私は凶災と言われる男女の双子として生まれた。
安倍家は女より男を優先する家柄だったから、私は有無なく
それを阻止したのは安倍晴明に仕えていたと云われ、今も尚安倍家を支えてくれている十二神将。
彼らは口を揃えてこう言ったらしい。
晴明が帰ってきた、と。
安倍家の重鎮は最初、
その言葉に安倍家は頭を抱えていたらしい。
だが、ずっと家に仕えてくれていた彼らが言うのは間違いないことは確かだ。
結果論、双子のどちらも殺すことは出来ずに二人を育てることに決まった。
それが私と兄が生まれた時の騒動だ。
『女のくせに晴明とちやほやされて……』
そんな陰口が聞こえてくるのは珍しくはなかったけど、正直どうでも良かった。
安倍晴明の生まれ変わりだったとしても、その時の記憶がない。
だから、私は物心付いても安倍晴明ではなく、
でも、周りは
媚びる人、嫉妬する人、揶揄する人、疎む人。
どんな人間も安倍藤花を見てくれなかった。
父は優しすぎる人だったが為に私のせいでプレッシャーに負けて潰れてしまった。
母は泣きながら私たちに謝った。
双子を宿して産んでごめん、と。
安倍晴明の生まれ変わりとして産んでごめん、と。
苦しかった。辛かった。
悲しくて、胸が痛くて、泣きたくなった。
ただ生まれただけなのに、両親を笑顔にすることすら難しい自分に。
だけど、耐えられたのは
あの人は強い。心が。
名前のせいか、月の満ち欠けで呪力も体調も左右される。
幼い頃は私がおにいの力を奪ってるんだと思い込んでた。私の存在が全てを不幸にすると。
でも、おにいはどんなハンデを持っていたとしても、私と比べられても、それを糧にして笑っていた。
それが唯一の救いだった。
でも、申し訳ない気持ちが溢れるばかりで甘えることは出来なかった。
救いではあるけれど、私の居場所ではなかった。
ずっと宙に浮かんだままさ迷ってる感覚だった。
だから、自暴自棄になってた。
人を救うためには別に自分が傷つこうが死にかけようが知ったことはなかった。
私が死ぬのがみんなの為になるのは最初からの知っていたから。
むしろ、私が早く死んだ方がみんな笑顔になれると思ってた。
◇◇◇
五畳ほどの狭い部屋にはビッシリと壁や天井に結界を張る為の札が貼られている。それは元の壁の色が分からないほどに。
そんな部屋にあるのは簡易的なベッドが一つ。そこには高専のカスタマイズされた制服を着た少女が眠っていた。
「………?」
「あ、起きた?」
「っ、……!」
藤花はピクっと眉をかすかに動かすとうっすらと目を開ける。先程まで玄武の結界の中にいて尚且つ天狐の血が溢れ出していたはずなのに、全く違う場所にいることに眉をしかめた。
彼女が起きたことを察した五条はひょいと顔を覗き込む。驚いた藤花はビクッと反応するれば、ガチャっと言う音が聞こえてくる。上に視線を向ければ、手は強制的に上にあげられて手錠をされてベッドの柵と繋がれていた。
自分が拘束されていることに気が付くと彼を睨みつける。
「時間ないから今の状況を説明するよ」
「………なんで、私はまだ生きてるの?」
威嚇するような目に眉を下げて息を吐き出すと五条はベッドの縁に腰掛けて淡々と話した。
それよりも何よりも分からないことがあったらしい。それはそうだ。彼女は
助けられたとしか考えられない状況に不安になりながら、問いかけた。
「………」
「酒呑童子と茨木童子は?」
どうして、私はここにいるの?
