参話






 鬼滅隊に入って、数年。
 私は無我夢中で鬼をこの手に掛けて来た。
 たくさん、たくさん。人の命を奪った鬼の首を切ってきた。
 いつの間にか私の階級はきのえになっていた。

 初めての単独任務じゃない。同行任務。
 今年入ってきたばかりの人だと聞いていた。
 どんな子なんだろう。
 悲しみに満ちた人だろうか。それとも憎しみで身を苦しめている人だろうか。

 鬼殺隊にいるのは鬼によって苦しめられた人が大半。だから、人と行動して鬼を刈るのは気が重かった。
 その人たちを見るのも正直辛い。
 今の私とは何の縁もないけれど、私の兄だった人が原因だと知っているから。

 一緒に任務に向かう事になった人は黒髪、黒い瞳。でも、どちらにも赤みがかった色を灯していた。
 第一印象は真っ直ぐで礼儀正しい人。一言でいうなればそれだった。
 ああ、こんな人も鬼狩りとして生きているのか。申し訳なくて、泣きたくなった。

 でも、突然泣き出したりしたら、彼は戸惑うだろう。彼じゃなくても誰だって戸惑うはず。私は必死に感情を抑え、精一杯の笑みを浮かべた。
 歳は私と変わらないと知って、砕けた口調で話しかけてみた。私が先輩だと言えど、同世代。恐らく後にも先にも同行任務がないと思ったから、口にした言葉だった。
 彼は嬉しそうに笑顔を向け、返事をする。その笑顔が眩しい。そう思った。

 話をしているうちに、彼の様子がどこかおかしい。私の何かを探っっているような。いや、探ろうとしているような…が近いかもしれない。

 お願いだから、これ以上は踏み込まないで。
 私はそう思って、突き放した言葉を口にしていた。それでも、角は立たない言い方をしたから、ショックを受けることは無いはず。
 どうやら、炭治郎くんは私を傷付けたと思ったらしい。しゅんと落ち込んだ顔をして、謝ってきた。
 ああ、なんて優しい人なんだろう。

 心を打ち明けるつもりはない。開くつもりもない。
 それでも、その優しさに申し訳ない気持になった。
 もし、私が前世の記憶なんてものを持っていなかったら、素直に仲良くなれたかもしれない。そう思いながらも、彼の言葉に首を振った。謝られる筋合いはない。謝るなら、私の方だと思ったから。

 笑みを浮かべて、言葉を紡ぐ私を彼は心配そうに見つめる。
 こんなに優しい人を見たのは初めてかもしれない。
 あの人に必要だったのはこういう人が傍にいることだったのかな?
 なんて、今さらどうにもできない馬鹿な考えが頭を過った。
 炭治郎くんは揺れる瞳に私を映しながら、こくりと頷く。
 これ以上、聞いてこないだろう。それに私は胸をなで下ろした。

 気を使ってくれたんだと思う。彼は話を切り替えて、炭治郎くんの話をたくさんしてくれた。
 大きい街に出た時のこととか。同期と行った任務のこととか。
 楽しそうに話す彼に私もうんうんと耳を傾けた。
 私はきっと彼の笑みにつられたんだと思う。笑みを浮かべていた。彼もそれに気付いたようにまた、優しい笑顔を向けてくれた。

 私と歳が変わらない優しい彼がどうして鬼狩りになったのか。気になってしまった。

「どうして、炭治郎くんは鬼殺隊に入ったの?」

 あ、聞かなければ良かった。これに応えられたら、私は自分も答えないといけない。
 咄嗟にそう思った。

 彼は眉を寄せ、困ったように笑みを浮かべた。
 これはきっと家族が殺されたか何かだ。
 その表情ですぐ分かった。ああ、聞かなければ良かった。そう後悔しても、もう遅い。

