未来と過去を繋ぐ




「あなた…夏目レイコの血縁者?」
「…祖母をご存知なんですか?」

 頬杖を付いた女性はじっと少年を見つめる。まるで観察でもするように。そして、彼女は女性の名前を口に出した。少年は目を見開いて女性へ問い掛ける。

「……そう、彼女のお孫さんなのね。彼女はご健在なのかしら?」
「いえ……亡くなりました」

 少年…夏目の答えに女性は目を細めて言葉を紡いだ。そして、万年筆に目を落としては彼へと問い掛ける。
 夏目はまっすぐ女性を見つめながら淡々と彼女の問いに答えた。

「そう…」
(レイコ…いないの?)

 彼女は目を伏せて短く言葉を紡ぐ。彼女の表情からはどこか悲しみがあるように見えた。そんな彼女の耳にはどこからか可愛らしい声が届く。しかし、どこかそれは寂しさを含んでいるようにも聞こえた。

「亡くなったらしいわ」
(レイコ……)
「……誰と話してるんですか」

 彼女はカウンターに置かれた万年筆に目を落として優しく触れながらそれの問いに答える。万年筆は泣きそうな声で元主の名前を呟いた。彼女はそれに困ったように眉を下げる。
 1人と1本ふたりの会話を理解できるものなどこの場所にはいないのだが、夏目は気になったのだろう。戸惑った表情を浮かべながら問いかけた。

「あなたのお祖母さんの万年筆とよ」
「…レイコさんの?」
「そうよ」

 彼女は顔を上げて彼の顔を真っ直ぐ見る。そして、言葉を紡いだ。彼女から返ってくる答えが夏目にとって予想外だったのだろう。興味を示しているような声音で問い掛ける。彼女はその様子にくすりと笑みを浮かべて肯定した。

「何故お前がレイコを知っている」

 ニャンコ先生はじっと女性を見つめながらそもそもの疑問をぶつける。そう、何故彼女は“夏目レイコ”の存在を知っているのか分からないのだ。彼女の見た目からすると20代後半。レイコと彼女が巡り会う可能性は低いのだ。

「この子から聞いたのよ」
「万年筆、ですか」
「ええ…人や妖の手に渡ってめぐりめぐってこの場所へと辿り着くのよ」

 疑いの目で見る猫に女性は眉を下げる。彼女は万年筆を彼らに見せるように手に取るとその問いに答えた。夏目は目をぱちくりとさせ、彼女の手のモノの名称を口にする。彼女はくすっと笑って肯定すると何故この場所に辿り着いたのかを遠回しではあるが口にした。

「……ここは何なんですか」
「ここはモノたちの待ち人が来るまでの間…休む場所」

 夏目は薄々この骨董品店が普通の店でないことに気がついたのだろう。彼は彼女の本質を見定めるようにじっと見つめながら問い掛ける。
 彼女は首を少し傾げて答える。それはまるで人間が休息の地を求めるようにモノたちも求めているとでもいうように。

「休む場所…」
「そうよ……欲しい?」

 夏目は彼女の言葉にごくりと固唾を呑んだ。そして、瞳を揺らしながら彼女が手に持つ万年筆を見つめる。彼女はふっと口角を上げて肯定すると彼の目をじっと見つめた。そして、彼が思っていることを見透かしているように問い掛ける。いや、前言撤回。彼女は見透かしているのだ。

「え、…」
「その代わり対価は頂くわよ」

 夏目は彼女の言葉に否定はしなかった。本心、祖母の遺品でもある万年筆は欲しかったのだろう。彼は言葉を詰まらせる。
 女性は万年筆をカウンターに置くと再度頬杖を付いた。そして、ニヤリと笑いながら言葉を紡ぐ。

「対価って…いくらですか?」
「あなたが持っている七辻屋のまんじゅうでどうかしら」
「え…」

 夏目はその言葉に下唇を噛み締めた。目の前にある万年筆は古びてはいるがどうみても高級なものと伺えたからだ。高校生の彼が万年筆を買えると思わなかったのか躊躇したのだろう。しかし、彼はその対価について問い掛ける。聞かないで諦めるより聞いてから判断する方を選んだようだ。
 彼の考えは手に取るように分かる彼女はくすっと笑う。そして、この万年筆の対価について口にした。夏目は高値を言い渡されると思っていたのだろう。彼女の口から出た言葉が予想外過ぎたのか肩の力が抜ける。

「ぬおー!夏目!それは絶対許さーん!!」
「…これでいいんですか?」

 彼女の言葉に納得がいかない猫がいた。ニャンコ先生は物凄い形相で前足を上げて必死に夏目を止めようとデカい声をあげる。しかし、彼はそんな猫を無視して女性に再度問いかけた。まんじゅうと万年筆を交換など聞いた事がないのだから当然の反応だろう。

「それが対価よ」
「これでいいなら……」
「なにー!!」

 彼女は目を閉じて柔らかく微笑みながら首を縦に振り、彼の問いに肯定する。夏目はどこか腑に落ちなさそうな顔をしながらずっと手にしていた七辻屋の袋を彼女へ差し出した。これで交渉成立してしまったことにニャンコ先生は絶望的な顔をして嘆く。