普通ならばこう聞くだろう。だが、藤花は生きてることが不思議そうに聞く。“生きること”に欲が薄い態度に五条はかすかに目を見張った。
そんな彼の微かな動揺はサングラス越しだったから彼女には見抜けなかったのかもしれない。首を横に動かして
「外にいる」
「……どういうこと?」
五条は部屋の扉を指差して答えれば、藤花は眉間にシワを寄せた。
部屋を見れば、厳重に結界が張られていることは分かるが、状況はいまいち飲めないらしい。
「君を死なせたくないって」
「……契約よ。覚醒してしまったんだから契約通り殺せば……」
「それがさ、まだちゃんとは覚醒してないらしい。だから、契約を実行することを拒んだ」
彼はため息をつき、ベッドのマットレスに手をかけて体重をかけながら、答えた。
酒呑童子と茨木童子の心情を薄々知っていたのだろう。いざ言葉にされてしまった彼女は瞳を揺らすが、出かけた感情を理性で押し込めて言葉を返そうとする。
だが、それは最後まで言わせて貰えずに被せるように希望を持たせるような言葉を告げられた。
「……それは時間の問題でしょ」
「……まあまあ、最後まで話を聞きなって。酒呑童子たちがとんでもないことを言い出したんだ」
それに縋りたいと思うならば、縋ればいい。
しかし、藤花は唇を一瞬噛み締めては冷めた目をむけながら、反論するだけだ。
確かに彼女の言っていることは事実ではある。
喜びもせずに鋭い目を向ける少女に肩の力を抜き、五条は続きがあるとばかりに話し始めた。
「……?」
「簡潔且つ直球で言うよ。君と僕が肉体的関係になれってさ」
「………………………」
何を言ったのか、想像がつかないのだろう。藤花は眉根を寄せながら、首を傾げる。
その顔が間抜けに見えたのか、否か。それは分からないが、彼はふっと笑ってはっきりと言葉にした。
彼女は息を吸うことをやめ、思考を止めてしまったらしい。いや、頭の処理が追いつかなかったというのが正しいのかもしれない。ピクリと動きもせずに固まっていた。
「所謂房中術ってやつ?詳しくは聞いてないけど、多分男の陽の気と女の陰の気で君の中にいる天狐の血を封印するんじゃないかな……あ、これは僕の案じゃなくて君の友人から言われたんだからね?」
「…………本気?」
やっぱりそういう反応になるよね。
そんなことを零しながら、平然と話を続ける五条はイカれてる。
どうして肉体関係になるのかの理由を言えば、思い出したかのように自衛に走った。自分から提案したことではないと強調したいかのように。
まあ、実際その通りなのだが。
どんどん進む話に我に返った藤花はじっと彼を見つめてしかめっ面をさながら、問う。
「何が?」
「見ず知らずの娘と交われるの?」
何に対しての言葉なのか、五条は検討も付かないようだ。首を傾げて聞き返せば、強ばったままの彼女ははっきりと言う。
イカれた提案を飲んだと思えるこの男に。
「まあ、それでも僕は男だからね。抵抗は多少はあれどもヤれるさ」
「……」
五条は一貫して態度が変わることなく、飄々としたまま、肩を竦めて答えた。
多少の抵抗しかないというその事実に藤花はぽかんと口を開けて唖然とする。
「それにね、上の思い通りになるのは面白くないんだ」
「……だから、ヤるの?」
ズリっとズレ下がったサングラスから覗く碧眼が江戸紫の瞳を捉えながら、ニヤリと笑った。
面倒事になると分かっていても自分が望む方向へと進まないなら甘んじて受けると戻れる言葉に彼女は信じられないとばかりに聞く。
「……君は?」
「え……?」
彼は唐突に聞き返す。
それに驚いた藤花は大きく目を開いた。
「酒呑童子たちは君が生きることを望んでいるから僕と交わる提案をした。君は生きたい?それとも、殺されたい……いや、死にたい?」
五条は言葉を紡ぎ続け、質問を投げる。
ここが、彼にしてみれば一番聞いてみたいことだったのかもしれない。
本心を見抜こうとする鋭い目で彼女を射抜いた。
「…………な、にいって……」
「生きたいなら交わってあげるし、死にたいなら殺してあげるよ」
その選択肢を投げられるとは思ってもみなかったのだろう。
ドクンッと覚醒する時とはまた違う心臓がはねる感覚を覚えながら、震える唇で彼女はなんとか言葉を口にする。しかし、五条が伝えることは変わらないようだ。
言葉を多少なりとも変えながら、もう一度分かりやすいように言う。全ては藤花の選択次第ということだ。
「わ、たしは……天狐の血が濃いんだよ」
「知ってる」
十六年間、生きてきてそんな選択肢を与えられたことがない彼女からしてみれば、青天の霹靂。
死しか与えられるワードがなかったのだから、当然といえば当然だろう。
何を言っているの?
