五条家分家夢主です。



 物心ついた頃からずっと聞き続けた言葉がありました。


「あなたは五条家の跡取りの婚約者になる。だから、品行方正でありなさい」


 幼子になんてことを言うんだろうと世間様からは思われるでしょうが、呪術界は閉鎖された世界だからこそ、……のことなのです。しかし、まだ三つの子供にそんなことを教える親もどうなんだろうと大人になったわたくしも思います。

 三つの子供が品行方正なんてわかると思ってるんでしょうか。
 意味がわからなくて聞きましたがら束縛されたようでとても窮屈で仕方ありませんでした。

 でも、父母と顔を合わせれば、必ず言われました。
 正直、耳タコなわけですよ。

 こんな家早く抜け出したいと思うけれど、五条家と婚約は勝手に結ばれてしまっている長子の私は鳥籠の鳥。

 この運命から抗えるわけもないので大人しく従うことに致しました。


 わたくしの婚約者様は五条家に生まれ、無下限術式に加え、六眼をお持ちの貴重な人材で最強呪術師と言われているらしいです。
 大変素晴らしい方ですね。
 何故、らしいというかというと私には分家に生まれたにも関わらず、呪霊を見ることも呪力を持っていることも無い。
 ただの平々凡々の非呪術師だからです。

 ですが、男系の家系のせいか。
 唯一生まれた女は私だけのために勝手に決められたのです。
 こんな娘を貰わなければならない婚約者様が可哀相で仕方ありません。

 婚約が決められた日が経つのは早いもので先日、わたくしは二十歳を迎えました。
 わたくしが二十歳になったということで初顔合わせの日がやってきたのです。
 
 ……が、一向に婚約者様が現れる様子はありません。


「申し訳ない……うちの愚息が」
 

 申し訳なさそうに言うけれど、全く心が籠ってない言葉にモヤモヤとしてしまうのは許してください。
 わたくしだって、人間ですから。心だけは自由をくださいな。


「……気にしないでください。とても優秀な呪術師だと伺っておりますし、忙しい方なのでしょうね」
「いやぁ……分かってもらえて有難い」
 

 本音を飲み込んで向上を述べれば、御相手様はため息をついて肩の力を抜かれます。
 もしかしたら、婚約者様はやんちゃな方なのでしょうか。
 この方は手を焼いているのかもしれませんね。

 少しの同情を覚えれば、バンっという音が聞こえました。
 それは唐突で驚き、音のする方へ顔を向けるとそこには綺麗な白髪の髪、真っ黒なサングラスをかけた長身の男性がたっていました。

 
「あー、遅れてごめんね」
 

 多分、恐らく、この方が婚約者様なのでしょう。
 しかし、謝ってるとは思えない軽い態度。
 本気で悪いと思っていないのが手に取るように分かります。


 顔合わせだと言うのに場に合わない格好……恐らく普段着を来ていらっしゃいました。
 どうしましょう、頬が引き攣りそうです。


 いけません。
 心を乱しても表面だけは繕わなければ。


「……貴方様が悟さんですか?」
「うん、僕が五条悟だよ」
 

 ニコッと笑って問いかければ、飄々とした顔をして頷かれます。

 顔が整っているように見えるから大変おモテになりそうな方ですね。


「揃ったことですし、我々はここで……2人でゆっくり仲を深めなさい」
「……はい」


 いえいえ、揃って直ぐに退散する親というものは一体なんなんでしょうか?
 もう少し会話膨らましてから出ていくものじゃありませんか??

 そんな考えが巡るけれども、身に染み付いた条件反射というものは確かにあって。
 無意識に反応を示していました。


「はっきり言っちゃうとさ僕は結婚する気ないんだよね」
「………」
 
 
 ……あら、わたくし大丈夫かしら。
 ちゃんと、笑顔を貼り付けられてるかしら。
 
 
 爆弾発言をされたわたくしは固まって言葉が出ません。
 幼い頃から嫁ぐと言われていた方に要らないと言われたようなものなのですから、当然だと思います。
 
 
「……はい?」
「だからさ、家のための結婚とか面倒臭いんだよね。家に帰ったら人がいるっていうのも正直無理な話でさ、君の方から断ってくれる?」


 やっと声が出せたけれども、それが精一杯。
 気持ち的にはPardon?と尋ねたい位なのですが、抑えております。
 ええ、それはもう精一杯。
 
 
 彼はテーブルに肘をついて真剣に言いました。
 声音からして本音なのでしょう。
 
 
 でも、何故わたくしに断らせようとするのか分かりません。
 
 
「………わたくしにはそんなことを言える権利はありませんので悟さんが家を通して言ってください」
「あれ、もしかして君も婚約は望んでなかった?」
 
 
 困ったわたくしは微笑みながら、婚約者様の提案をやんわり断らさせてもらうと彼は意外そうな顔をしました。

 そんなに意外なことなのでしょうか??
 まあ、違いますけど。
 
 
「わたくしは幼い頃から悟さんに嫁ぐ為だけに生きてきましたので分かりません」
 
 
 わたくしは申し訳なさそうに告げました。
 
 
「じゃ、望んでたんだ?」
「望む望まないの話では無いのです」
 
 
 婚約者様は眉根を潜めて問いかけてきますが、それも違う為、首を横に振りました。
 
 
 そう、わたくしの意思など関係ありません。
 
 
 両親の言うことは絶対。
 それを翻しては行けないのですから。
 
 
「ふーん……随分つまらない生き方してるね」
「はい?」
 
 
 彼は興味無さそうに呟くのですが、聞こえてますよ?
 
