「あれー、見かけない顔だね」
白髪に黒いサングラス。それが特徴の男。五条悟は両手をズボンのポケットに突っ込んだまま、ひょいっと顔覗く。
覗く先は深くフードを被っている高専一年に編入してきたばかりの女の子だ。
「まあ、高専来てからは初任務なんで」
少女は淡々と表情を変えることなく、言葉を返す。
「名前は?」
「安倍藤花」
下から上へと覗き込もうとしているからか、サングラスが鼻頭から少しずれるとそこから碧眼が現れた。その目はフードに隠れた江戸紫色の瞳を捉えるが、安倍藤花と名乗る少女はそれに驚く様子もない。
「あー、例の子か。どうりで面白い呪力を持ってるね」
「……五…」
「ん?」
安倍という名を聞いて理解したらしい。彼は納得すれば、ニヤニヤしながら見つめた。藤花はただ静かに見つめ返し、ぽつりと一言を口にする。
それは五条の耳にも届いたのだろう。だが、意味は理解できていないのか、不思議そうに首を傾げた。
「……語呂が悪い」
「もしかして、僕の名前知らない?」
間近にある顔はそんなに気にならないのかもしれない。見えないモノとしているのか、自分の世界に這い込んでいるのか。それは分からないが、彼女は自分が口にした言葉に不服そうにピクっと眉を動かすとボソッと呟く。
先ほど発音した音と呟いた言葉を繋ぎ合わせた結果、五条の名前を知らないという答えに彼は辿り着いたようだ。残念そうに、呆れたように問いかける。
「知ってるけど、呼ぶつもりはないの」
「なんで?」
「名前ほど縛りが強いものはないから」
藤花は顔をそらし、深いため息を着くと面倒くさそうにはっきりと答えた。それは理解のうえだったらしい。
しかし、はっきりと告げられたその言葉は理解に苦しむのだろう。彼は眉間に皺を寄せれば、彼女は瞳に暗い色を落とした。
「へー……じゃ、なんて呼ぶつもり?」
「……ジョウ………………サト」
「……」
その理論は一応納得したのか。五条は曲げていた腰を元に戻し、質問する。
別に名前なんてそんな気にするような人間ではないだろうが、この時、今、藤花から返ってくる言葉に興味を示したようだ。
彼女は顎に手を添えて考え込むが、ポツポツと零して出た言葉は二言目で終わった。
「サトって呼ぶ」
「これって僕に拒否権ない感じ?」
「ないね」
自分の背よりも高い相手の顔を見るため、ぐいっと顔を上げて目を合わせ、真剣な顔で言う。
それは確定したかのように。
五条は小馬鹿にしたように問いかければ、即答で肯定された。
「ネーミングセンスないね、君」
「……名前で縛るよりマシ」
マジか。
そんな感情を覚えるとガシガシと髪をかきながら、さらりと毒を吐く。
だが、それは自分でも思っているのかもしれない。藤花は否定することはなく、ただ事実だけを述べた。
「な〜るほどねぇ。まあ、お手並み拝見といこうか」
「……今日、そんな簡単に事が終わることはないよ」
面倒臭くなったのか、適当に話を切り替えると非術者を巻き込まないための帳を下げる。そして、彼女の実力を試すような発言をすれば、藤花から進言された。
それはまるで予言のように。
「なんで?」
「星を詠むかぎりの話」
簡単に終わらないなんて意味がわからないのだろうり怪訝そうな顔をして聞けば、彼女はフードを深く被り直して端的に答える。
「ふーん……星、ね。そんじゃあ、いこうか」
「うん」
まだこの時、星詠みの力の凄さを実感したことの無い五条にとっては些事だったのだろう。
適当に流すと帳の中へと入っていった。
「おー……1級ってとこかな」
「……はあ 」
あたりを見渡す限り、濃度の濃い呪力が充満している。それを目にした五条悟は上の方を見上げてぽつりと呟いた。
その言葉に藤花は気重そうにうちに溜まる邪気を追い出すようにため息をつく。
1級呪霊を祓わなければならないのが、苦痛なのかもしれない。
「ちなみに聞き忘れてたんだけど……」
「……?」
チラッと自分の隣にいる頭2つ分下にいる彼女に視線を送って言葉を紡ぐが、最後まで言葉にされずに空気に解けた。
彼が何を言いたいのか、理解ができないのだろう。藤花は深くフードを被ったまま、首を傾げる。
「階級は?」
「3級だって」
聞きたいことをやっと口にする五条に彼女は得心したように相槌を打つと淡々と答えた。
