拾玖話




「チッ……おぬし…本当に…よくもよくもやってくれたのぅ…!!」
「……………」
「せっかくの妾の力…何年かかったと思っておる……いくら積まれてもむくいにもならん!!……こんな余興は終いじゃ」


 あれから何度も羽衣狐はぬらりひょんの肝を狙ったが、それでも妖力が落ちた彼女の攻撃は不意打ちではない今、喰らうことはない。どんどん抜け落ちていく血と妖力に羽衣狐は舌打ちをし、怨念を抱いた女だ。
 ぬらりひょんは一瞬の気を抜くこともするつもりがないのだろう。鋭い目を向けていると彼女はただ恨み言を連ねては残された尻尾で彼へ攻撃をする。


「式神 破軍」
「!!」
「ひ…秀元…?」


 だが、それはぬらりひょんを貫くことはなかった。
 羽衣狐を囲むように紙が現れると男性はぽつりと呟く。その声に驚き、羽衣狐はそちらを向くとそこにいるのは式神に乗って手印を結ぶ花開院秀元の姿。
 このタイミングで何故、現れたことに驚くようにぬらりひょんは名前を零した。


「十二人の先神よ 百鬼を退け 凶災を祓わん!」
「う…動けぬ!?」
「東海の神 名は阿明 西海の神 名は祝良…」


 秀元は無表情のまま淡々と唱えれば、現れた式神たちの呪が彼女を絡め取っていく。
 羽衣狐は自分が動けなくなるなんてことは想像もしていなかったのだろう。焦り、身体を動かそうとするがどんどん動きは鈍くなっていくだけだ。


(羽衣狐の妖力が急速に失われてゆく……まさか――ここまで追い込んでいたなんて…)


 秀元は唱えながらも、目の前の現実に内心驚いている。
 勢力が上がってきたと言っても妖としてはまだ若輩ものである彼が羽衣狐を想像以上に追い込んでいるなんて思いもしなかったのだから。


「邪魔するな…秀元」
「おいおい…その刀造ったんボクやで?」


 サシの勝負に入り込んでこられたのは不服だったのか、ぬらりひょんが小言を言うと秀元は飄々とした態度で文句を返す。
 そう、彼が羽衣狐と対等にやりあえたのは秀元が作った刀があったからこそだ。


「よう斬れるやろ。ただし妖だけやけど♡ぬらちゃん、ええとこ持っていき」
「ち…お前に借りを作ることになんのかよ…」
「………ま、またんか!!」


 秀元はニッと笑って言葉を続ければ、ぬらりひょんは舌打ちをして立ち上がる。
 彼に借りを作るのは余程嫌らしい。
 身動きの取れに羽衣狐は二人の男を制止しようと声を荒げるが、それは聞き届くことはなく、ぬらりひょんは彼女を一刀両断した。


「お…おの…れぇええ!!おぬしら…ゆるさん…絶対にゆるさんぞ……呪ってやる!!呪ってやる!!わらわの悲願をつぶした罪…必ずや償ってもらうからな!!おぬしらの血筋を未来永劫呪うてやる…何世代にもわたってな…おぬしらの子は孫は!!この狐の呪いに縛られるであろう!!」


 淀姫から狐の形をしたモノが抜け落ちれば、羽衣狐は悲痛な声で、怨嫉の声音で、呪いの言葉を残して消え去ると淀姫はそのまま、屋根から地上へと落ちて逝く。


(……終わった)


 その一部始終を天井が開いた先から見ていた胡蝶は肩の力を抜いてほっとした。
 そう、彼女の言った通り全て終わったのだ。
 しばらくは彼等に危機が訪れることはない。


「おい、どこに……」
「え、あ、珱姫を呼んでこようかと思って……妖の怪我治して貰えるじゃない」
「……それなら、私がいこう。お前はそこで待っていろ」


 くるっと振り返り、来た道を戻ろうとする彼女に牛鬼は眉を下げて聞けば、あっさりした返答が返ってくる。
 牛鬼の目から見てもなかなかに酷い怪我なのだろう。彼女の意向を汲むと深く息を吐き出して自らその役目を引き受けた。


「ありがとう、牛鬼」


 彼の背中を見送り、姿が見えなくなると胡蝶は柔らかい声音でぽつりと呟く。


「……さよなら」


 そして、彼女は彼が向かった先とは真逆の方へと向かった。


◇◇◇


「……っ、」


 珱姫の癒しの力で治癒されたのか、ぬらりひょんの身体に傷は消え去っている。
 だが、彼は焦ったようにきょろきょろと辺りを見渡すが見当たらないらしい。顔を歪ませた。


「胡蝶……!」


 探しても探しても見つからない為、求めている人の名前を呼ぶが返答は一向にない。


「妖様、どうかされましたか?」
「胡蝶がいない」
「!」
「牛鬼、あいつは何処行った」


 様子がおかしいぬらりひょんに珱姫はキョトンとした顔をして問いかければ、彼は眉間にシワを寄せて答えた。
 彼女は口元に手を添えて目を真ん丸にさせて驚いているとぬらりひょんはキッと牛鬼を睨みつけ、問う。