 
 流石にイラァっとしました。
 わたくしの生き方に面白いもつまらないもありません。
 
 
 他人が勝手に決めつけないでください。
 つまらないのは知ってるのですから。
 

「まあ、いいや。じゃ、正式にこっちから断らさせてもらうよ」
「………」 
 
 
 婚約者様は雑に頭を搔くと話を終わらせてしまいます。
 
 彼の中で決定していることなのだから、わたくしが文句を言うことではありません。
 両親には怒られると思いますが、イヤイヤするものでもないでしょうし。
 
 
 気分が乗らないのは婚約者様だから。
 
 
「じゃあね」
 
 
 彼はひらひらと手を振ってあっさり去っていきました。

 
 まあ、初めて会った人間に後ろ髪引かれるようなことは無いとは思いますけどね。
 
 
 

 こうして、二十歳になって初めてお会いした婚約者様に婚約破棄を言い渡されたのです。
 
 
◇◇◇


 悟さんは本当に家を通して婚約破棄の通達をされました。
 
 それはもう天変地異。青天の霹靂。
 と言うように家がひっくり返る出来事でした。
 
 
 そんな両親を見ることもなかったので面白さはありましたが、両親の怒りの矛先はわたくしに向きました。
 
 
 わたくしは何も悪くないんですけどね???
 
 
 それからと言うとのの両親に弟たち、家に使えている者のわたくしの扱いは更に酷いものになりました。
 
 わたくし、これでも人間ですよ?
 いいえ、間違えました。
 あなた達と違ってなんの力もないただの人間ですよ?
 
 そんなことを言っても理解する能力のない方々なのでいいません。
 
 心の中でだけ吐かせていただきます。
 なんたって、心だけは自由ですからね。
 
 
 ある日、父に呼び出されて父の元へ伺いました。
 そして、言い渡されました。
 
 
 何をかと言うと、簡単に言えば勘当ですね。
 家から出て行けと言われました。
 
 
 無力な非呪術師なのにも関わらず、婚約破棄されるほどの醜女だと小一時間ほど罵られました。
 
 母と弟たちはくすくすと笑って見守っているだけ。
 
 
 おかしいですよね?
 わたくし、お二人のDNAを継いでいる訳ですから、両親共に醜いということになります。
 そして、弟たちも醜いということです。
 
 
 ああ、なんてことでしょう!!
 そんなことに気が付かずに笑っているなんて教えて差し上げたい…!
 
 
 でも、そんなことをすると火に油なので言いません。
 わたくし、無駄な労力を勤しむのは得意じゃありません。
 
 え?キャラ崩れてきてる??
 そんなことを気にしてはいけません。
 
 まだ保ってる方だと思います。
 我慢してますからね。
 
 
「分かりましたわ、20年間お世話になりました」
 
 
 だから、全ての言葉を飲み込んで頭を下げました。
 顔を上げる時はにっこりと微笑んでお礼をもう上げてその場を立ち去ったのです。
 
 
 それからと言うのは引っ越す家を決めたり、部屋にあるものを断捨離したりと忙しかったですが、2日後には家を出させていただきました。
 
 
 大和なでしこのようになれ。
 という父の言葉で伸ばしていた髪もバッサリ切りました。
 俗に言うショートヘアですね!初めてです!
 
 ああ、なんてことでしょう。
 こんなに髪というのは軽くなるのですか。
 シャンプーする時はとても楽になりますし、シャンプー代は減りますね。
 

 五条の分家。
 嫌でもついてまわるこの苗字も捨てましょう。
 
 五条として生きたわたくしを殺しましょう。
 
 
 
「あーーーーー!!やっっと自由だ!!」
 
 
 
 わたしはやっと肩に乗っかっていた者を捨てられた。
 女の子らしく振る舞う必要もないし、おしとやかでいる必要もない。
 
 その解放感は凄まじい。
 Very Very Happy!
 体に羽根が生えたみたい。
 
 
 ……生えないけど。
 

「あの馬鹿な人達は私が路頭に迷うとでも思ってるんだけど、舐めんなよ」
 
 
 私は鞄に入っていた通帳の残高を見て不敵に笑う。
 0が7つあるんだから、衣食住に困ることは無い。
 
 非呪術師だからいつ捨てられてもおかしくない。
 そんなことは頭の片隅にあったからこそ、地道に投資をして稼いだ金だ。
 
 ここで役に立つとは私ってむしろ運がいいとすら思った。
 
 
 「教師にでもなろうかな……なりたかった職種だし……」
 
 
 通帳を鞄に閉まって青々とした空を見上げて幼い頃、こんな家じゃなかったらなりたかったものをふっと思い出す。
 
 どこまでも広がっている空は綺麗に見えてなりたいものがなれるような気分になった。
 
 
 もう鳥籠の鳥じゃない。
 自由に羽ばたける鳥になった。
 
 
「自由にしてくれてありがと〜!」
 
 
 五条悟にお礼を言うと私は気分よく走り出したのだった。
 



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