六話






「むかーしむかしとある本丸に元気で明るい女の子が現れました。彼女は必死に審神者の仕事をこなしていていました」
「何…それ……昔話?」


 清光はぎゅっと彼女を強く抱き締めながら軽い口調で言葉を紡ぐ。まるでおとぎ話でも語るかのように話し出すものだから彼女は眉を下げて問い掛けました。


「その審神者の傍らにはいつも加州清光がいたのです」
「……」


 彼は弥生の問い掛けに答えることはない。どこか懐かしそうに遠くを見つめるように瞳を揺らしながら続きの言葉を口にした。
 彼の口から紡ぎ出される言葉に彼女は眉を寄せたまま黙って更に紡がれるであろう言葉を待つ。どうやらまだ彼の意図を理解できないようだ。


「彼は戦いが終わったあともずっと彼女のそばに居る事を願っていました」


 清光はそっと目を閉じ、彼女の頭に擦り寄るようにしては続きの言葉を零す。


――主の傍に俺を置いてよね


 彼の語りでふと彼女は思い出した。目を細めて笑う姿を。


「…………」 
「しかし、彼女は突然本丸から姿を消したのです」
「っ、……」


 彼の口から紡がれる言葉に弥生は瞳を揺らして息を飲む。清光はぎゅっと抱きしめながら切なそうに言葉を紡いだ。彼女は目を見張り、驚きのあまり言葉が出ないようだ。弥生は固唾を呑んで彼の胸板に添えていた手で彼の服をぎゅっと握る。


「それには理由がありました。猫を助けようとして命を落としてしまったのです」
「なん、で……」


 彼はぎゅっと服を掴む感覚に気付きながらも言葉を続けた。何故、前世の彼女が若くして亡くなったのか。その事実を知らないと思っていたのだろう。彼女は言葉に詰まらせ、彼の胸板を弱々しい力で押した。


(知ってるの…?)


 押された彼は弥生を抱きしめる力を弱めてそっと離れる。彼女は目頭が熱くなったのだろう。涙目になりながら彼女の前世…審神者だった頃に死んだ理由を知っている彼に疑問を持った。


「…弥生って人が悪いよね。記憶があるなら早く言ってよ」
「きよ、み、つ………も、ある、の…?」


 涙目になってる彼女に眉を下げて清光は小言を言う。しかし、どこか嬉しそうな表情をしているようにも見えた。弥生は訳が分からないとばかりに彼へ問い掛ける。大きな瞳からはぽろっと一粒の涙が零れ落ちる。


「…うん」
「……ごめ、ん…ごめんね………ごめんなさい…」


 彼は人差し指でそっと彼女の流す涙を拭いながら彼女の問い掛けに肯定した。弥生は清光の言葉にボロボロと涙を零す。彼女は顔を歪めては両手で顔を覆った。罪深い自分を責める様に一生懸命に謝る。


「謝らないでよ…」
「だって、私…約束、したのに…」


 清光は困った顔をしながら彼女の頭を優しく撫でる。きっと彼が彼女から聞きたい言葉は謝罪ではなかったのだろう。しかし、弥生は彼の言葉を聞き入れられないのか首を横に振る。自分を責めるようにぽつりぽつりと言葉を零した。彼女の中でその事実がしこりとなって生まれ変わった今でも残っていることが赤裸々になる。


「……仕方なかったことだったじゃん」
「ううん……ううん…あの時…事故に合わなかったら…あの時生きてたら…刀解なんか、させなかった…!!」


 彼は彼女を慰めるように言葉を紡ぐ。そして、優しく頭を撫で続けた。彼の撫でる手の体温に甘えたくないのか。彼女はぶんぶんと横に首を振る。彼の言葉を聞き入れる様子はない。彼女はガバッと顔を上げて彼を見つめる。そして、約束を守れなかったことと同じくらい後悔していることを口にしたのだ。その叫びは切実だった。
 彼女の中でしこりとなっているものの二つ目は刀解されてしまった彼を含めた刀剣男士の事だったのだろう。


