九話





「…………」

 チュンチュンという鳥の囀り……ではなく、カアカアという喧しい鳴き声。それにああ、また朝が来たと重い瞼を開ければ、見慣れているけれど久しぶりな気がする景色が広がった。
 ゆっくり上体を起こして、左を見れば巨体が転がってる。否、寝転がっている。

「やってしまった……」
「別になにもやってねーだろ」

 恐る恐る自身の恰好を見てみれば、昨日と同じ部屋着。下着もちゃんと正しく装着されてることから、一抹の不安は過ぎ去っただろうが、ヤケ酒して寝落ちしているのかもしれない。頭を抱え込んでボソッと呟いた。
 しかし、それは前後がないととても、意味深に聞こえる。明らかに不服そうな声が耳に飛び込んできた。

「……そっちじゃなくて、酒でやらかしたこと宇髄くん……どして、私はベッドにいるんでしょう」

 真実が横を見たとき、目を閉じていた男は開眼している。つまり、狸寝入りしていたらしい。宇髄が言わんとしていることを否定すると、ふとした疑問を投げつける。
 リビングでヤケ酒パーティをして、酒を飲みながら寝た。その自覚はあるけれど、寝室に寝に来た覚えはないのだろう。

「お前が俺の服を離さなかったからだろ」
「それはそれはご迷惑をかけました」
「ここにも土下座ってあんだな」

 その答えは簡単に返される。まさか、自分がそんなことをするとは思ってなかったのかもしれない。大きな目を見開いて、ベッドの上で土下座して謝罪した。
 自分の知らない世界なのか、時代なのかわからないここで、見知ったものを見つけたのが意外だったのか。彼は頭を下げる真実真実をしみじみと見つめて、ぽつりと零す。


「…………」

 チュンチュンという鳥の囀り……ではなく、カアカアという喧しい鳴き声。それにああ、また朝が来たと重い瞼を開ければ、見慣れているけれど久しぶりな気がする景色が広がった。
 ゆっくり上体を起こして、左を見れば巨体が転がってる。否、寝転がっている。

「やってしまった……」
「別になにもやってねーだろ」

 恐る恐る自身の恰好を見てみれば、昨日と同じ部屋着。下着もちゃんと正しく装着されてることから、一抹の不安は過ぎ去っただろうが、ヤケ酒して寝落ちしているのかもしれない。頭を抱え込んでボソッと呟いた。
 しかし、それは前後がないととても、意味深に聞こえる。明らかに不服そうな声が耳に飛び込んできた。

「……そっちじゃなくて、酒でやらかしたこと宇髄くん……どして、私はベッドにいるんでしょう」

 真実が横を見たとき、目を閉じていた男は開眼している。つまり、狸寝入りしていたらしい。宇髄が言わんとしていることを否定すると、ふとした疑問を投げつける。
 リビングでヤケ酒パーティをして、酒を飲みながら寝た。その自覚はあるけれど、寝室に寝に来た覚えはないのだろう。

「お前が俺の服を離さなかったからだろ」
「それはそれはご迷惑をかけました」
「ここにも土下座ってあんだな」

 その答えは簡単に返される。まさか、自分がそんなことをするとは思ってなかったのかもしれない。大きな目を見開いて、ベッドの上で土下座して謝罪した。
 自分の知らない世界なのか、時代なのかわからないここで、見知ったものを見つけたのが意外だったのか。彼は頭を下げる真実をしみじみと見つめて、ぽつりと零す。

「ふわあ………それにしても寝た」
「だろーな」
「う〜〜ん、心機一転!家の片付け!!」

 久しぶりに熟睡したのか、自然と欠伸が出る。大きな口を手で隠してすれば、じわりと出てくる涙を拭いた。
 普通はもっと焦るだろうが、そんな素振りも見せない彼女にある意味感心したのか。彼は起き上がって膝に肘を乗せ、頬杖をつく。
 真実は両腕を上へと伸ばし、体をほぐすとやる気が出たようだ。さっさとベッドから降りて窓の方へと歩く。


「その前に飯だ。腹減った」
「よーし!じゃ、ご飯作ったげる」

 彼女の手がカーテンに伸びるとシャーっと勢いよく窓の視界が開ける。見上げれば、青々とした空が広がっていた。
 ぐぅ、と他人には聞こえない。けれど、自分ではわかる音がしたのだろう。宇随はベッドから出ることないが、体の訴えに忠実らしい。
 腹が減ってはなんとやら。そう、引っ越しする前にやるべきことを教えてくれる彼に自然と笑みが零れると腕まくりをした。

「お前、料理出来んのか?」
「失礼ね!最低限でき――…!」
「どーした?」
「…………う、宇髄くん……す、透けてる……」

 出会ってから一度もキッチンに立ってるところを見たことがない。
 それもそのはず、馬車馬のように働いていたから家にいることの少ない彼女は彼のことを考えてYberEATSを利用していたのだ。
 まったく家事ができない人間のように言われたことにカチンときて、眉を吊り上げ、振り返ろうとした。いや、振り返った。けれど、目に映ったそれが衝撃が大きすぎて息を飲む。
 目を真ん丸にして固まっている姿が異様に映ったのだろう。彼はきょとんとした顔をして首を傾げた。
 かけられた声の意味を理解して答えようにも、言葉が詰まる。震える手で指を差してなんとか声を出した。

