「何でそんなことになったの?」
「……私が、死にかけて…………」
どうして魂と神力を一人と一柱が交換するように持っていたのか。三人共、分からないのだろう。いや、夏油に至っては固まっていると言っても過言ではない。興味ありそうでなさそうな顔をして、五条は問いかけた。
少女の姿をした神は暗い表情をすると小さな声で呟く。
「「!」」
神が死ぬ、というのはあまり現実味のない話なのかもしれない。
夏油と藤花は驚きを隠せないのか、目を真ん丸にさせた。
「神様って死ぬんだ?」
「簡単には死なない……けど、深く傷つけば消える……私は、あの時……殺されかけて消えるのを待っていたの。それを止めようと……す……彼が私を生かそうと魂を分けて……」
聞き慣れないワードなのは五条も同じなのだろう。しかし、意外そうな顔をしつつも普通に受け入れると確認するように小首を捻る。スズはふるふると首を横に振り、顔を隠すように俯きながら、答えた。
ほんの少しだけ、顔を上げて夏油の方をチラッと盗み見る。傑、と呼ぼうとしていたかのように見受けられるが、彼女は唇を噛み、言葉を変えて話を続けた。
「……」
「彼のおかげで一命を取りとめたけど、彼は命を落とした……でも、その時の彼の魂は半分も残っていなかったんです」
またすぐ、下を向いた少女を見下ろす夏油はいまだに信じられないのか。何とも複雑そうな顔をしている。
でも、そんなことに気づくことのない彼女は当時のことを語った。
「……」
「このままでは転生することもできない…だからこそ、私の神力で魂の補填した」
「…………」
一柱を助けるために、わざわざ自分の命を渡すような人間ではないと自負しているのかもしれない。夏油は耳を傾けながらも、眉間にシワを寄せる。
少女は胸元に両手をぎゅっと握って、話すそれは一人と一柱が魂と神力を混ざって持っている理由として筋が取っているのだろう。誰も、それに異論を唱える者はいなかった。
「でも、なかなか馴染まなくって……晴明に協力を願いしたの。手を貸してって」
しかし、それだけでは話は終わらないらしい。
くいっと顔を上げて藤花をじっと見つめるとまたとある名前が出てくる。
「……ん? 晴明って……」
「…………私のことね」
その名前にピクリと、反応を示す二人は右端にいた女性に視線を向ける。
視線を受けた藤花はどこか気が重そうな顔をして顔を覆った。
(前世の私……不安でしかない)
前世の彼女。いや、安倍晴明が協力して転生できるように協力して術を掛けたと悟ったのだろうが。違和感が引っかかるのかもしれない。
藤花は心の中で、切実に願った。余計な事をしてないでくれ、と。
「なんとか彼を輪廻転生の輪に戻すことが出来た……その代わり、私の神力は半分以上あなたに渡してしまって……神としての力は、ほぼなくなって……今はこの姿を保つことしかできない」
「んで、千年後の今再会したって……随分出来た話だねー」
「あなたも疑うの……?」
どうやら、千年前にあった過去の話はこれで終止符を打つらしい。
分かったことは、夏油の輪廻転生に関する話と、彼女は神として何も力を持ててないと言うこと、だ。
やっと見えてきた話に五条はどこか小馬鹿にしたようにケロッと言うとスズは酷く傷ついたような顔をする。
夏油にも信じてもらえず、その友人にも信じてもらえない。その現実は独りぼっちのように思えてならないのかもしれない。
「……疑いたくなるのは山々だけど、君と傑の魂の形成がほぼ一緒……まあ、綻び出てるけど」
「綻びってどういうことだ」
その顔に、ふぅと息を深く吐き出すと腰に手を添えて、片眉だけ上げて言う。
信じられない話ではあるが、現に見えているのが現実とでも言いたいのだろう。しかし、彼の余計な一言は黙っていられなかったらしい。夏油は間髪入れずに聞いた。
「……今まで普通にあったはずの魂が綻びが出たの?」
「うん、くっついてた魂と神力が剥がれてきてる」
「剥がれるって……」
それは藤花も以外の事実だったのかもしれない。驚いた顔をして顔を覗き込んで問いかければ、あっさりとした答えが返ってくる。
魂と神力。それらは想像つきにくい存在ではあるけれど、彼の言葉はなかなかインパクトがある。
