結ばれしエニシ




(何なんだよ…あいつ……SNSブロックしやがって)

 瀧はガシガシとタオルで頭を掻く。頬はほんのり赤みを帯びていて、風呂から上がった事が伺えた。しかし、彼は何処か不機嫌そうだ。眉間に皺を寄せている。それもそのはず。数時間前に会った人物と連絡が取れないのだ。連絡を取ろうとしても、既にSNSはブロックされている。どんなにアプリを開いて閉じてを繰り返しても、その事実は変わらない。はあ、と深い溜息が出る。彼はSNS以外に連絡を取る手段がない。つまり、八方塞がりなのだ。

「泣きそうな顔してたな…」

 ドサッという音を立て、ベッドに仰向けになる。視線の先は何も無い天井。しかし、思い出すのは不自然に去って行った名前の表情。ずっと脳裏に焼き付いているのだろう。彼はそれが忘れられない。

(どうして、だ……?)

 何故、泣きそうな顔をしていたのか。彼女はただ、謝るだけ。まるで、叱られると分かっている子供のように。それをぐるぐると考えるが、答えは導き出せない。
 三葉の形見を無くして。焦って、走って。探して。探して。無くて。名前に会ったと思ったら、彼女から三葉の形見を受け取って。
 情報量が多すぎる。しかし、心身ともに疲れが出ているのだろう。彼は重い瞼を上げ下げを繰り返しているうちに、意識を手放していた。
 

◇ ◇ ◇


「……何処だ、ここ……」

 ゆっくり瞼を開ける。しかし、そこは何処までも繋がっている。そう錯覚できるほど白い。上下左右見渡しても、真っ白な世界にいる。それに彼は眉根を寄せた。瀧くん。そう呼ぶ優しい声音が聞こえた気がしたのだろう。彼はその声を忘れるはずがない。ずっと。ずっと会いたかった。夢でもいいから会いたいと望んでいた人物の声だからだ。

「……三葉?」

 瀧は声のする方へ、振り向く。時が止まった恋人の名を呼んだ。淡い期待を寄せながら。

「何で、学生の姿なんだよ…」

 振り向いた先にいたのは制服を着た三葉の姿。彼が知っているようで知らない彼女の姿だ。彼女はただ、にっこり微笑む。それに彼は動揺する。無理もない。
 学生服姿の彼女は記憶にはない。しかし、心の奥底に眠る記憶が覚えているのか。懐かしさに心が震える。今にも泣きそうな顔をして、彼女へ声を掛けた。その声は震えている。

「…はは、これ……夢か。そうだよな」
(もう…死んでるんだもんな)

 何も語ることの無い彼女は困ったように微笑んだ。彼女が目の前に居る。どれだけ、望んだろうか。それでも、それは叶わない。住む世界がもう、違うからだ。それが分かっていた。だから、彼女が目の前に現れるという事がどういうことなのか、理解したのだろう。瀧は眉根を寄せ、悲しそうに呟く。彼は俯くと瞳を揺らした。

「もう、前を向いて」
「…え」

 三葉はそっと瀧の頬に触れる。その手の温度は感じられない。当たり前だ。夢なのだから、それに体温を感じることはあり得ない。彼女はゆっくり口を開くと、穏やかに言葉を零した。その言葉に瀧は目を見開き、顔を上げる。

「瀧くんはもっと自分の心に素直にならないとダメだよ」
「何言って…」

 彼女は儚げに笑みを浮かべ、彼を諭すように言葉を紡いだ。瀧は彼女が何を言っているのか分からなかったのだろう。瞳孔を開き、ふるふると首を振る。それは受け入れたくない。その気持ちが現れていた。

「芽生えた気持ちを大事にしないと」
「何だよ、芽生えた気持ちって」

 三葉は瞳を揺らし、瀧へ訴えかける。それは彼が気付かないフリをした感情だ。三葉が何を言っているのか。分からない。そんな素振りを見せた。いや、気付いていないのかもしれない。真っ直ぐ、彼女を見つめて言葉を紡ぐ。

「もうこの紐は無くても大丈夫でしょう?」
「そんなこと…」

 三葉は眉を下げ、彼の頬から手を離してはぎこちなく笑った。そして、彼女は自身の髪を纏めている赤い紐。それを解くと彼の目の前にそっと差し出した。彼女の言葉に反論する言葉が見つからないのか。彼は言葉を詰まらせる。

「3日間、なくても気付かなかったよね」
「……それは、あんなことがあったから」

 彼女は困ったように息を吐くと、彼の右手に赤い紐を結んだ。そして、目を閉じながら、言葉を紡ぎ続ける。彼は彼女から目を逸らし、言い訳を口にした。それは事実。非現実的なことが起きた。それにより、大事なことを忘れてしまう。それはあることかもしれない。