「どうぞ、大切にしてあげて」
「ありがとうございます」
 
 彼女はまんじゅうを受け取るとカウンターに置いていた万年筆を手に取り、夏目の手のひらへそっと置いた。彼はどこか嬉しそうな表情を浮かべながらお礼の言葉を口にする。
 
「いえいえ」
「……レイコさんはここに来たことはあるんですか?」

 彼女はにこりと人の良さそうな笑みを浮かべた。その笑みに夏目は今までどこか緊張していた糸を緩めたように柔らかい表情を見せる。そして、ふと思った疑問を彼女へ投げかけた。

「……何故?」
「え、何となく…知りたくて」
 
 彼女は彼の疑問に答えることは無く、逆に問いかけかえす。まさか質問を質問で返されると思っていなかったのだろう。夏目は戸惑った表情を浮かべながら途切れ途切れに言葉を紡いだ。

「それを知るにはまた対価が必要よ」
「俺が渡せるもの……」

 彼女は目を細めて何かを狙うかのように見つめながら言葉を零す。その言葉に夏目は少しの動揺を見せながらも彼女の言っている意味を自分の中に反芻するように言葉を口にした。
 
「万年筆かしら」
「え、」

 彼女はすっと指を指す。それが指すものは先程まんじゅうと交換で貰った万年筆だった。貰ったばかりのものを対価として渡す代わりに“夏目レイコ”について教えるという彼女に理解ができなかったのだろう。彼は瞳を揺らした。
 
「それを対価になら貴女のお祖母さんについて教えてあげるわよ」
「………」
 
 しかし、女性は顔色変えることなく彼女の言っている意味は夏目が解釈した意図であっていると告げている。その言葉に夏目は視線を万年筆に移し、黙り込んだ。
 
「どうする?」
「また、ここに来たら聞けますか」

 もはや彼女がやっていることは駆け引きだ。夏目の心を揺さぶり、どう動くか見ているようにも見える。彼は万年筆から目を離してまっすぐ彼女を見つめた。
 
「それ相応の対価を持っていればね」
「……また来ます」
 
 彼女はふっとどこか安心したように笑みを零すと曖昧な答えを口にする。彼は万年筆を握り締めて短く言葉を紡いだ。そして、家路に帰ろうと店の外へと歩き出す。

「またのお越しを」
「……あの、レイコさんの話って………え、ない…」
 
 店から出ていく夏目の後ろ姿に女性は言葉をかけた。店の外に出た後、気になったことがあったのだろう。夏目は後ろに振り返り、女性に何かを問いかけようとしたが、それは叶わなかった。
 何故ならば先程まであったであろう店が忽然と姿を消してしまったからだった。


◇ ◇ ◇

  
「あれがレイコの孫か…」

 消えた少年の姿に女性は感慨深そうにぽつりと呟く。まるでそれは“夏目レイコ”を知っているかのように。バタバタと店の奥から足音が聞こえてくると彼女は音のする方へ視線をやった。

「ちょっとー…まだなの?」
「……似てるようで似てないわね」
「何がよ」

 眉下げて不貞腐れたように現れたセーラー風姿の銀のロングヘアを持つ少女は女性に文句を垂れる。その姿を見た店主はまじまじ先程来店した少年の姿と彼女を比べるように小さくぼやいた。
 しかし、彼女のぼやきは少女の耳に届いていたらしくムッとした表情を浮かべて文句を口にする。

「いーえ、なんでもない……それにしても貴女も諦め悪いわね…レイコ」
「あの万年筆返してもらうわよ」

 女性はふぅと息を吐いて少女の頭を撫でると首を横に降った。彼女は呆れた顔をして話を切り替えるように少女へ言葉をかけた。そう、数分前に少年と話していた“夏目レイコ”はこの店の奥にいたのだ。女性の話ぶりからするとどうやら何度かこの店に訪れているらしい。
 レイコは勝気な笑みを浮かべて言葉を紡ぐ。どうやら少年に渡った万年筆を取り返そうとしているようだ。
 
「貴女が私に負けなければ貰わなかったわよ」
「絶対勝つんだから」

 人聞きの悪いとばかりに女性は眉を下げてため息をつく。二人の会話から伺えるのはどうやらレイコが女性に勝負を持ちかけて負けたことによって万年筆は女性の元へと渡ったらしい。レイコはどこか悔しそうな表情を浮かべながら自信満々に言葉を紡いだ。
 
「さて、今日は何を貰おうかしら」
「私が勝つの」

 そんな少女に女性はくすりと笑って店と彼女の家を繋ぐ渡り廊下へと歩き出しながらレイコを挑発するような言葉を零す。レイコは挑発に乗るようにムッとした顔をしては自分に言い聞かせるように勝気に言葉を口にしたのだ。
 

 ――この店は過去・現在・未来、次元を行き来する不思議な店。

 モノたちの待ち人が来るまでの間の休息の地。次の来客は何を求めてくるのか…それは誰にも分からないのだろう。


《後書きボックス》
夏目友人帳のお話がどうしても書きたくて、この設定を生み出しました。
色んなジャンルでもいける気がしてるので挑戦していこうと思ってます。


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