五条はこの任務自体を自分が受けさせられることになったことが不思議だった。高専に編入してきたまだ十六の少女に付き添うだけの任務なのだから。
しかし、現場に来てみれば明らかに少女の術師のレベルに合っていない任務になお一層疑問が深まっていた。
だが、全てを理解してしまったのだろう。
「……ああ…だから、
もし、天狐の血が目覚めてしまったら、彼女は人間ではなくなってしまう。そうなれば、呪霊と言っても過言ではない。
祓うべき対象だ。
全ての謎がひとつに向かって答えが導かれていくにつれて分かったらしい。この任務に自分が呼ばれた意図を。
天狐の血が目覚めるタイミングが近づいてると上は踏んでこの場で彼女を殺してしまえばいいと思い、五条を派遣させたということを。
表情には全く嫌悪感を出していないが、やり口が気に入らないのだろう。低い声で呟く。
「元々上はそれを狙っていたようじゃな」
「ハッ……クソじじぃ共が」
白狐はいまだ苦しみ続けている主を眺めながら、憎たらしそうに言うと五条は反吐が出ると言わんばかりに吐き捨てた。
「お主はさっさと言われた通り逃げろ」
「呪霊になったら殺してあげるよ。俺、強いから」
彼女は藤花から目を逸らさず、主の意志を尊重するよう為に五条に言う。
だが、当の本人は逃げる気が全くと言ってないのだろう。呑気にも指を絡ませて腕を伸ばしてボキボキという音を鳴らしてストレッチをしていた。
「おひぃの言った意味を理解出来んのか?」
「殺されたくないからじゃない?」
白狐は別にはなから彼の身の心配などしていなかったらしい。耳を垂れ下げて呆れた目を向けて問いかけると五条から返ってる答えは最適解ではなかった。
「……お主を人殺しにさせたくないだけじゃ」
「優しい心の持ち主でよくこの世界でやっていけるな」
この世界にいるからと言って、人を手にかけるなんて気持ちのいいものではない。例え、それが
その温情をまるで理解していない彼に彼女は鋭い目を向けてぶっきらぼうに言えば、五条は哀れんだような声音で呟き、藤花の方へと視線を向けた。
「……それにお主が手を下さんでもどうせ、おひぃが呪霊になったから殺されるからな」
「どういう意味?」
それは白狐はちらっと横目で彼を見てはすぐさま正面に目を向け、力なく言葉を紡ぐ。
五条が手を出さなくても殺される。
その意図が分からないのだろう。彼は眉根を寄せて問いかけた。
「特級呪霊がおひぃを殺しにくるからじゃ」
「はっ……?」
彼女は簡単に答えるが、それは耳を疑いたくなる言葉だ。
何故、特級呪霊が来るかの理由を知らない人間からしてみれば、
「それが……おひぃと
「…………意味が分からない。なんでそんな特級呪霊とそんな契約してんの」
白狐はそっと目を閉じ、彼が言いたいことを察して言葉を続けた。彼女の口から出た名前は有名中の有名。日本最強の鬼の1,2位と言っても過言ではない。
そんな特級呪霊と関わりがあって、
「おひぃが……晴明の生まれ変わりだからじゃ」
「……は?」
彼女は地面を見つめながら、ぽつりと答える。
それは現実的に少なからずあるであろう話。この命の危機がかかっている場面ではすることが無いはずの話題だ。
だが、冗談を言っている訳ではないのは声を聞けば、馬鹿でも分かる。
それでも、彼は信じがたかったのか。素っ頓狂な声を上げた。
「……おひぃは晴明の生まれ変わりなんじゃ」
「なんでそんなの分かるんだよ」
白狐はぽかんと信じられないものを見るかのような目を向ける五条に目を細め、怪訝そうに再度言葉にする。だが、それはなんの証明にもならない。
彼女が断言する理由がわからない彼はガシガシと頭を掻きながら、問いかけた。
「それはわらわたちが晴明の式神だったからじゃ」
「………すごいカミングアウトだなー」
「酒呑童子や茨木童子は晴明のことを気に入っておってな。友人関係なんじゃ」
少しの迷いもなく返ってきたのは先程の続き。