「ふふっ、せっかく私が結んだムスビを大事にしてよね」
「あ、お、おい!三葉…!!」

 手首に赤い紐を結び終えると笑みを見せる。彼女は満足したのか。そのまま瀧に背を向け、走っていく。瀧は彼女の言う意図を理解できていないのだろう。その意味を知りたくて、彼女を留めようと名前を呼んだ。しかし、彼女の背中は遠くなるばかりで立ち止まることは無い。
 追いかけようとするが、彼の足は動けない。見えない力に押し止められているように。だんだん、周りの情景が薄れていく。それは彼の意識が浮上することを意味していた。

「……何なんだよ…三葉が結んだムスビって……名前と会わせたのはお前だって言うのかよ……」

 閉じられた瞼が微かに動く。ゆっくりと瞼を上げて最初に目に入ったのは見慣れた天井。瀧は夢の内容を覚えていたのだろう。小さな声で彼女が言っていた意味を理解できずに、ぼやく。彼女の言っていた意図を素直に受け取るならば、赤い紐を通して縁を結ぶように仕向けたのは三葉だということだ。


――立花さん!


 そう、元気よく呼ぶ名前の姿が脳裏に浮かぶ。瀧はふっと笑みを零した。

「そっか…俺……ははっ…」

 右手の甲を顔に当て、言葉を零す。それはずっと自分に誤魔化していた感情。夢で三葉に突き付けられ、言葉にして自覚した感情。一度、認めてしまえばもう、誤魔化すことは出来ない。もやもやとして、フラフラしていた掴めない感情。それがカチッと空いていたパズルのピースに埋まったような感覚に彼は乾いた笑みを零した。

「気付いたところで、連絡取る手段無いんだけどな…」

 顔に当てていた手を上へと伸ばす。伸ばし切ったところで、手の力を抜いた。手は重力に逆らうことなく、ベッドに落ちる。

(名前に会いたい……)

 自覚した恋慕。彼女を想えば思うほど、胸を締め付けられる。想うが故に、だ。瀧はその感情を、味わう様に感じ続けていた。

 
◇ ◇ ◇


 何処にでもあるオフィス。しかし、空気は明るて軽い。ガチャっとドアが開く音がするとリクルートスーツに身を包んだ名前の姿があった。

「…ありがとうございました!」

 彼女は面接室の方へ体を向ける。そして、丁寧にお辞儀をするとはっきりとした声でお礼を口にし、静かに扉を閉めた。

「……ふぅ」
(あれから2週間……がむしゃらに面接受けまくるまで復活…もはや、やけくそかな)

 緊張していたのだろう。何処か固まった表情をしては、息を軽く吐く。スタスタとエレベーターホールまで歩き、エレベーターの前で立ち止まるとボタンを押した。
 彼女はエレベーターが来るまでの間、ふっと思う。瀧と最後に会ったのが2週間前。叶わない恋にショックで、苦しくて泣いていた。それを払拭するように受けても落ちるからと不貞腐れていた自分が、またがむしゃらに受けていることにおかしく感じるのだろう。

(立花さん……立ち直ってるかな…って!もう考えないんでしょ!!私!!)
「っ!?」

 ポンっという音が響く。その音と同時に下降エレベータの扉が開いた。乗っていた人が降りるのを待ち、エレベータに乗り込もうと足を動かした。その瞬間、ふいに腕を掴まれた。まさかすれ違いざまに腕を掴まれるなんて誰も思いはしない。名前は目を見開き、驚く。

「…え、立…花さ、ん……?」
「やっぱり名前だ…何で、ここに……」

 名前はキッと目を鋭くし、腕を掴んでいる人物を睨みつけた。しかし、その人物は思いもしない人物だった。彼女は文句の一つでも言ってやろうと思っていたのに、出てきた言葉は腕を掴む人物の名前。もう会うことも無い。そう思っていた人が目の前にいる事実に動揺を隠せないのか。瞳をひどく揺らす。
 瀧もまた会いたい。そう思ってはいても、再会できるなんて思っていなかったのだろう。動揺を隠しきれていない。しかし、彼女の腕を掴む手は力強く、離す気はなさそうだ。

「……就活、です」
「………」
「っ、立花さん!?」

 腕を引こうとするが、男の力に敵うことはない。名前は諦めたように眉を下げ、彼の問い掛けに答えた。瀧は黙ったまま、乗っていたエレベータへ彼女の腕を引きながら戻る。まさか、一緒にエレベーターに乗ることになるなんて思っていなかったのだろう。彼女は目を見開き、驚いた表情を浮べては彼の名前を呼んだ。彼は返事することなく、開閉ボタンを押し、扉を閉める。そして、一階へ下がるようにボタンを押した。

