壱話





 わたくしが生まれた時代は平安時代。
 優しいお父様とお母様。
 そして、病弱なお兄様がいました。
 貴族だった我が家は裕福だったと思います。

 だからこそ、お兄様の病気を見てくれるお医者様を呼ぶことが出来ておりました。


 わたくしも、お父様もお母様もお兄様が心配でした。
 命からがらに生きているお兄様を見ていて、苦しかった。
 それしかできない無力な自分に悲しかった。


 それでも、現実は残酷で。
 お医者様からは《二十歳になるまでに死ぬ》と宣告されました。


 わたくしは泣きました。


 悲しくて、悲しくて。
 心が引き裂かれるほどに苦しくて。


 どうして、お兄様がこんなに苦しまないといけないのか。
 そんなことを思いながら、涙が枯れるほどに泣いた。


 春、夏、秋、冬――


 季節は巡り巡っていく。

 時が廻れば廻るほど、
 お兄様の身体は衰弱していきました。


 お医者様はとても優しく、善良な方でした。

 だからこそ、諦めずにお兄様が少しでも生き永らえるように手を尽くしてくださいました。
 とある薬を処方されましたが、お兄様の容体は悪化の一途を辿るだけだったのです。

 きっと、耐えて苦しんで、ご自身の身体に恨み、健康な人を妬み、心が限界だったのでしょう。

 お兄様はとんでもない罪を背負ってしまいました。
 心を砕いて下さったお医者様を殺してしまったのです。


 わたくしはその光景を忘れもしません。


 酷い有様の中、血まみれで佇むお兄様の姿を。


 証拠を隠滅しようとするお父様の姿を。


 無力なわたくしはただ、茫然と見ていたのですから。


 数日するとお兄様は見る見る体調が良くなっていきました。
 皮肉なことに処方された薬の効果がお医者様が亡くなった後に出始めたのです。
 健康体になるにつれ、常人離れした強靭な肉体を手に入れました。

 その代わりなのか、
 日光の下に出られなくなりました。


 お父様もお母様も、
 私もその事実に涙を流しました。

 どれだけ、わたくしたち家族が苦しめば
 この地獄は終わるのでしょう。

 わたくしは地獄の終わりを
 探すようになっていました。



 ある日、お兄様は突然、
 おっしゃりました。


 人の血肉が欲しい、と。


 飢えた生き物のように口からよだれを流し、鋭い爪を立てて、屋敷にいる人間を襲い始めたのです。

 健康な体を手に入れたお兄様でしたが、人間から遠く離れた存在となってしまいました。


 恐れ、怖れ、畏れ。


 屋敷中、悲鳴が響き渡りました。

 お兄様は誰彼かまわず、己の空腹を満たすために人間の血肉を欲し続けました。

 わたくしはその姿が怖くて、悲しくて、動くことはかないませんでした。


  覚えているのはぼやける視界の中で、わたくしに襲い掛かるお兄様。

 そして、鋭い牙でわたくしの首筋を噛みつく姿。

 食いちぎられた時の痛みでした。


 わたくしは、お兄様の血肉になりました。

 ああ、わたくしたち家族は地獄から解放されたのかしら。


 そう思ったけれども、もっと違う形が良かった。

 それが心残りでした。

 お父様がいて、お母様がいて、
 健康になったお兄様がいて。

 家族みんなで笑みを浮かべる光景を望んでいました。

 それなのに、こんな形になってしまったことが悲しくて仕方ありませんでした。


◇◇◇


 結論、私の地獄はここで終わらなかった。

 何故なら、これは私の前世の話。
 私は大正時代に生を受けた。
 残酷な記憶を持って。


 私はひとりぼっち。
 裕福な家もなく、両親も兄妹もいない。
 捨て子だった。だから、名前もない。
 それでも、唯一の救いは私を拾ってくれたお優しい父代わりがいたことだった。


 父代わりは鬼殺隊の育手というものをしている方だった。
 何も知らなかった私に全て教えてくれた。



 鬼という存在を。鬼殺隊という存在を。


 鬼の原初の原因が私の兄だった人だという事を。



 涙が溢れて止まらなかった。
 ひとりぼっちでも、両親がいなくても泣かなかったのに。
 その事実に泣いた。


 私が生を終わらせ、私の地獄が終わった。
 解放されたと思っていた。


 それと同時に生きる人達にとっての地獄が始まってしまったことに。

 あの人がまだこの時代に生き続けて、人の命を奪っていることに。

 そして、奪われた人たちに申し訳なくて、償いたくて。

 
 私が生まれ変わるまでにどれだけの人が鬼に喰われてしまったのだろう。


 きっと、今も私がこうして泣いている間にも奪われる命があるのかもしれない。


 そう思うと情けなくて、無力な自分が悔しくて更に涙が出てきた。

 何故、私はあんな記憶を持って生まれたのか。

 それが分からなかった。
 理由をずっと探していた。

 出口のない地獄を見てきた平安時代から続く、記憶。
 大正時代になっても変らない地獄。
 それが、今やっと分かった気がした。

 

 お兄様。お兄様。

 あなたは何思って、今を生き続けているのでしょうか。

 仲間を増やして、人の命を奪うのは何故でしょうか。


 人の恨みを買うことを。
 悲しみを増やすことをもう、止めて下さい。


 そう言っても、きっとやめて下さらないのでしょうね。

 だから、わたくしはあなたの為に生きると決めました。


 鬼になった人たち。
 鬼に喰われた人たち。
 大切な人を奪われてしまった人たち。
 

 かれらの為に鬼殺隊に入り、日輪刀を手にしましょう。


 わたくしの命はあなたをこの手に掛けるまで、必ず生き永らえて見せます。

 無力だと泣いていたあの頃のわたくしがお兄様に出来る最大限の兄孝行です。

 

 あなたを殺して、共に逝きましょう。

 
 鬼殺隊の皆さま、被害に遭われた方々、
 大変申し訳ありません。
 
 わたくしが一日も早く、一刻も早く、
 お兄様をお連れして必ず地獄に参ります。
 
 必ず強くなって、地獄に行きますから、
 お時間を頂きたくお願い申し上げます。



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