千年前から生きている式神という事実に現実を受け止めきれないのか。棒読みで受け流す五条だが、それに気がついていないのかもしれない。
白狐は変わらぬ態度で続けた。
「………へぇ」
「信じておらんな?」
かの有名な安倍晴明が特級呪霊と親しくしていたなんて聞いたことがなかったのだろう。もう、適当に相槌を打つしかカードが手元にないらしい。
だが、その態度は彼女の癪に触ったようだ。むっとした顔をして首を傾げる。
「いや、まあ……そこは置いといて……どーしようかぁ」
曖昧にぼかすあたり、信じる信じないの問題ではないと頭では分かっているのかもしれない。それが現実で受け止めるべきことだということが。
それは今、優先するべきではない。だからこそ、結界の中にいる藤花に目を向けてこれからの事に考えを巡らせた。
苦しそうにもがいている彼女の頭に入る髪の色と同じ、薄藤色の耳が生え、尾も生えてきてしまっている。
「じゃから、お主は逃げよと言っと…」
「おい!白狐!」
まだ言われたとおり逃げようとしない彼に白狐は苛立ったように言葉をかけようとした時、だった。
どこまでもどこまでも通る女性にしては低いがき着心地のよい声が聞こえてきたのは。
「「!!」」
その声に白狐と五条はそちらへと顔を向けるとそこには紅の髪、瞳。気崩された着物を纏い、額に二本の角を生やした女性が二人の頭上から現れた。
彼女と共に現れた男も似たようなもので、薄水色の髪に深い青色の瞳をした額に一本の角を生やしている。噂の酒呑童子と茨木童子のお出ましだ。
突然現れた巨大な呪力の元に五条も白狐も目を見開いた。
「どーゆーことやねん!!なんで晴明の封印解けかかっとんのや!!」
「……来よった」
酒呑童子は青筋を立てながら、怒鳴り声を上げて感情のまま言葉を口にすると白狐は彼女達の存在を目視してしまったことに顔を青ざめ、頭を抱え込む。
「はよぉ、答ええ!!」
「………この馬鹿が壊したんじゃ」
酒呑童子は凄みに凄むんでいる。ここにいるのがただの人間だったならば、圧死してもおかしくないくらいに。
白狐は深い溜息をつき、隣にいる五条を指差しで白状した。
「はあああんんん!?」
「あーー……どーも初めまして?」
想像していた封印の解け方と違っていたらしい。綺麗な顔が般若のようになって喉から潰れる声を出すと五条は飄々とした態度で“よっ”っと言わんばかりに軽く手を挙げて挨拶をした。
「ふざけおって!!あちきの晴明になんてことを!!……って、なんで触れんのや!」
「美人に近寄られるのは嬉しいけど酒臭いのはやだなぁ」
「うっさいわ!一発殴らせぇ!!」
それが余計、酒呑童子の癪に触ったのだろう。歯を食いしばりながら、わなわなとさせると彼の胸ぐらを掴もうと手を伸ばすが、五条に手が届くことはない。彼の術式・無限下が発動しているからだ。
術を発動している当の本人は呑気に乾いた笑いをしながら、返事をする。しかしながら、一言余計だ。
案の定、彼女の神経を逆撫でたらしく、酒呑童子は唾を飛ばしながら暴言を吐く。
「………お前」
「ん?」
じっとその場を静かに見守っていた茨木童子は口を開けた。ずっと女性の声を聞いてばかりだったから、それにすぐ気がついたのだろう。五条は彼の方へと視線を向ける。
「五条家の人間ですね、その呪術」
「そうだけど、それがどうした?」
茨城童子はじっと彼を見つめながら、問いかけると五条からしたら、当たり前の質問に聞こえたようだ。眉根を寄せて首を傾げる。
「………その
答えは肯定も同じ。それに茨木童子は顎に手を添えて考え込みながら、ボソボソと呟いて状況を整理していた。そして、何か答えにたどり着いたのか、微かに瞳を開くと相棒である酒呑童子に声をかける。
「なんや!」
「こいつなら、もしかしたら
ぶん殴りたくても殴れない状況に気がたっている彼女はぶんっと乱暴に後ろにいる茨木童子の方へと向いた。