「いや、……ここで待っていろと言ったが」
「……」


 牛鬼もまた胡蝶がいなくなるとは夢にも思わなかったのだろう。申し訳なさそうに眉を下げて首を横に振り、彼女がいなくなる前の会話を伝えれば、ぬらりひょんはただ黙って眉間のシワを深く刻んだ。

 
「……」
「………」


 突然消えてしまった少女は元々この時代に存在しない少女。何が原因かは分からないが、突然世界線を越え、時代も渡ってしまった時渡人。
 この騒ぎに乗じて自分の時代に返ってしまったのではないか?
 その考えがその場にいる者たちの脳裏に浮かぶが口にすることはなかった。


「……もしかして……帰ってしまったんでしょうか」


 そう、一名……珱姫を除いて。
 彼女は口元に添えていた手を震わせ、今にも泣きそうなか細い声でぽつりと呟く。


「……」
「妖様!?」
「どこに行かれるつもりだ!?」


 ぬらりひょんは食いしばり、ボロボロになった着物を纏ったままくるりと踵を返すと彼が何処かに向かおうとしていることに驚き、珱姫は呼び止めた。
 牛鬼もぬらりひょんの行動が読めないのか、行き先を聞く。


「決まってんじゃろ。あいつを探す…!」


 彼は振り返ることはないが流し目でそちらをチラッと見れば、強い意思のある言葉を吐いたのだった。


◇◇◇


 京妖怪の生き肝信仰は収まったといっても闇がまだ深い江戸時代の闇夜。
 結んだ髪を解き、途方もなくただ目的もなく、歩く少女の姿があった。


「どうしよう……」


 彼女は小川が流れるせせらぎに耳を傾けながら、ポツリと呟く。
 何やら悩んでいるようだ。


「いやさ、生き延びることだけを考えてたはずなんだけど、おもむろに未来変えちゃって全て終わっちゃったんだけど……普通さ、原作の流れ終わったら帰れるじゃん……私、どうやったら、帰れるの…?」


 ザッザッという足音をゆっくり立てながら、混乱している頭を整理するように独り言を連ねている。
 もし、胡蝶の言う通りだったとしたならば帰られてるはずなのだ。自分のいた世界に。
 でも、現実は違う。元の世界に帰れることもなく、知っているようで全く知らない世界にいる。


(………やばいやばい……泣くな、泣くな)


 帰れる場所などない身寄りのないこの身はこの世界で孤独だということ。この時代で女ひとりで生きていく不安を改めて感じたのだろう。
 急に震え出す身体を抱き締めてぎゅっと力を込めて目を閉じながら、自分に言い聞かせる。
 甘えていい場所なんてここにはない。
 今、泣いたら崩れ落ちると自覚しているからかもしれない。


「……ここ…」


 頬にひらりと何かが当たる感覚を覚えてそっと目を開ければ、ぱらぱらと舞い散る薄桃色の花びらが目に入った。
 ゆっくり顔を上げれば、満開の桜が柔らかく優雅に風に遊ばれながら、舞う姿にふと思い出す。
 ここは初めて妖を斬ってその苦しさにさ迷い歩いて辿り着いた場所。ぬらりひょんと出会った場所だ。


「……なんで会ったんだろ」


 もし、こんな所で会わなければ彼は自分に興味を持つこともなかったのに。
 そんなことを思いながら、胡蝶は悲しそうな瞳で桜の木を見上げてポツリと零す。
 

「……答えてくれるわけなんてない……!」


 桜の木はだんまりを決め込んでいる。 
 いや、その答えは桜の木は知るわけもない。
 もし、知っていたとしても口がないから答えなんて返ってくるはずもないのだ。
 彼女は自嘲気味に笑って現実離れしていた考えを自分で振り払うと目の淵に見えたものに驚き、目を見開いた。
 慌ててそちらの方へ顔を向ければ、ひらひらと舞う青い蝶の姿が確かにある。


(もしかして……帰れる……?)