「はあ?何言ってやがんだ」
「…………」
「お、おい……何ベタベタ触って……」

 だが、透けてるなんて言われて誰が信じるだろうか。いや、人間が透けるなんて聞いたことがない。
 宇随はまだ寝ぼけてるんじゃないかと眉間にしわを寄せると、彼女はスタスタと歩み寄った。
 いつもなら、やらない。無遠慮に触る真実に困惑するけれど、彼女の表情はいたって真剣。いや、強張ってる。


「ちゃんと、いる」
「ったりまえだ、ろ……?」

 先ほどまで透けていたはずの身体に普通に触れる。なんだったら、人の温かさまでわかる。緊張で息を止めていたのだろう。真実は重くゆっくり息を吐きだして、現実を確認した。
 彼女の行動が全く理解できないのか、平然と。いや、どこか迷惑そうに宇髄は肯定した。でも、まだ触れている手がかすかに震えていることに気が付いたようだ。目を見開き、首をかしげる。
 
(……もしかして、こうやって突然消えちゃうのかな)

 突然現れたのだから、消え方を探さなくても勝手に消えてしまうのかもしれない。
 その推測が不安の波を押し寄せた。それがどれだけ矛盾しているかなんて気づきもせずに。

「おい、大丈夫か?」
「宇髄くん……突然、消えないでね」
「は?」

 黙り込んだ真実に疑問を持ち、顔を覗き込もうとするとタイミングよく、彼女は顔を勢いよく上げる。その距離は鼻頭が付くか付かないかぐらいのものだ。
 それでも、驚いて身を引くなんてことは彼にはできなかった。今にも泣きそうな顔をして、懇願されるとは思っていなかったから。

「だ、だって、突然現れて突然消えそうじゃん」
「……何で俺様が地味に消えなきゃなんねぇんだよ」
「いたっ……去る時も派手に去る気満々?」

 彼の反応に我に返ったのか、バッと近かった顔も、手も引くと笑って言う。その表情は傍から見てわかるほど、作っている。
 それがわからないほど彼もバカじゃない。でも、あえて触れることなく、彼女の心配を一蹴した。なんあら、デコピンというオプション付きだ。
 痛みがこれが現実だと教えてくれる。それがうれしいのかもしれない。先ほどより表情をやわらげた彼女は眉を下げていたずらっ子のように問いかけた。

「当たり前だろ」
「……ふふ、うん。派手にお願いね」
「俺様がいなくなると寂しいのか?」

 やっといつもの調子が出てきた。それが見て取れるのだろう。宇髄はにやりと笑ってわしゃわしゃと乱雑に頭を撫でる。
 乱暴に撫でる大きな手なのに、どこか優しさもあるように感じるのかもしれない。撫でる手にそっと手を重ねて彼女らしく微笑んだ。
 いつもよりしおらしい姿は珍しい。だからこそ、からかってやろうと思ったのだろう。彼はたくらみ顔で首を傾げた。

「うん。せっかく仲良くなったのに突然いなくなるのは……やっぱり寂しいよ」
「…………」

 でも、宇髄の企みはおそらく、顔を赤くて照れる方だったのかもしれない。それは的を外れて素直に認められてしまった。
 元気に、思ったことを良くも悪くも言う真実が見せたそれが意外だったのだろう。思わず、黙り込む。

「じゃあ、作りますか!」
「……作るのは構わないけど、食材ってあんのか」

 シーン、と静まり返った空気を張りのある声が打ち消す。上がって、寝室を出ていこうとする背中はいつも通りを装っていた。
 案外、真実は寂しがり屋のくせに強がりなのかもしれない。新たな一面に動揺してはいるが、外面的にはうまく取り繕う辺り、元忍びも伊達じゃない。
 ふと、浮かんだ疑問にぽつりと呟けば、リビングに行こうとしていた彼女の足が止まった。

「…………やっぱりYberEATSで」
「おい、こら」
「よ、夜はちゃんと作るからー!」

 よくよく考えたら、ヤケ酒パーティのための酒とつまみしか買ってなかったことを思い出したのだろう。その前も寝に帰っただけだけだから、冷蔵庫の中にあるのは飲料と酒とある程度の調味料だけ。
 朝から買い出しから始めなきゃいけない億劫さに負け、外部の助けにあやかろうとした。
 いつの間にか背後に立っていた宇髄は案の定、自分の発言を撤回する彼女に突っ込みを入れれば、真実は言い訳まがいなことを言ってリビングへ逃げる。

「引越し作業しながら出来んのか」
「………やだ、天元くんってば私のことわかってるね〜」
「茶化すなバカ」
「いてっ……まあ、約束したんなら頑張りますよって」

 またもや、彼は気づかなくていいことに気づいてしまう。また逃げていた足がピタリと止まると、彼女は恐ろし気に振り返り、口元に手を当てた。
 どこか、小ばかにしているようにも見えるそれに宇髄は眉根を寄せると額に思いきり、デコピンする。それは先ほどのものより負いたかったのかもしれない。
 ぎゅっと目をつむり、痛みに耐えるとヒリヒリする額をさすりながら、真実は笑った。

 

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