「それじゃ、この任務厳しいだろうね」
「でしょうね…」
2つも級が違う人間が任務に当らされてるということに少し、驚きながらもポーカーフェイスを崩すことなく彼は言葉を口にする。
五条の言い分は最もだ。
呪術者の階級は呪霊と比例している3級の呪術者ならば、3級以下しか確実に倒せないのだから。
はっきり言うならば、負け戦に出陣させられている兵士と何ら変わりはない。
その事実を突きつけられたというのに藤花は声音や態度に恐れや怯えと言った感情は見えなかった。
「ありゃ、怖くない?」
「別に……」
普通なら絶望してもいい環境なのにそんな様子を見せない彼女に意外そうな目を向けて問う。
サングラスから覗くキラキラと輝く碧眼に見つめられても感情は変わらないようだ。抑揚のない声で返答するだけ。
「……階級に合わない任務って上は何考えてんだろうねぇ」
「理由は簡単」
「ん?」
「上は私に死んで欲しいんだけ」
頭がイカれてると言わざるを得ない現状にため息が出てくるのだろう。五条は後頭部をガシガシと乱暴に掻いた。
だが、その疑問は愚問らしい。
藤花から投げられた言葉に興味を示すと彼女はフードからちらりと覗かせる江戸紫色の瞳を光らせ、不敵に笑って見せた。
「…!」
「慣れっこよ」
その言葉を自ら口にするということはどういう事だろうか。まるで
彼がまん丸とした目をさせることが以外に感じたのだろう。彼女は先程より若干柔らかい表情を見せた。
「………なるほど、それで僕に君を見張れって命令したってわけか」
「やっぱりそうだったんだ」
まだ高専に編入したての女の子とは思えない台詞に深く息を吐き出す。五条はこの任務に疑問を感じていたが、それは今、藤花の言葉でスッキリと解決したようだ。ようは手出しはするなということだ。
眉間に皺を寄せて気分悪そうに吐き出すと彼女は怒りも悲しみもせず、ただ納得するだけ。
(でも、なんでそれで僕なんだ?)
だが、まだ疑問が残っているよか、五条は顎に手を当てて考え込む。
そう、早く始末してしまいたい人間で任務中の事故死にしたいならば五条悟という人間は最も不適格な人間だ。
呪術者最強と言っても過言ではない男をわざとつけた理由を考えるが、その答えが出ることはない。
「ふぅ……」
その疑問を解決させるのは後回しにすることにしたのか、息を吐き出して考えることを一旦やめた。
「
「何じゃ?」
藤花はただ前を見据えて、ぽつりと呟く。それは名前のように聞こえる。
その音を発した瞬間、何も無かったはずの場所から手のひらサイズの小さな全体的に白い獣耳とない7本のしっぽを生やした女の子が現れた。
「……へぇ、空間から現れるんだ?」
「むっ、お主は……ああ、五条悟か。よく界隈で聞いてるぞ」
「僕って有名だねー……で、君は?普通の式神と違うよね」
自然とそこに最初からいたかのように現れたそれに五条は興味を示したらしい。白狐に顔を近寄らせてじーっと見つめながら、問いかけると彼女はビクッと驚いた反応を示しながら、負けじとばかりに見つめ返した。
白狐は腕を組んで偉そうにしながら、言葉を返すと彼は不敵に笑って返事をするとすぐさま目を細め、疑問を投げかける。
「わらわは十二神将・
「へぇ、狐の神様かぁ……それはまた随分…」
白狐はうんうんと頷きながら、偉そうに自身のことを語り始めた。それはなかなか聞かない話なのだろう。
神を使役するなんて気いかことがないのだから当然かもしれない。彼は話を半分鵜呑みにしてなさそうな態度で関心そうに耳を傾けていた。
「嘘ではないぞ?」
「白狐、呑気に話してる場合じゃないんだけど」
「むっ……またか」
五条の態度はどうやら、伝わっていたらしい。
白狐がジト目で念押しをするように言葉をかければそんな彼女の首根っこを藤花が摘むように持ち上げた。
わっと驚いてバタバタと足を動かしていたが、彼女の言葉の意図を察したのだろう。手足の力を抜き、だらんとさせながら呆れたようにボソッと言う。
「そう……さっさと終わらせよう。
抵抗しなくなったことから動画は首根っこを摘んでいた指を離すと急かすように言葉を紡いだ。
フードの中で少し不安げな表情をして、左耳に付けている羽の付いた耳飾りに触れる。
(今日は?)