ゾッとしたのか。夏油はボソっと呟いて顔を青くさせた。
「このままだとどーなんの?」
「ナツさんは次の転生ができないし、この方は消滅するでしょうね」
珍しく狼狽している親友を横目にしつつも、藤花に疑問を投げかける。
彼女は顎に手を添えて、考え込みながら、音をひとつひとつ丁寧に言葉にした。
「うっわー、お疲れ」
「……悟……他人事だと思って」
「他人事だし」
祓い屋でもなければ、自分の身の話でもない。だからかもしれない。五条が投げかける労りの言葉がとてつもなく、軽い。
それを受け、更に気が重くなったのか。夏油はくしゃくしゃと髪を掻きながら、恨めしそうに睨みつけるが、それは彼にとって効果ないらしい。鼻で笑って返された。
「……でも、話は簡単だと思う」
「……?」
「どーゆーこと?」
希望がない、という顔をしていた夏油に朗報の声がする。
しかし、理解できないのか。二人の男はキョトンとして藤花を見た。
「千年経った今、再会したナツさんの魂とこの方の神力が共鳴してるのよ。恐らく、暫く一緒にいれば本来の持ち主の元に還るわ」
「簡単で良かったじゃん。ちびっ子と暮らせばいいってことで」
「…………」
両手の人差し指を出してクロスするようにしながら、方法を話す。それは彼女の言った通り、大分イージーだ。だからこそ、五条は彼の背中をバシッと叩く。
その力が強く、地味に痛みを伴っていたのか。簡単に言ってくれる親友が恨めしいんか。鋭い眼光で睨みつけた。
「……い、いいんで、しょうか……」
「…………いいも何も、離れられないんだからしょうがないかな」
「……良かった」
話がまとまりつつある中で、そんな簡単に決めていいのか分からないようだ。夏油の不機嫌さがどんどん増しているのが、ひしひしと伝わってるせいかもしれない。スズは眉を八の字にさせておずおずと、する。
彼女を怯えさせるつもりはなかったらしい。夏油は我に返ると深い、深いため息を吐き出し、疲れた顔をして微笑む。
その顔に、スズはツキンという痛みが胸に走る。けれど、その痛みに気づかぬフリをするように笑みを返した。
「……これ、私の連絡先。何かあったら、連絡して」
「いいのかい?」
「いいも何も、前世の私が関わってるなら放っておけないでしょ」
ちぐはぐな二人の会話を聞いた藤花はカバンから名刺入れを取り出し、一枚抜き出すと夏油に渡す。
まさか頼っていいとは思わなかったのかもしれない。意外そうな顔をして首を傾げる彼に、彼女はしれっと答えた。
「……そういうものなのか」
「他の人は知らないけど、私はそう」
もし、夏油が藤花の立場にいたら、どうしていたのか。それを考えてもそんなことはしない、と思っただろう。
受け取るそれに目を向けて納得すれば、藤花は適当に返事しながら、名刺をカバンに仕舞う。
「晴明……」
「貴女様も不安ですよね……これを置いていきます。何かあったらいつでも飛ばしてください」
旧友である晴明の生まれ変わりである彼女が協力してくれる。その事実に少し不安が解けたのか、肩の力が抜けたようだ。
しゃがみこんで彼女に視線を合わせ、手を握るとスズはうるうると瞳を揺らす。ずっと気を張っていたとが伝わるのだろう。藤花はふっと目元を和らげれば、一枚の札を手渡した。
「晴明……ありがとう……」
「気にしないで下さい」
渡された札を大事そうに胸に抱きながら、スズはぎゅっと目を閉じて感謝する。
神から感謝されることは慣れているのか、否か。それは分からないが、藤花は軽く首を横に振った。
建前ではなく、心からの行動だからこそかもしれない。
「敬語はいらない……記憶はないかもしれないけど…あのころと同じように晴明と話せたら嬉しい、のだけれど……」
片手で札を抱きつつも、パシッと彼女の手を握り、紡ぐ。
それはだんだん言葉尻が弱々しくなっているのは、気のせいじゃない。勇気を出してみたけれど、自信がなくなった表れだ。
「じゃあ、友達」
「ええ、友達ね」
藤花は一瞬、目を真ん丸にさせるが、ニコッと笑って頷く。
それが嬉しかったらしい。少女はぱあっと今日一、明るい表情を見せたのだった。