6話




 
「……大分時間が経っているな。発熱はいつからだ」
「3日前からです」


 目的地へと辿り着いた二人は患者の居る部屋へ足を早めました。ベッドで横になっている男性は発熱により、顔を紅潮させています。服の下から覗く腕は所々黒ずんでいることから病が進行していることが伺えました。
 彼女は領主の顔を覗き込みながらベッドの横にある椅子に座ります。そして、彼の症状から時間が経っていることに気がついたのでしょう。レイに問い掛けました。彼は彼女の隣にたちながら自身の主の容態について答えます。
 

「君がこの領主の主治医か?」
「は、はい」

 
 ロゼットは両手を握りながらウロウロとしている中年男性に目を向けました。そして、彼に簡潔に問いかけます。中年男性はビクッと肩を動かしてはどもりながら彼女の問いに答えました。
  

「………今から言う薬草をくれないか」
「貴女様のはお使いにならないのですか?」
「魔女が持ってきたものを誰が飲むか」
「………分かりました」


 男性の反応に眉を下げて息を吐きます。そして、優しい声音で領主の主治医に言葉をかけました。彼女の言葉に主治医は目を丸くさせます。そして、彼は素朴な疑問を彼女へ問うたのです。
 ロゼットは自嘲しては彼の言葉にスパッと答えました。外套以外何も持ってきていません。どうやら、最初から自分自身が持ってきたもので治療する気はなかったようです。
 彼女の言葉に主治医は眉を下げてどこか悲しそうな目を向けました。そして、少し間を開けては彼女の言う通り薬草を取りに部屋を出ていきます。
 

「……で、さっきから何を睨んでいるんだ?」
「別にそのつもりはありません」


 パタンと扉が閉まる音が聞こえるとロゼットは隣で立っているレイにチラッと目を向けます。そして、彼に対して問い掛けました。しかし、それは否定されたのです。

 
「………お前の大事な領主に魔女が近付くのが嫌か?」
「いいえ」
「……お前は変わっているな」


 勘違いに思えなかったのでしょう。ふうっと息を吐いては冷ややかな目を彼に向けて問いかけました。しかし、これもまた即座に否定されます。このやり取りに彼女は目を丸くさせました。そして、ぽつりと言葉を零したのです。
 

「どうしてです?」
「普通は嫌がるだろう」


 彼女の言葉の意図が分からなかったのでしょう。彼は不思議そうな顔をして問いかけました。ロゼットは領主の顔をじっと見つめたまま彼の問いかけに答えます。


「ご用意致しました」
「ありがとう…それでは始めよう。お前も覚えなさい」


 レイは何かを言おうとしましたがそれは戻ってきた中年男性によって遮られました。主治医の手の中には彼女から頼まれた薬草があります。ロゼットはふっと笑を零してお礼を言うと薬草を煎じる準備を始めたのです。そして、薬草の煎じ方を教えるような素振りを見せました。
 

「え…」
「この病が起きた時、人間が治せるように」


 まさか魔女しか知らないものを教えて貰えると思っていなかったのでしょう。主治医は目を丸くさせて小さい声で呟きます。レイもまた声を発さないにしろ驚いたように見つめました。
 彼女はただ穏やかに微笑みます。そして、これからの人間を思っているような口振りをするのです。
 

(………どうして、悲しそうな顔をするのだろう)


 しかし、レイには穏やかな笑みが違って見えたのでしょう。彼は困惑した表情をしてロゼットをじっと見つめたのでした。
 

◇◇◇
 

「おい、領主」
「っ、……く……」


 薬を煎じ終えたのでしょう。彼女は再び領主のベッドの傍らに座り、煎じた薬を飲ませようとします。しかし、熱が上がって魘されている領主の口からは飲ませてもこぼれ落ちで飲むことも難しかったのでした。
 

「おい、起きろ」
「ロゼット様…」

 うなされている領主にロゼットは深いため息をつくとぶっきらぼうに起こそうと声をかけます。しかし、領主は起きる素振りを見せません。雑な扱いをする彼女に主治医はオロオロしながら彼女を止めようと名前を呼びました。
 

(領主になんて口の利き方をするんだろう)


 一連の流れを見守っていたレイは呆れたようにため息を零します。

 
「全く……こいつは起きないし、薬も飲む気配ないな」
「困りましたね……」


 ロゼットは自身の髪をクシャっと触れると困ったように言葉を落としました。事実薬を飲む気配のない領主に主治医も彼女と同じように眉を下げます。

 
「……こいつに伴侶はいるのか?」
「い、いえ……お見合い話は山程ありますがそういった方はいらっしゃりません」


 彼女は顎に手を当てて考え込むと主治医に唐突な疑問をぶつけました。何故今、その問いをするのか分からなかったのでしょう。主治医は戸惑いの表情を見せながらも答えます。
 

「ならいいか」
「どういう……っ!?」
「なっ……!!」


 彼女は視線を領主に移して煎じた薬を口に含みました。ロゼットの言っている意味が分からなかった男二人は不思議そうに彼女を見つめます。彼女の意図を聞こうと主治医が言葉を紡ぎましたがそれは彼女の行動によって言葉を失いました。
 何故ならロゼットはそのまま領主に口移しで薬を飲ませたからです。彼女の行動によって主治医もレイも目を見開いて驚きました。主治医に至っては顔を赤くさせています。
 

「………とりあえず、薬は飲んだからこれで様子を見よう」
「「………」」


 領主の喉はゴクリと音を鳴らせ、彼女の口から彼の口へと薬は移ったことを証明していました。彼女は薬を飲んだことにほっと息をついて言葉を紡ぎます。しかし、今目の前で起こった出来事が衝撃的すぎたのか男二人は言葉を失ったまま彼女をじっと見つめした。
 

「どうしたんだ、お前ら」
「な、何してるんです!貴女は!!」


 返事のない彼らにロゼットは眉間に皺を寄せて彼らの方を向きます。彼女がしれっとしている姿にレイはずっと肩をわなわなと震わせながら眉をつりあげて声を荒らげました。
 

「側近に怒られるようなことはしていないが」
「な、……あな、」


 静かに見守っていた彼が怒り出すようすに彼女はきょとんとした顔をしては言葉を紡ぎます。彼はその言葉にカチンと来たのでしょう。言葉を詰まらせて反論しようとしました。
 

「この病は1度かかれば伝染らない」
「そういう問題ですか…!?」
「違うのか?」


 しかし、ロゼットは彼の言葉を待つことをせずに害がないから問題ないとばかりに言葉を吐きます。その姿に彼はまた反論するように言葉をかけました。彼女には不思議そうな顔をしてまじまじと彼を見上げます。まるで領主に口付けたことに羞恥心がないようにも見えました。
 

「は、はあ!?」
「ま、まあまあ……領主様も飲んで下さったし、一安心ですよね」


 彼女にとってさほど問題がないという事実を突きつけられたレイは素っ頓狂な声を上げます。しかし、何処か怒りを含んでいるようにも見えました。主治医はロゼットと彼の間に入り、レイを落ち着かせようとします。そして、話題を逸らすように今、問題である領主の容態について口にしました。

 
「とりあえずはな……しばらく様子を見よう」
「分かりました」


 彼女は主治医の言葉にコクリと頷きます。そして、領主に目を向けました。その言葉に主治医は少し安堵の表情を見せます。
 

(この人が、本当に分からない……!)


 自身の主の身に少し安堵する気持ちと彼女への気持ちに区切りが付けていないレイは複雑そうな表情を浮かべて彼女をじっと見つめていたのでした。



ALICE+