彼女の言葉に違和感を見つけた五条はそれの意味が分からないのだろう。眉根を寄せて疑問を身体に巡らせていた。
「てか、あと3人は?」
「ああ、あやつらはまだ
五条の疑問はいざ知らず、藤花は隣にいる白狐に目を向けて問いかければ、彼女はしれっと答える。
どうやら、彼女の式神は白狐だけではないらしい。
「
「わらわたちは神と人間の狭間の存在じゃから基本
「へぇ……」
普段いる場所が気になったのか、彼は眉間にシワを寄せて首を傾げると彼女はそちらへと振り向き
説明を始めた。
にわかに信じ難い話ではあるが、当の本人が言っている上に嘘を言っているようには思えなかったのだろう。五条は適当な相槌を打つ。
「そっか。まあ、白狐いるなら大丈夫だよね」
「わらわに任せ……うわあ!は、離せ!」
白狐は両の手を腰に当ててふんぞり返って肯定しようとするが、それは別の人間に首根っこを摘まれたことにより遮られ、慌てたようにバタバタを四体を動かす。顔を後ろだけ向けてキッと睨みつけているが、手のひらサイズのものがそんなすごんでも怖くはないものだ。
「本当に面白いねぇ」
「気軽にわらわに触れるでない!」
バタバタと動かれても痛くも痒くもないらしい。
五条は飄々としたまま、じっと観察するが、それが許せないのだろう。白狐は声を荒らげて必死の抵抗をし続ける。
「こんなにしっかり意思疎通までできると来た…呪霊っていってもいいんじゃない?」
「あんなもんと一緒にするでない!」
彼は顎に手を添えて考え込むようにしなが
ら、白狐に顔を近づけて言葉を紡いだ。
それは彼女からしたら、とんだ失礼な発言。
それはそうだろう。神と人間の狭間に存在する自分を祓われる存在である呪霊と同等の扱いをされるのだから、気分は良くない。
くわっと食ってかかる勢いで喚いた。
「……早いところ終わらせるんじゃなかったの?」
二人の息ぴったりなやり取りを
「そうだったそうだっ……!」
「おひぃ!!」
彼女の言い分は最もだ。それを思い出した五条がその意見に同意を示した時だった。
目の前にいたはずの彼女が漆黒の闇のような影が彼女を覆い、連れ去る。なんの気配なく突然のことで彼もまた対処できなかったらしい。ただ目を見開いてそれを見送ってしまった。
五条に首根っこを摘まれたままの白狐もまた同じ。手を伸ばして叫んだが、一瞬で藤花は消えた。
「ありゃー…分断されたか」
「なんてことしてくれたんじゃ!!」
分断されることを想定していなかったのか。彼は冷静に状況を把握しながらも、困ったように呟く。
自身の主である彼女と引き離されてしまった白狐は憤りを制御することは難しかったようだ。無理やり五条の指から離れると怒気を孕んだ声音で叫ぶ。
「おっ?」
「おひぃと離されたではないか!」
「……いやいや、いくらなんでも過保護すぎじゃない?それともアイツ、君がいないと何も出来ないの?」
先程とは違う感情を露わにする式神に声を漏らすと収まらない怒りのまま、白狐は言葉を吐き出した。それは彼のせいと言わんばかりに。
あまりにも怒っている姿から心配しているのだろうと思ったらしい。眉を八の字にさせて手のひらをひらっと上に向けながら、呆れたように言葉を返した。
「違う!あの子は普通の
「確かに何考えてるか分からない子だよね」
だが、彼女が心配しているものは彼の思っているものと差異があるらしい。断言するように否定すると五条は変わらぬ態度で納得を示した。
「そういうことではない!封印が解けたら困るから言って……っ!」
「封印?」
どこまでいっても噛み合わない会話に痺れを切らしたように白狐はぐいっと顔を近づけてまた否だと答える。
そして、理由を述べようとしたがそれは簡単に言葉にしていいものではなかったのだろう。ハッと我に返ると自身の口を両の手で覆った。
彼女の口から出た言葉に彼は片眉をピクリと反応させる。
「……〜〜っっっ、お主はそこまで知らなくて良い!」
「言い出したの君の方じゃん」
白狐は地団駄を踏みたくなるような感情を我慢しながら、ぷいっとそっぽを向いて話の腰を無理やり折ると五条は面倒くさそうにツッコミを入れたのだった。