いつもと変わらない日常。
毎日学校へ行って、毎日退屈な授業を受けて。友達と話をしては笑って、部活に一生懸命になって…こんな日がずっと続くと思ってた――
「ふあ〜〜…やっと、授業終わったぁ。退屈だった」
とある学校のとある一角の教室で平凡な授業が行われていた。それはもう過去のこと。授業が終わり、ホームルームも終わったようだ。
1人の少女はこれでもかと言うほどに背伸びをしてなまっている体をほぐしては教室から出て、帰宅しようと廊下を歩いていた。
「おーーいっ、胡蝶!!」
「うわっ、美香……驚かさないでよ」
「うっふっふっふ、ごめんなさ〜い?」
その後ろから1人のボブヘアの少女が思い切り背中を叩いて胡蝶に声をかける。背中を叩かれた衝動で少し前の目になってしまった胡蝶は眉を潜めて後ろを振り返った。美香と呼ばれた少女は不気味な笑い声をしてへらへら謝っている。
どうやら、謝る気はなさそうだ。
「謝る気あんのか?ん??」
「いひゃ、ごめんなひゃい、出来心でふ」
「まあ、今回は許そう。で、何なの??」
謝る気のなさそうな態度に気付いた胡蝶は爽やかな笑みを浮かべて友人の頬を思い切り引っ張る。流石に身の危険を感じたのか美香は両手を横に振りながら先程の自分の行動を必死に謝ったのだ。
その様子を見て一応胡蝶は許すことにして美香の頬から手を離し、当初の目的を聞き出す。
「胡蝶!!何言ってるの!?今日は!部活オフよ!!」
「知ってるよ、私が主将だし」
「あら、冷たい。そんでもって!!今日はぬら孫の最新刊の発売日よ!!」
「あ、そうだったね。買いに行かなきゃ」
美香は興奮して胡蝶に人差し指を突き出し、格好を付けて言葉を投げるが、胡蝶は“何言ってるんだか”という顔して肯定した。胡蝶の反応に不服そうに頬を膨らますが、また気を取り直したように人差し指を突き出す。
美香に言われた“最新刊発売日”というフレーズが胡蝶の耳に入り、その事実を思い出し、足を止めた。
「“あ、思い出した”じゃなーい!!やっとだよ!!やっと若かれし総大将が!!単行本に登場だよ!?」
「テンション高すぎ…あ、アンタは総大将押しだったけ?」
「そーだとも!てか、胡蝶も本誌見た時かっこいいって言ってたじゃん!!というか何でそんなに冷静なの!」
興奮のあまり胡蝶の肩を掴んで体を勢いよく揺らす美香。勢いよく揺らす為、胡蝶の首…いや、頭はぶんぶんと振り子のように前後に行ったり来たりしていた。
胡蝶顔を青くしながら、落ち着けとでも言いたそうにしていたが、美香の好きな押しメンに気付く。
それに気付いてしまったからなのか、美香のスイッチを更に押してしまったらしい。もっと勢いよくこれでもかというように揺らしてきたのだ。
「ちょ…気持ち悪、やめ…と言うかこれでもテンション上がって…うっ…」
「あ、ごめ…私に向かって吐かないで!!って…胡蝶のテンションの上がり下がりが微妙過ぎて分からない」
限界とばかりに言葉を少しずつ紡く胡蝶の言葉に耳を傾けた美香はばっと肩を掴んで揺らしていた手を離し、あまりにも情けのない言葉を放つ。
実にひどい言葉だ。しかし、それに気にも留めず胡蝶のテンションについて文句を付ける。
「アンタね…さっきから失礼極まりないよ。そして、ほっとけ」
「それは失敬っ!ん〜〜、これがクールビューティ・胡蝶だから仕方ないよね」
「そんな称号いらん。ほら、行くんでしょ。本屋」
「うん!いこいこっ!!」
呆れたように友人の顔を見て軽く悪態をつく胡蝶にまたノリの良い言葉をテンポよく返してくる美香。
自分の顎に指を当てて冷静に言葉を返す胡蝶に言葉を放つとうんうんと勝手に納得していた。当人はばっさりと否定して美香の先を歩く。
そして、少し後ろを振り向くとふわりと微笑みながら美香を促す。美香は嬉しそうに満面の笑みを浮かべて胡蝶の後を追った。
◇◇◇
「いやーん!待ってました!総大将〜〜」
「変態…あ、珱姫可愛い」
「それ、胡蝶に言われたくない!けど、本当に可愛いよねぇ〜。くそ!私にこの可愛さがあれば総大将は私のものに!!」
「ならねーよ」
本屋から出てきた胡蝶と美香。美香ははしゃいで先程買っただろう最新刊の漫画を抱えて喜んでいた。
その様子を見て冷ややかな視線を送った胡蝶だが漫画の表紙に描かれているぬらりひょうんと珱姫を見て珱姫の可愛さを褒め称える。
胡蝶に突っ込みし返した美香はすごく悔しそうに珱姫を見るが、隣にいる胡蝶から鋭い突込みが返された。
