「ハク将軍っ、ユエ様……っ。こちらです」
「あの矢はお前だったのか、ミンス。あの下手な矢は」
「何で貴方はこんな時まで一言多いのです」


 人影の少ない場所へと3人を案内したの者。それはミンスだった。
 矢を撃ったのはミンスだと分かるとハクは余計な一言まで言う。緊急時だと言うのにいつも通りの彼にユエはため息をついていた。


「……見つかるのも時間の問題だな」
「私が逃げ道を確保します。3人はこの城から脱出して下さい」


 兵たちが騒ぎ出し、人が散らばっていることに気づいたハクは周りを見渡しながら、一言呟く。
ミンスは覚悟した顔をして3人に脱出の方法を提案してきた。


「それは……」
「緋龍城はスウォン様が率いて来た兵とスウォン様を支持する兵が集まりつつあります」
「捕まれば間違いなく殺される……か」

 そのミンスの上げた提案に乗れないと思ったのだろう。ユエは止めようと言葉を紡いだがミンスによって遮られ現状を教えられる。
 早い段階で城から逃げないと命がない。だから、逃げろ、と。
 ハクは最悪の事態に眉間に皺を寄せた。


「どこへ……行くの……?私……宴の時……父上が泣いて喜んでいたのに、一言も言わなかったわ。ありがとう……って」


 木に寄りかかっているヨナは放心状態のまま涙を流し、誰を見るわけでもなくただ問いかける。


「ここは父上の城よ……父上を置いて……どこへ……。どこへ行くというの……?」
「……っ、貴女はっ……貴女は何が何でも生きなければいけません。生きなさい。死ぬことは許されません」
「……どこへでも行きますよ。あんたが生きのびられるなら。それが陛下への想いの返し方です」


 先程問いた言葉に誰も返答をしなかったためなのか、再度ヨナは聞き返した。ユエは我慢できなかったのかヨナの姿が辛くなったのか両手でヨナの頬を包み、真っ直ぐ目を見つめて厳しく、それでいて優しい声音で言い聞かせた。
 ハクも続いて言葉を紡ぎ、納得したのか従者3人について行く。


「――私が引きつけます」
「ミンス!」
「姫様、どうかご無事で」


 近くに兵の声が聞こえたので、裏山に出れる出口まで案内したミンスは敵兵を引きつけようとここまでとばかりに3人に話しかけた。
 ヨナはミンスに声かけたがミンスは穏やかに微笑み、ヨナへ“どうかご無事で。”を一言に3人とは違う方向へ走って行った。


◇◇◇


「……予想外だな」
「ええ、……こちらの方にも人が来ているとは」

 既に裏山に出たのはいいがスウォンの手の者がいる。流石にハクもユエも予想外の出来事で隠れていた。

「……ハク、ヨナ様を連れて行きなさい」
「はあ?お前何言って……」
「私が引きつけます。だから、その隙に行ってください。流石に裏山の奥までは城の兵は行っていないでしょう」

 決意したように前を見据えてユエは言う。
いつもなら、名称を言うはずの彼女だがハクを呼び捨てし、更に命令口調だった。
 流石に彼も嫌な予感がしたのか聞き返したが、ユエは真っ直ぐハクを見つめて、おとりになると言うのだ。


「それだったら俺が……」
「私がヨナ様を連れて行くより、貴方が連れて行く方がヨナ様の安全性は断然高い。それなら私がおとりになった方がいいでしょう」
「………。」
「……何て顔をしているんです?高華の雷獣が」


 その提案にハクは自分が遂行すると言い掛けたがユエはそれを遮り、安全性を理論的に話す。ただハクは黙って聞いていたがその顔は曇っていた。
 そんな顔をする彼に##NAME1##は苦笑しながら頬に手を触れる。


「私は大丈夫。貴方の相棒です……どこに向かおうとしているかも分かっています。だから……」
「絶対。……絶対、追ってこい」
「ええ、当り前です。あんな野郎どもにくれてやる命など持ち合わせていません」
「なんだ、お前らしくねえな。その言い方……」


 優しく微笑みながら自信に満ちた声でユエはハクに言い聞かせた。言葉を再度紡ごうとした時、ハクがその言葉を遮る。
 “絶対”という名の“約束”を。
 彼女は不敵に微笑み、いつも丁寧な言葉遣いの彼女らしくない言葉にハクは苦笑しながら気が抜けていた。


「ええ、ハクの真似です……似てません?」
「似てねぇ」


 緊迫している状況なのにも関わらず、彼女は緊張をほぐすように少し笑う。即答でハクはユエの放った言葉を否定した。


「……ヨナ様?必ず生きて……強く、生きて下さい」
「ユエ……?」
「大丈夫、貴女の白虎は必ず貴女の元へ戻ります」


 ハクからヨナへ顔を向けてユエはヨナへと話しかける。妹が強く生きてほしい…それは姉である彼女の切なる願いだった。しかし、それを伝えることは敵わない。それがもどかしいかったのだろう。
 ヨナは茫然とユエを見つめて名前を呼んだが空気に溶けて過ぎ消えてしまった。いつものように暖かい微笑みを向け、自信に満ちた言葉でヨナを安心させるように。


「……ハク、ヨナ様を……頼みます」
「……10年前と同じだな」
「え……?」

 凛とした声でハクにヨナを託すユエ。全ての言葉から彼を信頼しきっていた。
 彼女がハクにヨナを頼む姿を見たハクは10年前の光景を思い出し、小声で呟く。ユエは何かを呟いたハクの言葉を聞き取れず聞き返した。


「いや、何でもない」
「……ふふ、それでは行ってきます」
(……あの時、あの時と同じ顔だな)


 ハクが先程呟いた言葉を再び口にすることはなかったが、ユエの額にハクは自分の手の甲をポンッと当てる。その行動が彼女の中で信頼されていると分かるには十分だった。
 それがユエはとても嬉しくて感じたらしい。年相応の笑みを浮かべ、まるで買い物に行くかのように元気に2人とは違う方向へ走って行く。


(大丈夫……私はまだ死ねないから……あの子も、死相が消えた。ハク、お願いよ)


 正直不安で仕方ないのだろう。なんせ18と言っても男所帯の中にいると言っても女なのだ。
 妹を、大事な人を。守るため、危機から守るため、彼女は駆け出して行く。兵に見つかっても上手く矢を避けながら、走り続けた。


(……大分、時間稼いだわね……。私も……っ!?)


 矢を避けながら逃げつつ引きつける……簡単なことじゃない。それでも彼女はやってのけた。
 ハクとヨナは山奥まで行けただろうと考え、そろそろ撒こうとしたところに矢を受ける。


(しまった……毒矢!?……っ、逃げるしかない!!)
「待て!」


 毒矢を受けたユエは早く毒を抜かなければと焦りながら、山の奥を目指しながら逃げて行く。
 兵たちは彼女を追っていったが、結局姿は見つからなかった。


――ユエのおかげで数日後、ハクとヨナも逃げ延びることが成功し、風牙のの都へと辿り着いたのだった。



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