深く青い瞳は感情を見せることなく、ただ言葉を紡ぐ。
「何、を………って、
「ああ」
彼の言っている意味が理解できないのか。眉間に深くシワを刻んでいる酒呑童子だったが、ハッと表情を落として慌てたように叫ぶ。
茨木童子はこくりと静かに頷いた。
「あのさ、僕が関係してくるなら説明してくれない?」
「……確かに呪力も申し分ないですし」
話の中心に自分を置かれている自覚はあるのだろう。だが、わかるように説明してくれそうな雰囲気はまるでない。
痺れを切らしたのか、五条は両手をポケットに突っ込みながら、問いかけた。
しかし、茨木童子から返ってきた言葉は問いに対しての答えではなく、自分の言葉に納得するようなもの。それに五条は微かに目を細めた。
「い、いや、しかし、それはおひいが……」
「白狐!貴様、晴明が死んでもええんか!?」
「……」
二人の特級呪霊が話している内容を察したのか、白狐はだらだらと汗を垂らして頬を引き攣らせながら、言葉を濁らせていると酒呑童子はキッと彼女を睨んで怒声を飛ばす。
その言葉にぐぅのねも出ないようだ。当然だ。彼女もまた藤花が死ぬことは望んでいないのだから。
悔しそうに唇をかみ締め、俯く。
「あー……説明してくんない?」
「貴様、晴明のことはどう思っとるんや?」
蚊帳の外へと追いやられている話の中心人物は無視されてだんだん苛立ってきたようだ。乱暴にガシガシと頭を掻くと鋭い目を三人に向ける。
三人は顔を見合わせると代表として一歩前に出たのは酒呑童子。彼女は真剣な顔をして唐突な質問をした。
「何それ」
「いいから答えぇ」
この場に全く関係なさそうな質問。
それにずるっとサングラスが下にズレると呆れた顔をして一言返す。だが、彼から欲しい言葉はそれじゃないようだ。酒呑童子は急かすように再度答えを求める。
「根暗なガキ」
「「………」」
何かしら答えなければ、ならないことだけは分かったのだろう。彼の口から出たのはたった一言だった。
しかし、それは3人の望んだ答えとはかけ離れていたが為に威圧的な視線が五条を差す。
「………はあ、言い方を変えるで。抱けるか?」
「………ハグ?」
「男と女としてや」
「…………」
深く息を吐き出すと酒呑童子は両手を腰に当て、ぐいっと顔を近づけながら、単刀直入に問いかけた。
抱けるか。
それが指す意味を一瞬、フリーズした頭で考えるが、ソフトの意味だとわざと捉えたらしい。首を傾げると彼女から返ってきたのはマジレスだ。
直球の意味に変換されれば、返す言葉が見つからないのだろう。五条は唖然としている。
「どや」
「寝言は寝て言え」
早く言え。
そう言わんばかりに催促する酒呑童子に彼は眉間にシワを寄せて答えた。それは考えられないと言っているのに近しい。
高専卒業してまだ半年の男と高専に編入してきたの女子生徒は今日出会ったばっかりだ。それなのに男女の関係を迫られてるのだから、当然のことかもしれない。
「真面目な話や」
「ふざけ……」
「ふざけてなどいません。そんな猶予もない」
だが、酒呑童子は真剣そのものだ。しつこく感じたのだろう。面倒くさそうに言葉を返そうとした瞬間、別の声が彼の意見を邪魔する。
「……」
「晴明はまだ完全に覚醒していない。だから、まだ自分たちの契りに効果はありません。そして、酒呑が言うように一つだけ、晴明を助ける方法がある」
訝しげに茨木童子を睨みつければ、彼は救いの手があることを謳った。
「で?」
「それがお前です。晴明の呪力にも負けずに封印が出来るとすれば」
要約しろと言わんばかりに威圧的に聞けば、茨木童子は五条を指差し、はっきりと告げる。
封印をするのに手っ取り早く、効果がある可能性があるのは五条悟という人間だけだと。
「だから、ヤれって?」
「かなり言い方に問題があるが、そういうことじゃ」
「……」
女に目がない人間だったならば、迷わずその提案に乗るだろうが、彼はそうでもないようだ。