そう言わんばかりに見つめて言葉を返すが、返ってくるのは冷静な肯定だ。
「目覚めたら、特級呪霊になるかもしれない」
「そうだね」
これから自分の身体に起きる可能性を想像し、伝えるがまたもや返ってくるのは同意だった。
「殺すのが……一番…」
「俺が聞いてるのはそんな正論じゃない」
「っ!」
「てか、正論とか嫌いなんだよね」
そこまで分かっているのに、何故選択肢を与えようとするのかが分からないのだろう。ふいっと視線を逸らし、先程の質問に答えようとするが、それは彼の言葉に被されて消え失せる。
その声は何処か苛立ったようにも聞こえて藤花はビクッと肩を揺らし、逸らしていた目をまた五条に向けた。当の本人は苦虫を噛み潰したような顔をして吐き捨てる。
「…………サトは?」
「ん?」
コンビニに寄る?それともスーパーに寄る?
それくらいの軽さで聞く彼に段々分からなくなってきたのだろう。自分の意思で決めようとしたら、止められたのだから無理もないかもれない。
でも、五条はただ彼女の個人的案件に巻き込まれただけだ。その彼がどう思っているのか気になったらしい。問いかけると五条は首を傾げた。
「……こんな娘の相手をさせられる方がマシ?それとも、殺す方がマシ?」
藤花は呼吸を整え、じっと見つめて問いかける。
彼にとって一番いい道を知りたいと。
「質問しているのは僕だよ」
「だって……私に……生きる選択肢が……あっていいの……?」
だが、返ってきたものは彼女の望んでいるものではなかった。それすら、答えるつもりがないらしい。
さっさと答えろとばかりに見下ろすと藤花はぽつりぽつりと呟いた。
それは本当に言ってもいいことなのか、と。
「………」
「………生きて………いいの?」
生に縋りつくことすら許されない世界にいた。
それがその言葉で分かったのだろう。ただ黙って彼女のだす答えを待つ。
藤花は目頭が熱くなる感覚に気が付いた。
泣く。ダメ、泣くな。泣くな。
そんな心の葛藤の中、出た本音は迷子の幼子だ。
「……それを決めるのは僕じゃない。君だよ」
「私が………決めて……いい、の……?」
「当然でしょ。君の人生なんだから」
厳しい顔をしていた五条の眉間のシワはいつの間にか取れており、先程の威圧的な声も柔らかくなっている。でも、最後の最後まで彼の答えを口にすることはせずに彼女を促した。
今まで言われたことのない言葉の数々にずっと何重にも何重にも厳重にかけていたパンドラの箱の鍵が開いていく感覚を覚える。
しつこくも感じる疑問に五条は当たり前のように答えた。
(生きることを……考えたことなんてなかった……生きていいなんて思ったこともなかった………でも、本当は……)
それにドクンッと鼓動を打つ。それは天狐の血がまた目を覚まして打ったものではなく、心に響いたからのようだ。目の前にある端正な顔はどんどんぼやけていく。
ずっと塞き止めていた胸の思いが溢れ、苦しくなっていた。
「………サト…」
「ん?」
ぽろりと目の縁から一縷の雫が落ちると藤花は静かに彼を呼ぶ。
「………た、い……生きたい…………っ!!」
「……よし」
一度流れ落ちてしまったものは戻らない。それどころかボロボロと、涙が溢れ出して止まらないようだ。
この十六年間、1度も口にして来なかった言葉を、本当は思っていたことを、はっきりと告げる。
やっと口にしたそれに五条はふっと笑みを浮かべて頷いた。
「だから、ごめん。私に巻き込まれて」
「……はっ…ははっ、……いいよ」
「…………」
彼女は目をぎゅっと瞑り、涙を全部流して視界をクリアにさせれば涙を堪えながら、彼に謝罪をする。
五条を巻き込むということに腹を決めたということなのだろう。
予想外の言葉に彼は目を見開くと面白いと感じたのか、笑い出して藤花の頭をぽんぽんと撫でた。
(こんなふうに誰かに言われたかったんだ……)
触れられた手の熱があたたかくて、また涙を誘う。
生と死、この狭間に置かれた場で五条から貰った言葉に初めて、藤花は自分が求めた言葉を知ったのだった。