「あれ…?」
ふっと前を見ると小さな小道にひらひらと舞う蝶が一匹。とても珍しい色の蝶…そう眩いほど青色の蝶だ。それでも、少しの光の加減によっては海の色にも見える不思議な蝶だった。
「ねえ、美香。あの蝶めずらし…って、………は??」
見つけた珍しい蝶を見せようと隣にいるはずの美香の肩を叩こうとするとその手は宙を叩いていた。不思議に思い隣を見ると…誰もいない。思い切り後ろを振り返って見るとあり得ない光景が広がっていて胡蝶は思わず茫然としていた。
「ここ…どこ?」
胡蝶は静かな庭に一人たたずんでいた。状況を把握しようとしても周りには庭にある池と桜の木しかない。
「…どなたかいらっしゃるんですか?」
「す、すみません!気付いたらここ…に…」
可憐な声が庭の目の前の部屋から聞こえてきた人がいないのかと思っていた胡蝶は驚いては勢いよく頭を下げ謝る。理由を述べようと顔を上げるといるはずのない人物が現れた。
「まあ…貴女は…妖?」
「え、い、いえ…私は人ですけど…って、ええ!?」
胡蝶の前に現れた少女は数分前に友人と話していた人物…珱姫だった。珱姫は呑気にも胡蝶が妖かと問いかけてくる。
胡蝶は混乱している頭で何とかその問いに答えるが、やはり冷静ではいられない。
(ちょっと、待って…これは何。トリップですか。夢小説かっての!!ああ…夢なら醒めて…)
「え…!!だ、大丈夫ですか!?もし!もし!!」
(珱姫の声が…遠…)
混乱している頭をフル活動させているが現実だと受け入れがたいらしい。
現実逃避をしている間にふらふらしてきた彼女は足の力が抜けその場で倒れた。
驚いた珱姫は胡蝶に駆け寄り声をかけるが胡蝶の耳にはもう聞こえなく、彼女は最後まで離さないでいようとしていた意識を手放した。
◇◇◇
「あれ…、ここどこ…って私さっきからそれしか言ってない」
真っ暗な空間の中…周りを見渡しても何もない。自分のいる空間に困惑して独り言を言う胡蝶だが、自分の発言に苦笑していた。すると横から先程見つけた眩いほどの青の蝶が通り過ぎる。
「え…さっきの蝶!ちょっと待って!…って、くそ!!」
青い蝶を見かけてからおかしなことが起きた為、必死に追いかける胡蝶。だが、前に全然進めない。むしろ、青い蝶は遠くなる一方だ。それにジレンマを感じた胡蝶は毒を吐く。
「だから、待ってって!!」
必死に手を伸ばし言葉を叫んだ胡蝶は目を醒ますと周りは闇夜に閉ざされていた。けれど、知らない天井が目の前にあった。
「……夢?」
「あ、あの…気が付かれましたか?」
「……」
夢の中で必死に手を伸ばしていた手はどうやら現実でも天井に向けて伸ばしていたらしい。胡蝶は先程のものが夢だったと把握すると斜め上から可憐な声で心配している少女を見た。
「はは…こっちは夢じゃない、か」
「え、夢…ですか?」
「いえ、こちらの話です。助けて下さり有難うございます」
胡蝶は珱姫を見ると泣きそうな声を出しては天井へ伸ばしていた手を下して自分の顔を覆った。胡蝶が呟いた単語が気になった珱姫は聞き返すが、それを言っても仕方ないと思ったのか何でもないと話を逸らし、珱姫に礼を言う。
「いえ…あの、貴女は何故あそこにいらっしゃったのですか?」
「蝶を…見たんです」
「蝶、ですか…?」
胡蝶を見て出会ったときのことを聞こうとする珱姫。問いかけたものの答えてくれないかもしれないという不安が顔からにじみ出ていた珱姫だったが、胡蝶はそれに気づいていなかった。
もはや、そんな細かいところまで気遣っている余裕はないようだ。見たまま、事実を小さな声で述べる胡蝶に珱姫は繰り返し同じ言葉を紡ぐ。
「はい。それを見て…後ろを振り向くとここに居ました。…ふふ、信じられないですよね」
「でも、…貴女は嘘を言っているようには見えません。私は信じます」
自分で説明していて何だか夢物語のようで笑えてきた胡蝶。苦笑しながら信じられないだろうと相手に問いかけると柔らかく微笑む珱姫。
その笑みは全てを包み込んでくれる春の日差しに似ていた。
そして、はっきり言ったのだ。“信じる”と。その言葉に胡蝶は目を見開いて珱姫を見つめていた。
「それにね、貴女が寝ている間に私が父に掛け合って貴女に身寄りがないようだったらここに置いてもいいと仰って下さったの」
「え、姫の父上がですか…?」
(あの金しか考えてないけど、珱姫の身は考えるあの父親がか?)