 ドクンっと心臓が高鳴る。
 あれを見た後、友人に声をかけようと振り返ったら、胡蝶はこの世界にいた。振り返ったら、元の世界に帰れるかもしれない。
 帰れる希望とここから離れてしまう寂しさから瞳を大きく揺らした。


「………」


 原作軸を終えたら、強制的に帰させられると思っていたのにこれでは自分の意思で決めなければならない。
 自分の意思で決めることに腹が決まらないのだろう。彼女はごくりと固唾を飲み込む。


(そうだ……さっさと振り返って……私……帰るんだ…好きだったなんてこと忘れて……私はただの読者に…)


 強張った身体をほぐすように深く息を吐いて自然に身体に息を入れると胸元に手を当てて足を一歩、後ろに引いた。
 あとはもう振り返るだけ。


「胡蝶!」
「……っ!?」


 だが、それを制止するように必死な声が彼女を呼ぶと背後から抱き締めた。
 ただでさえ、その行為自体胡蝶にとって予想外なのにもかかわらず、ボロボロの着物を着ているせいでほぼ裸体に近い体で抱き締められている。
 彼女は声にならない叫びと共に心臓を強く跳ねさせた。


「……どうして、急にいなくなった」
「………ちょ、は、離れ……」


 ハアハアと呼吸が乱れている余程、胡蝶を探すのに走り回ったのだろう。
 呼吸を整えて疑問を投げかけるが、声も近ければ身体の距離も近い。
 彼女はぶわっと体温を上昇させて彼の胸板を押して抵抗するが、抵抗すればするほど拘束する腕は強くなるばかりだ。
 

「答えろ」
「……」
「ワシと一緒に来い」


 ぬらりひょんは必死な声で聞くが、答えることはない。
 彼から顔を離して諦めずに抵抗することが精一杯なのだろう。
 彼女は黙秘しているとぬらりひょんは胡蝶の細い腕を掴んでグイッと引っ張れば、正面から抱き締めた。
 決して誰にも、何にも奪われないように。


「………それはダメ」



 本来ならば、この腕の中にいるのは珱姫だ。
 それなのに自分がここにいていいのだろうか。そんな不安が過ると共にこの腕の中にいることがとても安心する自分がいるのだろう。
 矛盾する心に感情がぐちゃぐちゃになっているのか、胡蝶は目頭を熱くさせながらも、必死に言葉を紡ぐ。


「嫌じゃなく…ダメ、か」
「これ以上…未来を変える訳にはいかないの」


 やっと聞いた彼女の言葉に違和感を覚えたのかもしれない。
 ぬらりひょんは眉根を寄せて零せば、胡蝶は震える声で伝えた。



「どういうことじゃ?」
「妖が結ばれる相手はもう決まってる」
「アンタじゃろ」


 彼女の言っている意味が分からないのか、彼は抱き締めている腕を緩ませると怪訝そうな顔をして問いかける。
 胡蝶はぐっと何かを我慢するように口を一瞬結ぶと真っ直ぐな目で見つめながら、言った。
 彼女の知っている未来を。
 だが、それは彼にとって都合のいい解釈に変えられる。


「…………ば、っか…言わないで。私はこの世界の人間じゃないんだから…」
「ワシはアンタに惚れてる。それ以外に答えがあるか?」


 一瞬の隙もなく答えられたそれに彼女はまた瞳を揺らした。
 強く求められることに嬉しいと感じると同時に沸く罪悪感。
 胡蝶は顔を背けて力なく答えるが、ぬらりひょんは自身の思いを断念する気がないようだ。
 答えはもう出ている。
 そう言わんばかりに、彼女の肩を掴み、顔を覗き込んだ。


「やめて」
「嫌じゃ」
「お願い、やめて!」
「……」


 気を抜いたら、首を縦に振ってしまうような甘い誘いのように感じられるのかもしれない。
 胡蝶は覗き込む顔を見ないように首をまた背けて制止するが、彼はやめることはない。
 ずっと溜めていた感情が爆発したように彼女は声を荒げるとぬらりひょんは目を見開いた。


「ただでさえ、私がいることで事実とは違うんだよ。未来を沢山変えてしまった…!!怖くて、仕方ないんだよ!私がここにいちゃいけない!」
「……」


 ぽろぽろと涙を流しながら、切実に訴える。
 胡蝶の存在が本来くっつくであろうぬらりひょんと珱姫の恋路を邪魔している。
 時渡人の月の姫と言われ、花開院家から鬼霧丸という刀を渡され、羽衣狐に殺されるはずだった姫を助けてしまった。
 そして、ぬらりひょんの肝を守ってしまった。
 原作から遠ざかる未来を作った自分を冷静に見た彼女は自分がしたことが怖くて仕方なかったらしい。
 泣きながら、訴えるその姿に彼はただ黙って見守っていた。