「「………」」
「どうして、ブロックしたんだ」
「それは……」
「…お前の家、行ってもいないし……」

 掴んでいた部位を腕から彼女の手へと変え、ぎゅっと握る。エレベーター内には一瞬、沈黙がその場を支配した。その沈黙を破ったのは瀧。名前が泣いて去ったあの日を思い出して言葉を紡いだ。その後に二人を繋ぐ、SNSを名前から断ち切られた。理由が分からない彼にとっては疑問だったのだろう。
 名前はその問いに戸惑い、言葉を詰まらせる。彼女は彼女で思う所があった。それは彼に伝えていい感情ではない。叶わないと分かってる想いを告げる程、強くない。彼女は唇を噛み、言葉を紡がないようにしていた。続かない言葉に瀧はため息を付き、言葉を零した。
 ポンっと音が鳴る。地上一階へ辿り着いたようだ。扉が自動的に開くと人気のない非常口へと瀧は彼女を連れ出す。

「え、来たの……?」
「話したいことがあった」
「……」

 まさか自宅まで来ているなんて思わなかったのだろう。彼女は顔を上げ、彼の顔を見つめた。彼女の視線が向けられているのが、分かったのか。瀧もまた名前へと目を向ける。真剣そのものの目でじっと見つめながら、真摯に言葉を紡いだ。それに彼女は目を逸らすことは出来ない。ただ黙って彼から紡がれる言葉を待った。

「好きだ」
「……え」

 瀧の口から零れ落ちた言葉。それは名前が望んではいけない。そう、思っていた言葉だった。彼女は一瞬、彼が何を言っているのか分からなかったのだろう。呼吸を止め、固まった。

「…って、あの3日間、知り合っただけの奴がなんだって、思うかもしれないけど」
「ちょ、ちょっと待って……今でも彼女さんのことが好きなんでしょ!?」

 瀧は自分の言っていることを信じてもらえるなんて、思っていなかったのだろう。困ったように眉を下げ、後頭部をガシガシと掻く。彼女に伝えようと必死に言葉を紡いだ。ハッと我に返った名前は心臓をバクバクとさせる。好きな人から気持ちを伝えられたのだから、無理もない。しかし、納得出来ないようだ。戸惑った表情を浮べ、問い掛ける。

「…俺はあいつを失ってから3年、笑うことも出来なかった」
「………」

 瀧は首を横に振った。そして、ゆっくり口を開く。それは名前に伝えたことの無い話だ。名前はまさか、そこまでショックを受けていたとは思わなかったのだろう。瞳をひどく揺らし、黙ったまま、彼の声に耳を傾ける。

「名前と会って、笑えて……不思議だけど、心地よかったんだ」
「……」
(好きで、いいの……?)

 瀧は今にも泣きそうな彼女を見て、眉を下げた。そして、言葉を続ける。自分が感じていた安堵。それがどれだけ、欲しかったのか。求めていたものだったのか。短い言葉だけれど、伝わるように紡ぐ。
 名前は目頭が熱くなってきていることを自覚していた。しかし、それに逆らうことは出来なかった。彼女は感情のまま、気持ちを溢れさせる。好きでいてもいい。そう思った瞬間、彼女の瞳から一粒の涙が零れ落ちていた。

「……好きになってくれとは言わない。だけど、俺とまた会ってくれないか?」
「……あのね、私も、立花さんが好きです」

 瀧は涙を拭うように彼女の頬に触れる。真剣な瞳を向け、言葉を紡いだ。名前は目を閉じ、ゆっくり瞼を上げるとにっこりと微笑む。その笑顔は瀧が心惹かれた花が咲くような笑みだった。


≪あとがき≫
この度はshuffle企画に参加させて頂き、本当に楽しくて、嬉しかったです。
ありがとうございます…!!

「君の名は。」の瀧くんということで、初挑戦でした!!
映画は見ておりましたが、口調とかキャラに自信がなくて、
瀧くんbotや漫画を買って読んで、私なりの瀧くんと夢主ちゃんをお送りさせて頂きました。

映画のテーマが「ムスビ」だったので、今回頂きた企画のテーマ「運命」を
絡ませることはできるかなって考えに考え、あの形になりました。

恋愛色が薄くて本当にすみません…。
楽しんで読んで頂けたら、幸いです。

改めて、企画参加させて下さった主催者様、ありがとうございます。




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