七話





「ところでさ」
「う…?」


 ぎゅっと抱きしめていた清光は彼女の体をそっと離して、言葉を紡ぐ。弥生は不思議そうに彼の顔を見つめた。まだ泣き止んでない彼女の目からは涙が零れ落ちる。


「……好きって本当?」
「………うん」


 清光は何処か不安そうな瞳を彼女に向けながらじっと見つめて問い掛けた。弥生は彼の問いかけに恥ずかしそうに少し赤らめながら肯定する。


「それはあれ?家族的なやつ?」
「………審神者の時から…あの時から好きだったよ」
「嘘…」


 彼はまだ彼女の答えに不安があるのか更に問い掛けた。どうやら、彼の欲しい答えと彼女が出した答えが同じものなのかが分からないようだ。
 弥生は首を横に振る。彼を上目遣いで見つめながら正直に白状した。彼女は口にする彼への思いは恋慕だったようだ。しかし、彼にはその答えが信じられないようでポツリと言葉を零す。


「付くわけないじゃん…もう…」
「本当に?」


 彼の反応に彼女は八の字に眉を下げた。信じてくれない清光を困ったように見上げる。清光はいまだに信じられないのかもう一度問いかけた。 


「あの時は…神様と人間だからって言わなかっただけだもん」
「全然気が付かなかった…」


 なかなか信じようとしない彼に弥生は深い溜息を付く。ふっと笑っては前世の時のことを口に出した。どうやら、彼女は自分らの立場上遠慮していたようだ。
 それは無理もない。特殊な力を持って生まれて審神者に選ばれた。そうだとしても、彼女は人間だ。そして、清光も付喪神。神格のある神だ。どんなに想っていたとしても住む世界が違うからと想いを閉じ込めていたのだろう。彼はぽかんとした顔をしながらポツリ言葉を紡ぐ。


「上手に隠してたもん……清光には」
「……てことは他の奴は知ってたんだ」


 弥生は照れ隠しなのか目を逸らした。頬は若干火照っているように赤い。少し間を置いて紡がれた言葉に理解を示した清光は眉間に皺を寄せた。


「バレバレだったよ…」
「うわ…ショック…」


 彼女は眉間に皺を寄せた彼の顔をちらっと見る。彼の表情に彼女は思わず笑みを零すと彼の言葉を肯定した。肯定された言葉に彼は力が抜けたように言葉をぽつり紡ぐ。


「……清光?」
「ヤキモチ妬いてたの……馬鹿みたいじゃん…」


 彼の反応が不思議だったのか弥生は彼の名前を呼んでは首を傾げる。彼は少し顔を赤くしてはブツブツと言葉を零した。どうやら彼が刀剣男士の時、彼女と他の刀剣男士が仲良くしていると嫉妬していたようだ。


「……」
「……っ!」


 彼の言葉に嬉しそうに彼女は口角を上げる。そして、弥生は黙ったままそっと彼の唇の端に口付けた。 まさか彼女がそんな行動に出ると思わなかったのだろう。清光は目を見開いて驚く。


「………信じて、くれた?」
「っ、……狡いよね…そういうとこ」


 弥生は自分がした行動に恥ずかしそうにはにかみ、清光へ問いかけた。彼にとって予想外の彼女の行動。しかし、それもその後の笑みにも彼は打撃を食らった。更に顔を赤くさせる。そして、顔を隠すように片手で自身の顔を覆った。


「……ふふ、可愛い…清光……」
「…あの時は可愛いも嬉しかったけど……今は複雑…」


 隠れきれてない赤い頬や耳を見ては弥生はくすくすと笑って言葉を掛ける。清光は顔を隠すたまま拗ねたように言葉を返した。どうやら、昔と今は同じようで同じではないらしい。


「ふふ、そうなの?」
「弥生の前では格好良くありたいの…」


 彼女は楽しそうに微笑みながら彼に問い掛けた。彼はその反応に納得いかないようだ。顔を覆っている手を退け、まだ冷めない頬の熱を晒しながら彼女に抗議する。


「ふふ…カッコイイよ?」
「とって付けられた感じがするんだけど…」


 彼女は顔を赤くさせて拗ねている彼を見てはまた微笑む。弥生が言葉を返すと清光はその言葉が複雑に感じたんだろう。まだ納得いかない様子だ。


「そんなことないよ」
「……もう清光って呼んでくれるんだ?」


 彼女は笑顔で彼の言葉に首を振る。心から思ってるようだ。清光はムッとした顔をしていたが、先程彼の名前を口にしている彼女に気が付く。彼はきょとんとした顔をしてふと問いかけた。


「だって、隠すことなくなったもん」
「そっか…あー…幸せだなぁ」


 弥生はずっと笑っていても何処か影を感じさせている。しかし、彼女の中に残っていたしこりを取り除かれたことで影を感じさせることも無い。彼女はありのままの笑みを彼に向けて言葉を返した。
 審神者だった頃の彼女の笑みと今現在の笑みが重なって見えたのだろう。彼は口角を上げて納得する。ポツリと言葉を零しながら彼女をぎゅっと抱きしめてベッドに倒れ込む。


「きゃ…ちょっと、清光?」
「またこうやって抱き締められて…あの時は教えてもらえなかった名前を教えてもらえて…夢じゃないよね」


 まさか抱きしめられたままベッドに倒れこまれると思ってなかったのだろう。彼女は目を見開いて驚いては彼の名前を呼ぶ。彼はぎゅーっと抱きしめながら弥生の体温を感じては幸せそうな表情を浮かべた。


「…夢じゃないよ。夢なんて嫌」
「……ずっと夢見てた…触れたくて触れたくて仕方なかった」


 弥生はふわっと笑って彼の顔を見上げる。同じ気持ちだとばかりに言葉を返した。そんな彼女の頬に触れながら熱い目線を向けて言葉を紡ぐ。


「会ってからずっとベタベタ触ってたじゃない」
「思いが通じてじゃないでしょー」


 彼女は目を細めて笑って彼の言葉にツッコミを入れた。それが不服だったのか、彼はムッとした顔をして弥生のツッコミに反論する。


「……でも、私も幸せ」
「好きだよ」


 彼女は先程彼が紡いだように。同じ気持ちだということを彼の瞳を見つめながら言葉を返した。清光は赤い瞳を揺らしながらずっと言いたかっただろう言葉を口にする。


「…私も大好き」


 彼女も彼と同じように見つめた。何百年前から持ち続けていた気持ちを改めて言葉にする。清光はゆっくりと弥生の顔に近づけた。
 弥生は自然に受け入れる様に瞳を閉じる。彼は彼女の唇にそっと触れる様に口付けた。清光は唇を離すと何処か物足りなさそうな顔を向ける。そして、彼女を求めるがごとく啄むように角度を変えて唇を重ねた。
 彼女もまた彼を求めるように首に腕を回す。彼女から求められているように感じたのだろう。彼は余裕のない表情を浮かべた。そして、噛みつくように彼女へ深く口付ける。求められることに幸せを感じているのか。彼女は閉じた瞳からつうと一つの雫が滴り落ちる。彼女の頬から落ちたそれはなぜかあたたかいものだった。



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