「お願い…私を求めないで……お願いだから、珱姫と…」


 胡蝶はポタポタと地面に雫を落としながら、懇願するように言葉を紡ぐ。
 本音とは違う。ただ自分が壊してしまった世界を修復するためだけの言葉。


「断る」



 しかし、それは彼女が最後まで言い終わる前にはっきりと棄却された。
 

「!!」


 胡蝶は眉を吊り上げて、顔を見上げる。
 目に一杯の涙を溜めて鋭い視線を向けるけれど、向けられるのは慈愛一杯の瞳だ。


「決められた未来ぃ?そんなもん、関係ねぇ。ワシは欲しいもんは必ず手に入れる。それがワシの未来じゃ!!」
「……私はいつ、自分の世界に帰るか分からないのに?」
「絶対にいかせねぇ」


 ぬらりひょんはニッと笑って自信満々に答える。
 それは根拠も何もない答え。
 だけれど、何故か彼が言ってしまえばそれが本当になるんじゃないかと不思議と思えてしまう言の葉。
 彼女は眉を下げて問いかければ、ぬらりひょんは愉快そうに笑った。


「………強引」
「だから、お前さんは諦めてもうワシのもんになれ」
「……月に帰るまで返品きかないけどいい?」


 この男なら、本当に何とかしてしまうかもしれないと感じたのか。難しく考えることを止めたのかもしれない。
 ただ、文句は言いたいようだ。ムッとした顔をしてぼそっと呟くと彼はそっと胡蝶の頬に触れて柔らかく微笑みながら、何度目か分からない求婚をする。
 だが、彼女の不安のしこりはあるのだろう。じっと見つめ返しては意地の悪い質問をする。


「月にも帰さん」
「私の知ってる未来と変わるの……それは貴方の子供や孫の未来も変わるって分かってる?」


 彼はきっぱりと答えると胡蝶は眉を下げて更に聞いた。
 それはもしかしたら、一番心配している事なのかもしれない。彼の息子が、孫がどうなるか分からなくなるのだから。それでも、自分を選ぶのかと。


「んなもん、そん時に考えればいい」


 ぬらりひょんにとっては愚問だったようだ。
 呆れた顔をしてあっけらかんと言う。


「……本当に私でいいの?」
「お前さん以外いらん」


 ここまでくると言葉遊びだ。
 胡蝶の不安を一つずつ潰すように聞いて答えるを繰り返している。
 それでもまだ憂いがある彼女は聞き返すとぬらりひょんは眉を吊り上げて答えた。


(……それなら、信じよう。素直になろう)


 もういいかと言わんばかりにじっと見つめてくる彼に胡蝶は口角を上げ、静かに決意をする。
 まだ18歳の女子高校生にとっては大きな決断と言えよう。


「……りひょん」


 グイッと涙を裾で拭き、少しは赤く腫れた目で見つめながら、小さく呟いた。


「は?」
「貴方のことをそう呼ばせてもらっていい?」
「なんでじゃ……?」


 急に名前を呼ばれるとは思わなかったのだろう。珍しくも間抜けな顔をして素っ頓狂な声を上げる。
 いつもどこかツンケンした声音でしかかけられなかったというのに優しく柔らかい声音で問いかけられてぬらりひょんは戸惑ったのだろう。何度も瞬きを繰り返しながら、聞き返した。


「……ぬらりひょんじゃ、味気ないでしょ」
「…ははっ!面白いのぉ!その呼び方は初めてじゃ!!」


 胡蝶は自分の態度が急に変えていることに自覚があるらしい。
 少しの羞恥心があるのか、頬を赤らめて言えば、彼は嬉しそうに笑ってぎゅっと抱き締めた。


(……もういない)


 先ほど見かけたはずの青い蝶はもう姿を消している。
 結局、あれが何だったのかは彼女のあずかり知らぬところだが、やはり謎は彼女の心に残っているようだ。


「どうかしたか?」
「ううん、……絶対に、離さないでね」
「勿論じゃ!」


 やけに大人しい胡蝶が不思議だったのか、ぬらりひょんはキョトンとした顔をした。
 我に返った彼女は首を横に振ってぎゅっと抱きしめ返しながら、祈るようにお願いすると彼は目を細めて大きく頷く。
 月明かりに照らされた自分の気持ちに素直になった少女と気持ちが繋がったことを喜ぶ妖の陰は重なったのだった。



――時空を渡りし蝶は
 魑魅魍魎の主の肩に止まる


≪あとがき≫

 長々と連載してまいりました「胡蝶の夢」やっと完結致しました。
 え!?ここで終わり!?と思う方もいるかもしれません……いないか。私、ぬら孫の小説を買っていないのでどんな流れが待ってるのか知らないので原作軸にて終わらせていただきます。

 気まぐれに書いたのが始まりの作品でしたが、キリよくおわれて良かったと思います。完結までに多分8年?くらいの月日は経ってる気がしますが、ほっとしました。
 少しでも楽しかったと思っていただける作品になっていたら嬉しいです。

 気ままな更新にお付き合いくださいました方々、ありがとうございました♡



ALICE+