珱姫は嬉しそうに両手を目の前で揃えて吉報だと言わんばかりに胡蝶に報告する。それはこの世界で身寄りのない胡蝶にとっては幸運と言いようがないことだった。けれど、あの珱姫の父親がそんなあっさり認めるなんてありえなかったから聞き返してしまったのだ。
「はいっ!たまたま十三代目秀元様がいらっしゃってまして、貴女のことを見た時に害はないと父を説得して下さったのです」
(え、秀元、来てたのかよ)
「そうでしたか…」
その時の様子を思い出したのかすごくうれしそうな顔をして胡蝶に話しかける珱姫。その説明に胡蝶はぎょっと驚いていたが、無理もない、この時代での物語のちょっとばかし…いや、鍵を握る人物なのだから。冷静なフリをして、珱姫の話に耳を傾ける胡蝶。
「はい!ですから、貴女はこれから私の友人としてここで暮らしてくださいね」
「は…って、そうはいきませんよ!貴女はお姫様なのでしょう!?」
(何言ってんだ!?この姫はっ!!)
そして、珱姫はとんでもない爆弾発言をしたのだ。得体の知らない人物を拾ってきてはその人物を自分の屋敷に住まわすというだけで驚くところなのに…何も見返りも求めず、友人として過ごせと。
流石に胡蝶も流れ的に肯定しそうになったが、違和感にすぐ気付き、布団から起き上がり、ぶんぶんと首を振って否定したのだ。
「え…駄目でしょうか…?」
「うっ…せめて私を従者にして下さい。何もない私に衣食住を与えてくれるだけで恐れ多いのに。友人など…自分で言うのはあれですが、得体のしれない者なのですよ?」
しゅんとした顔をしては胡蝶に上目遣いをして首を傾げ聞き返す。そんな珱姫の天然技に心揺らぐ胡蝶だが、筋を通すべきだと腹をくくり説明をするが、ちゃんと目を見れない。見たら珱姫の言う通りにしてしまいそうだからだ。
「そうかもしれませんが…私には友人がいないのです。貴女が私の初めての友人になって頂きたいのです」
「いや、それは…」
「それに、…私は外に出られぬ身。私の代わりに外を見ては外の話をして欲しいのです。これが私からの条件…それでも嫌でしょうか?」
憂いを帯びた瞳をして自分のことを話し始める珱姫。胡蝶は静かに彼女の言葉に傾けていたがキリのいいところで言葉を挟もうとするが珱姫の言葉は止まらない。
少し涙目になりながら、上目遣いで“おねだり”されてしまう。極め付け知らない間に胡蝶の両手を包み込むように握りしめていた。
「わ、……分かり、ました」
「本当ですか!?」
「私は嘘を付きません。…ましてや、命の恩人。貴女の望みを私で叶えられるものなら何でもいたします」
珱姫の天然技に敵わざるべし。つまり、胡蝶は珱姫の“おねだり”に屈したのだ。頭を下げて“参りました”と言わんばかりに言葉を紡ぐとぱあと花が咲くように珱姫を嬉々した顔をして胡蝶の顔を見る。胡蝶は苦笑しては首を縦に振り、そしてふわりと微笑んだ。
「あ、ありがとうございますっ!私は珱と申します。あの…貴女のお名前は?」
「私は藍染胡蝶と申します、珱姫様」
少し真珠のような白い頬を赤く染めてお礼を言う珱姫は遅くなった自己紹介をすると、聞きずらそうにおずおずと胡蝶の名前を聞こうとする。
彼女はその姿が可愛らしいと思いながら、柔らかい笑みを浮かべて自己紹介をしたのだった。
「私は剣の道を修行していた身、貴女の友人だとしても貴女を守らせて頂きます。これは譲りませんよ?」
「ええっ!!」
「他には…舞と歌が少々できます」
「も、もう…危ないことはあまりしないで下さいね?ふふ、舞と歌を今度見せて下さい」
ふと思い出したかのようにさらりと爆弾発言をする胡蝶に珱姫は驚き、少し後ろに下がる。文句は受け付けないとばかりに自分のできることを上げていく胡蝶。
そんな彼女に何を言っても無駄と判断したのか軽く注意して、今度舞と歌を披露をお願いする珱姫。
「あまりうまくできませんが…頑張ります」
「ふふ、楽しみが増えました」
「そうですか…。あ、早速明日出かけて散策してきます。勿論、お土産話を持って帰ってきます」
「有難うございます、胡蝶さん。明日から楽しみがいっぱいです」
舞と歌に自信がないのか眉を下げて頬を掻くは前に活き活きした顔をして珱姫は笑った。そんな彼女の表情を見て嬉しくした胡蝶は明日からの予定を言う。
今までの珱姫の日常を少しでも鮮やかにできるようにと願って。
そう…アイツが来るまで。
――拝啓、お父さん お母さん
どうやらトリップしたようですが、元気に生きていくつもりです。