自分の意思の有無ではなく、強制的にやらされる流れになっているのが、不服なのかもしれない。
嫌悪感を纏いながら、小首を傾げる。
ずっと黙っていた白狐は申し訳なさそうに耳を垂れ下げているが、彼の表現に思うところがあるのだろう。複雑そうな顔をしていると五条は額に手のひらを当てて絶句した。
「で、答えは!」
「………」
刻々と時間だけが過ぎていく。
それを意味するのは藤花の呪霊化だ。
焦りを見せる酒呑童子に五条は考えを巡らせる。
―……上は私に死んで欲しいんだけ
彼は不敵に微笑んでいたが、諦めたような目をした江戸紫色の瞳を思い出した。
その事実を静かに受けて止めているかのような眼を。
「上のクソジジィ共の思い通りにことが運ぶのはなんか嫌なんだよね」
「………」
額から手をそっと離すとポケットにしまい込み、ぽつりと呟く。
それは答えとしてはどちらとも取りづらいものだ。三人は静かに彼を見守る。
「それに……若人から青春を取り上げるなんて 許されていないんだよ。何人たりともね」
「では、儀式をやりますね」
五条の脳裏には何時ぞやかの記憶が蘇っていた。高専二年の時、守れなかった少女のことを。
彼は閉じていた目を開き、三人を見据えて告げた。
奪われていい青春なんて誰にもないと。
すなわち、血の覚醒をし始めている少女も同様ということだ。
しかし、茨木童子は彼の口から有無をはっきりと聞きたいのだろう。わざとらしく問う。
「……いいよ、やろうか」
「だが、おひいが納得するかどうか……って、五条!?」
確約を取りたい慎重な特級呪霊が面白いと感じてしまったのか、五条はふっと笑みを零すと彼の要望通り、言葉にした。
彼が引き受けてくれたことは白狐にとっても有難いことだろう。なんせ、自身の主を失わなくて済むのだから、願わないことはない。
けれど、藤花がそれを引き受けるか否かはまた別問題だ。困ったように眉を八の字にさせているとそんな彼女の前を五条はスタスタと歩いて素通りする。
彼が向かう先は結界に囲まれている藤花の元だ。
白狐は慌てたように名前を呼ぶが、返事をすることはない。
「あー……玄武だっけ?結界解いてくれる?」
「え……しかし、藤姫様が……」
「大丈夫。僕、最強だから」
五条は宙に浮いてる手のひらサイズの女の子に声をかけると彼女は気配を消して背後に経つ彼に驚いた顔をした。
しかも、要件が結界の解除。唐突の発言に戸惑いを隠せずにいるが、五条は不敵に微笑むだけだ。
「は、はあ……」
「……」
「……分かりましたわ」
傲慢な発言に聞こえたのかもしれない。困惑した表情を見せる玄武だったが、彼は無言で解除を待っていた。仕方なしに、ふぅ…と息を吐いて認めれば、水の膜のような結界を解く。
「っ、……なん、で………逃、げ…………って……たの、に……」
いまだに血に抗っているらしいが、その努力は虚しく呪霊の血は着実に表に出ており、瞳孔は細くなり、牙が生えていた。それでもまだなお、自我を保ちながら、五条に訴えかける。
まだ十六の少女が他人を気遣い続けるのは並の精神力じゃない。
「ちょっと事情が変わったんだ……ちょっと眠ってな」
興味深そうな顔をしては彼は藤花の額に人差し指と中指をそっと触れた。
その瞬間、彼女はガクンっと倒れ落ちる。
「晴明に何したんや!!」
「ひとまず気絶してもらっただけ」
崩れ落ちた藤花に酒呑童子はグルルルッと威嚇するようにうなった。
しかし、怖さは何もないのだろう。五条は藤花を横抱きして抱え込みながら、飄々と答える。
「どうするつもりだ」
「まあ、徹底的に結界張ったところでヤろうか」
茨木童子はじっと観察するように睨みつけて聞けば、五条はクイッと顔を上げて空を見上げながら、返答した。
「……じゃから、言い方よぉ」
「は、はしたないですわ……」
あっけらかんと言うその姿は恥じらいが全くない。白狐は頭を抱え、玄武は恥ずかしそうに口元を隠したのだった。