「禰豆子が鬼になってしまったから、人に戻す方法を探すために鬼殺隊に入ったんだ」

 風の噂では聞いていた。家族を鬼に殺され、妹を鬼にされた鬼殺隊員がいるということを。そして、その鬼は二年以上も人を喰わずにいるということを。今まで聞いたこともないそれに驚いた。
 人を喰わずにいる鬼がいることが私には救いだった。奪わなくていい命がそこにあるということが。
 でも、鬼にされた被害者を生み出したことには違いない。鬼にされた苦しみ。炭治郎くんに人じゃなくなった家族を持ってしまった苦しみを持たせてしまった事への罪悪感。
 それに胸が締め付けられた。
 やばい、泣く。いや、泣くな。泣いたって、何も戻らない。炭治郎くんたちの幸せは奪われた。私が泣く権利はない。
 必死に涙を堪えていたから、きっと酷い顔をしていたと思う。
 彼は慌てて私を慰めてくれた。

 どこまで優しいのだろう。ああ、私はまだ駄目だ。どんなに強くなっても、この強さが手に入らない。いつになれば手に入れられるのだろう。
 後輩を心配させてしまい、ふがいない気持になる。私は彼の手を取り、ぎゅっと握った。涙を零さず、震えそうな声を押さえて。でも、そこにしか神経が行き届いてなかった。
 握った手が震えていたのはきっと彼にもバレたかもしれない。

「ごめんなさい…」

 お兄様があなたの幸せを奪ってごめんなさい。あなたの家族を殺してごめんなさい。あの時、お兄様を止めれなくてごめんなさい。

 そんな思いを込めて、たった一言。呟いた。彼がどう解釈したかは分からない。それでも、伝えずにはいられなかった。
 彼はなにかを言おうとしたのか、呼吸が聞こえた。それでも、炭治郎くんの口から言葉が出ることはなかった。
 きっと、さっき聞こうとした時に私が壁を張ったから、何も答えてくれないと分かったのだ。だから、口にすることをやめたんだろう。
 
 長い、長い沈黙。それを私が破った。

「……必ず、禰豆子ちゃんを人に戻そうね」

 顔を上げ、彼の目をしっかり見て。禰豆子ちゃんを人に戻す。それは私の新たな決意となった。兄だった人が起こしたことは全て、私がしりぬぐいするつもりだったから。
 少しでも、生きている人が幸せの道に行けるように。
 それを願って、口にした言葉。
 彼は瞳を揺らして、力強く頷いてくれた。

 そんな会話をしていたら、本来の任務である鬼が現れた。
 きっと、男性だった人。
 何で、鬼になったのか…なんて、覚えてないのでしょう。
 だいたいの鬼は皆そうだった。
 ああ、何て悲しい生き物なのだろう。ただ生きるために、人を喰らうしかない化け物。
 鬼になってしまった彼を思うと胸が苦しくなった。泣きたくなった。

 鬼の首を切った瞬間、彼の過去が脳裏に浮かぶ。
 何故だか鬼狩りになってから私は鬼を切る度、鬼になった者の過去を知ることが出来た。
 きっとあの人の妹だった前世を持つ私の業故の能力なんだろう。だから、仕方ないと思うことにした。受け入れるしかなかった。

 あなたは不治の病と言われ、床に臥せっていたところをあの人に助けられたのね。
 それが鬼になることとは知らずに。欲望に抑えきれずに、大切な人を喰い、自我を失ってしまった人間だった鬼だったのね。

「ごめんなさい…来世は平和で幸せでありますように」

 こんなのばかりだ。鬼になった人はだいたい大切な人を喰っている。その事実に苦しんで、受け入れられずに我を忘れて、本当の意味で鬼になってしまう。

 あの人が来なければ、大切な人を喰わずにすんだのに。ごめんなさい。苦しい思いをさせてしまって。

 私は天を仰いで目を閉じた。今しがた、切った者への謝罪の言葉を口にして。

 私にできることは鬼を切ること。あの人に苦しめられた人たちに謝ること。切った鬼たちの来世への希望を願うこと。
 こんなことしか出来ない。
 毎回、決意するの。
 
 ああ、早くあの人に会わなければ。
 ああ、早くあの人を殺さなければ。
 いつまでたっても、この悲しみの連鎖を止めることは出来ない。

 ああ、お兄様。早く私の元へ現れて下さいな。



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