆子たちがいるからな。今日くらいは二人で過ごして来いって言われたんだ」
「……それはまたなんとも恥ずかしいような……」


 二人は口を閉ざしているが、テレビが付いているから静けさはそこまでない。
 にぎにぎと握ったり緩めたりする彼から与えられる感触にじわじわと込み上げてくる恥ずかしさを感じながら、声をかけた。

 今日はクリスマス。
 家族で過ごしたり、恋人と過ごしたりすることが多い聖夜の日。

 炭治郎は照れくさそうに彼女の問いに答えれば、藤花はまた目をそらして縮こまるように身を竦めた。


「恥ずかしいと思う関係じゃないだろう?恋人なんだから」
「………そうなんだけど」
「まだ慣れないのか?」


 しかし、そんな彼女の心情を知ってか否か分からないが、彼は首筋に埋めていた顔を少し上げて顔を覗き込みながら、もっともらしいことを口にする。
 それに藤花は否定することは出来ないのは炭治郎が言っていることが正論だと分かっているからだろう。
 でも、甘い空気になれないのかそわそわしてしまう彼女に不思議に思ったのかもしれない。
 彼はじっと見つめて問いかけた。


「……なんで炭治郎はそうぐいぐいなの……」
「思っていることを言ってるだけだぞ?」


 後ろから抱き締められながら、顔を覗き込まれていると逃げ場がどこにもない。
 うぐっと言葉に詰まりながらも、平然としている炭治郎が恨めしくなったのか。藤花は力なく言葉を口にしながら、睨みつけた。
 しかし、睨みつけていると言っても瞳は潤んでいるため、効果はない。むしろ、男心をくすぐらせるだけと言っても過言ではないだろう。
 彼は困ったように眉を下げて素直な気持ちを吐いた。


「直球な言い方されるとこっちだって恥ずかしんだよ」
「ふはっ、今の言い方は昔っぽいな」


 余裕な顔をして言う炭治郎に対抗心が顔を出してきたのか。彼女睨みつけながら、悪態をつくとそれは彼にとって懐かしい対応だったらしい。
 どこか嬉しそうに笑ってぎゅっと抱きしめた。


「……炭治郎は昔よりタチ悪い男になったけどね」
「こんな俺じゃ、ダメか?」


 前世ではこんなにグイグイ攻めてこなかった。
 その印象が強いのだろう。
 藤花は深いため息をついて棘のある言葉を口にすれば、炭治郎は悲しそうな目を向ける。


「………何ていうか分かってるのに聞かないで」
「本当に今はシャイだな」
「あの頃と今は、違うから」


 それは捨てられる犬のようにうるうると瞳を潤ませているように見えるからタチが悪い。
 答えなんて聞く前から匂いで分かっている上で聞いているのだから、余計だ。
 彼女はプイッと顔を背けて素っ気ない態度をすると彼は残念そうに笑う。
 ちゃんと藤花からの言葉を聞きたいからかもしれない。


「違うのか?」
「……わりかし……普通の女の子……です」

 何が違うのか分からないのか。炭治郎は彼女の口にした言葉にぱちぱちと瞬きをして興味深そうに見つめた。
 まさかそこで聞かれるとは思ってもみなかったのだろう。
 あえて口に出すことに羞恥を覚えたのか、藤花は小さい声でぽつりぽつりと理由を言う。


「俺からしたらあの頃も今も女の子だけどな」
「………これだから炭治郎は炭治郎なんだよ…」


 何だとばかりにふわっと笑ってサラリと返す炭治郎に適うことはない。
 彼女はうぐっと言葉を詰まらせ、盛大なため息を着くと自身の顔を手で多いながら、文句を口にした。


「だから、それはなんなんだ?」
「もういいから離して…」


 前にも似たようなことを言われたことがあるが、それを理解していないらしい。
 眉根を寄せて首を傾げていると勝てそうにもないからか、藤花は彼の胸板を軽く押して催促をし始めた。


「それは嫌だ」
「ああああ、もうタチ悪い」
「……」
「そんな男に惚れた私も悪い、か」


 だがしかし、この男。
 素直に応じるような人間ではない。

 真剣な顔をしてはっきりと断りを入れる彼女は力が抜けたのか、諦めたのか。
 それは分からないが、体の力を抜いて全身を彼に預けるようにしながら、軽い毒を吐いた。

 藤花から嫌がってる匂いがしないから余計に混乱しているのかもしれない。
 炭治郎は彼女を観察するようにじっと見つめているとその表情が面白く見えたようだ。
 藤花はふっと柔らかい笑みを浮かべるとそっと彼の頬に口付ける。


「……不意打ちは狡いぞ」
「……たまには仕返しする」


 まさかキスをされるとは思いもしなかったのだろう。なんせ彼女は初心なのだから。
 予想外の出来事に炭治郎は顔を真っ赤っかにさせて困った顔をした。
 やっと余裕顔が剥がれたことが嬉しかったらしい。
 藤花照れた顔をしつつもしてやったりとばかりに笑ったのだった。




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