「……生きてたらそうしようと頑張ってくれたと思う…でも、弥生が生きてても俺たちは刀解されてた」
「ふっ、……っ、」


 清光は彼女の心の叫びに目を見開く。彼女はそんな事を抱えて生きていたなんて知らない彼からすると衝撃的だったのだろう。けれど、それはもう既に終わったこと。そっと彼の服を握る弥生の手に自身の手を重ねながら彼女の言葉に同意をす。
 しかし、彼女が生きていたとしても結果は同じ。彼は目をそっと閉じて穏やかに言葉を紡いだ。彼女が自身を責め続けることに終止符を打とうとする優しさの言葉。彼女にとっては容赦ない言葉。
 もし、こうなっていたら。なんて誰もが考えることだろう。後悔していたら、尚更だ。彼女は息を呑むとその衝撃で瞳から涙が零れ落ちる。


「でも、…刀解されるって決まったから俺はアンタに貰った霊力全部使い切って記憶を持ったまま生まれ変わろうって決めたんだけどね」
「……!」


 刀剣男士だった清光はその当時、残酷な現実を前向きに受け止めていた。だから、こうして彼女の前にいる。彼はふっと笑っては彼女の頬を包み込むように両手で触れた。自身が刀解される時の事を話し出す。彼の口から紡がれる言葉は信じ難いようだ。無理もない。まるで夢物語のようなものなのだから。彼女は信じられないような彼の話にまた涙を滲ませて唇を震わせる。


「またアンタに会いたくて、探したくて。まさか成功して会えるとかラッキーだよね」
「っ、……怒ってないの?恨んでないの?」


 彼はこつんと自身の額を彼女の額に当てて微笑んだ。その笑みは幸せそうな表情そのものだ。
 彼の声からは叱咤や罵声は全く感じない。弥生はまた涙声になりながら問い掛けた。約束を守れなかったことがまだ自分自身で許せないのだろう。不安そうに彼を見上げた。


「怒ってないし、恨んでもない。後任の主がさ。ちゃんと説明してくれたから時間はかかったけど受け止めたよ。ちゃんと皆も」
「……ごめんね…」


 彼は合わせていた額をゆっくり離す。首を横に振って彼女の問い掛けに否定した。優しい声音でその当時のことを話す。彼が怒っても恨んでもいないことに安堵したのかまた止まりかけていた涙が溢れ出した。


「あーもう!謝るのも泣くのも禁止」
「だってぇ…」


 また泣き始めてしまった弥生に清光はぎょっとする。彼女の目から零れ落ちる涙を両手の親指の腹で拭うと言葉を掛けた。しかし、弥生が知り得なかった真実を知って混乱してるのだろう。子供のように涙を流しながら言い訳まがいな言葉を口にする。


「見つけた俺を褒めてよ」
「見つけたって偶然でしょぉ…」


 彼はニッと口角を上げながら言葉を紡いだ。その口振りはまるでこの広い世界の中の日本という小さな島国…と言っても人口は約一.二六八億人。そんな人口の中から探し出したとばかりにも聞こえる。彼女はそう捉えたのか泣きながら彼の言葉に文句を付けるように言葉を返した。


「何のために編入したと思ってんの?」
「……嘘でしょぉ…」


 彼は悪戯が成功したとでも言うようににんまり笑いながら弥生へ問い掛ける。彼のその言葉にひとつの答えが浮かんだのだろう。彼女はまたボロボロと涙を零す。


「嘘じゃないよ」
「バカじゃないのぉ〜…」


 彼は笑って彼女の言葉を否定してぎゅっと抱きしめた。涙を流し続けながら弥生は文句をつけるように言葉を口にするが、語尾は涙声だ揺れている。


「傍にいるって約束したじゃん」
「も〜…バカぁ〜……好きぃ…」
「……!」


 彼はくすくすと笑って嬉しそうな表情を浮かべた。更にぎゅっと抱きしめては前世にした約束を口にする。弥生は泣きながら彼に暴言を吐いた。そして、彼の背中に手を回しぎゅっと抱きしめ返す。先程吐いた暴言とは真逆の言葉を彼女は口にしていた。
 まさか彼女から抱き締めら返されると思ってなかったのだろう。清光は目を見張って驚いた顔をしながら横目で彼女を見つめる。その表情は嬉しさからなのか。頬を少し赤らめていた。


「会った時にどう償えばいいのかと思ってたのにぃ〜…清光こそ早く言ってよぉ〜…悩んでたのバカみたいじゃん〜…」
「ふはっ…お互い様」


 弥生は続けて彼にまるで子供のように涙声で文句を言い続ける。そんな彼女に彼は噴き出して笑った。今までで一番強い力でぎゅーっと抱きしめる。腕の中にいる彼女の温度を噛み締めるようにしては優しく言葉を返したのだった。



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