暑い夏の日に




 ここは雨宮骨董品店。
我が家が代々継ぐ店で私も父から受け継いだ。
 
 この店には不思議がある。
磁場が強いのかはたまた店自体に力があるのか不思議なお客さんが来るのだ。
 
 普通に何の力もない人間が訪れることもあれば何かの力を持っている人間が訪れることもある。
この世には見えないモノが訪れることもあれば妖と呼ばれる類が訪れることもあった。
 
 それは過去・現在・未来関係なく客は入り混ざるのだ。
そして、彼らは皆同じく何かを求めてこの店に来る。そして、求めるものに対しての対価を払っては去っていく。
 
 私は幼い頃から良く聲が聞こえた。
人の声もモノの声も…人ならざるもののコエも。

 そして、強い思いから人やモノ、人ならざるものの記憶も流れ込んでくることがある。

 それは昔はとても嫌なことだった。
誰かの大切なものを覗き込んでるみたいで…誰かの思い出に土足で踏み込んでるみたいで本当に嫌だった。

 いつからそれが嫌だと思わなくなったんだろうか――
 

◇◇◇

 
 ジリジリと肌を焼くような暑さ。銀髪の少年は空に手を翳し、眩しい光を睨んだ。少年の頬からは汗が滴る。どうやら相当気温が高いことが伺えた。


「こんな所に骨董品店なんてあったか?」
「さあな、入ってみるか」


 少年は太陽から目をそらすとふと少し古びたような一軒家を目にする。近くまで寄ると看板には“雨宮骨董品店”と書かれていた。この通り道にそんな店があった記憶が無いのだろう。
 少年は誰に話しかけるように言葉を紡ぐ。少年の足元にいた招き猫のような模様をした猫がまるで彼の問いに答えるようにしゃべった。猫はててててと店の戸に近寄ると器用に前足で扉を開ける。


「こら、ニャンコ先生…勝手に入るなよ」
「……随分趣味の悪いものを置いてるな」


 勝手に店の扉を開けて中へ入っていく猫に少年は眉を下げて言葉をかけた。彼は猫を止めようとつられるように店へ足を踏み入れる。どうやら猫の名前はニャンコ先生というらしい。
 ニャンコ先生はキョロキョロと店の中を見渡すとつまらなそうに店に置いてある骨董品にダメ出しをした。猫がそういうのも無理はない。古い壺やら刀やら置いてあるがガラクタ紛いのお面なども置いてあるからだ。正直あまり気分の良いものではないだろう。
 

「失礼だぞ…」
「くすくす…」
「え、…」


 正直に思ったことを口にする猫に銀髪の少年は咎めるように言葉を口にする。1人と1匹ふたりの会話が面白かったのだろう。店の奥から女性の笑い声が微かに聞こえた。その声に少年は目を見開いて声のする方を見る。
 

「ようこそ、雨宮骨董品店へ」
「す、すみません!猫が勝手に…」


 少年の見た先には紅の長髪に花緑青はなろくしょう色の瞳をした女性が立っていた。ゆっくりと口を開けば微笑みながら客である銀髪の少年と猫を歓迎する。
 少年は女性に見惚れたのだろうか。少し頬を赤くして呆然としていた。しかし、はっと我に返ったのか頭を下げて謝罪を口にする。そして、ニャンコ先生を抱き抱えて店に入った理由を述べた。
 

(あの子が入った瞬間、レイコって聲が聞こえるんだけど…)
(まずいな…会話聞かれたか?)
「お前、何者だ」


 少年が慌てて謝罪している間、彼女は自身の頬に手を添えてどこから聞こえた聲を探すように店を見渡す。少年には彼女が不思議そうにしているように見えたのか猫との会話を聞かれたかもしれないという不安から冷や汗をかいた。
 ニャンコ先生は目を細めて女性を見ながら言葉を吐く。何やら彼女を怪しんでいるように見える。


「あ、こら!」
「ぐえっ…!!」
「…この店の主ですよ、妖さん」


 まさかニャンコ先生が喋ると思わなかったのだろう。少年は目を見開いて喋り出す猫に驚き、首を絞めるように抱き締めた。少年の力が強かったのかニャンコ先生は顔を青くして苦しそうな声を上げる。
 女性は1人と1匹ふたりのやり取りを見て微笑んでは言葉を紡いだ。


「え……」
「私を妖と見抜くとは…お前なかなかやるな」


 まさか彼女がニャンコ先生を妖と見抜くとは思わなかったのだろう。少年は猫を抱きしめる力を弱めてキョトンとした顔をする。
 ニャンコ先生はというと耳をピクピクと動かしながらじっと女性を見つめた。そして、上から目線の言葉を彼女へかける。


「よくお越しいただきますので」
「……ここに妖が来るんですか?」


 彼女はとある棚に置いてあるモノに目を向けた。そして、それを手に取っては猫へ言葉を返す。まさか妖もここに訪れることがあるとは思わなかったのだろう。少年は戸惑った表情を浮かべながら問いかけた。


「ここには人も妖もモノも来るわ」
(モノって…こんなラグガキまで…買い取るのか?)


 彼女は少年の問いにくすりと笑って言葉を紡ぐ。彼女の言葉に少年はキョロキョロと店の中を改めて見渡した。そして、とある絵を見つける。
 それは名画でもなんでもない。幼子がただ描いたようなラクガキのような絵が描いてある1枚の紙だった。それを見つけた時、疑問に思ったのだろう。少年は首を傾げる。


「あなたにとってその絵はラグガキに見えるでしょうけどその子はずっと待っているの」
「え…」


 女性はくすくすっと笑を零し、手を口元に当てた。そして、優しい表情を浮かべながら少年が向けていた視線の先のものを説明する。
 少年はまた驚いたような表情を浮かべては女性の方へと顔を向けた。


(今、俺…声に出してか?)
「いいえ、出してないわ」
「っ!?」
(妖か…?)


 少年は瞳を揺らしながら心の中で自問自答するように言葉を零す。彼女の言葉はまるで少年の心の声を聞いていたかのように答えられた言葉だったからだ。
 女性は目を細めて笑いながら首を振る。そして、また声に出していない少年の声が聞こえているかのようにまた言葉を紡いだ。その言葉に身の危険を感じたのだろう。少年は少し青い顔をしながら後退る。


「驚かせてごめんなさい…」
「……お前、覚か?」


 彼女はどこか悲しそうに微笑みながら謝罪の言葉を口にした。彼女のその表情に少年は傷ついたような表情をして黙る。彼女を傷つけたと思ったのだろう。申し訳なさそうな顔をした。
 ニャンコ先生は目を細めてじっと彼女を見つめながら問掛ける。その問いは人ならざるものでは無いかと疑っているようだ。


「残念ながら私は人間です…ただ人やモノ…人ならざるものの聲が聞こえるだけ」
「ほぉ、そんな人間がいたのか」


 彼女は少年と猫に背を向けて店の奥へと歩きながら猫の問いに答える。ニャンコ先生は更に目を細めては思ってもみない回答に感心するように言葉を零した。


「ええ…ここに」


 彼女は店番のために用意された椅子に腰を掛ける。そして、目の前にあるテーブルに手にしていた万年筆をそっと置いた。
 テーブルに肘を付き、頬杖つくと妖艶に微笑みながら小さく呟くように言葉を紡ぐ。それは小さな声だったがこの店にいる少年と猫が聞き取るには十分なものだった。
 


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