蛍狩り

 ここはとある本丸にある一室。

 ここには四振りの刀剣たちが各々過ごしていた。

 明石国行は横になりながら。
 蛍丸と愛染国俊は机に身体をだらんと預けながら、テレビを見ている。


「ねえ」

 この三振りと同じ刀匠から生み出された刀剣女士もまた真剣な顔をしてテレビに向けている視線をこちらに向けるように声をかけた。


「どうしたんだ?」
「?」


 恐らく、ずっと静かにしていたのだろう。
 急に声をかけて来た彼女に驚いたように目をパチパチさせれば、愛染国俊が問いかける。

 蛍丸もまた彼の意見に同意なのか。
 キョトンとした顔をして首を傾げた。


「ホタル見に行こう!」


 なまえは三振りかれらがこちらの話に聞く体制になったのを確認するとすぅ…と息を深く吸い込んで言葉にする。


「「ホタル?」」

 
 彼女から紡がれるそれは予想外だったのか。
 愛染国俊と蛍丸は目を大きく開いて、明石国行は眉間にシワを寄せてなまえの提案を復唱した。
 

「そう!ホタル!」
「急にどないしたん?」


 彼女は目をキラキラとさせて両手を胸の前で揃えてコクリと頷く。

 明石国行はめんどくさそうに溜息を付き、寝転がっている体勢から起き上がり胡坐を掻けば気だるそうに問いかけた。


「いや、夏だなーって」
「夏だね」
「夏と言えば?」


 その質問をされるとは思っていなかったのか。
 なまえはぱちぱちと何度か瞬きをして答えれば、蛍丸が首を縦に振る。

 確かに、彼女の言う通り夏だ。
 それも夏の終わりに近いと言ってもいいかもしれない。

 なまえは楽しそうに人差し指を天に向けて差し、問題を出すように三振りかれらに聞く。


「水遊び!」
「西瓜割り!」
「暑い」


 愛染国俊は右こぶしをぐっと握り締めて答えると蛍丸は机に肘を付けて手のひらに顔を乗せて答えた。
 
 二振りふたりとも口にした内容は似たり寄ったりのないようだが、一振りひとりは選ぶテイストが違った。


「「…………」」


 明石国行の言葉は確かにその通り。
 地球温暖化が進むこの世界に居る限り、この本丸も他人事でもない。

 だが、今この流れでその言葉を求めていないことは誰だってわかることだ。
 それでも思ったことをそのまま口にするのは明石国行かれらしい。

 しかし、その意見に三振りさんにんに黙り込んでしまった。
 いや、ただ単に呆れただけかもしれない。


「水遊びはやったでしょ、西瓜割りだってやったじゃん〜……残りよ、残り!」


 なまえは話の軌道を戻そうと咳払いをすれば、ひとつふたつと指を増やしながらやったことを数えた。
 そして、三振りかれらに他にないかとばかりに催促する。


「花火」
「海」
「暑い」 


 愛染国俊と蛍丸が続いて夏らしい行事を答えれば、最後にまたただの感想が飛んできた。 


「「………」」


 あからさまにやる気の無さが目に見えてしまっているからだろう。

 三振りさんにんは半目にして明石国行かれを睨みつける。
  当たり前のことを二回も言われれば、無理もない反応だ。


「明石はもう黙って……もう夏の風物詩はやるだけやったじゃん!だけど、ホタルは見てない!!」


 なまえは深いため息を付いて明石国行の言葉を制止し、ぶんぶんと両手を上下に動かす。
 どうやら、この本丸でやり残した夏の風物詩が「蛍狩り」のようだ。


「確かにそうだけど」
「蛍丸なら毎日見てるだろ」


 そう言えば。

 
 彼女の言わんとしていることに納得したのか。
 蛍丸は人差し指を顎に添えて、ポツリと言う。

 愛染国俊は後頭部に両手を組み、冗談を口にすればケラケラと笑った。


「いや、そこ一緒にしたらあかんやん」
「そう!明石の言う通り!で!主に頼んだら行って来ていいって言われたの」


 虫のホタルと蛍丸を一緒だとばかりにふざけて言う愛染国俊かれに明石国行は目を細め、気だるそうに突っ込む。

 なまえは明石国行かれの意見に同意して話を進めた。

 しかし、若干愛染国俊と同じように蛍丸をホタル扱いしているようにも取れる言葉を紡いでいるのは自身で気が付いているのか、いないのか。
 それは彼女のみぞ知るところ。


「「どこに?」」

 
 まさか、来派四振りの主である審神者に許可をすでにもらっているとは思わなかttのだろう。
 三振りはキョトンとした顔をして首を傾げた。


「貴船!今年は蛍狩り遅くって今見頃だって」
「ええぇ…めっちゃはりきっとるやん……」
「ってことで今から行くからね!私達4振りで!」


 彼女はニヤリと悪戯顔を浮かべれば、蛍狩りする場所を口にする。
 既に見頃の場所を探している辺り、用意周到だ。

 自分の想像以上にやる気を出しているなまえに明石国行は覇気をなくしていくが、そんなことはお構いなしなのだろう。

 彼女はビシッと三振りさんにんに向けて指を差せば、決定事項のようにはっきりと言った。


「「今から!?」」
「ええ!」


 まさか、今日これから出かけるとは夢にも思っていなかったらしい。

 流石の愛染国俊と蛍丸ふたりも驚いたように声を上げるが、元気良い返事しか返ってこなかった。


「これはなまえの言うこと聞いた方がいいかも」
「めんどくさいねんけどなぁ……」


 上機嫌に鼻歌を歌いながら準備を始めている彼女にもう自分たちの声が届かないと理解したのか。
 蛍丸がボソッと呟くと愛染国俊はこくりと頷く。

 まだ諦めきれてないのか。
 明石国行は後頭部をガシガシと乱雑にかきながら、小言を漏らしていた。



◇◇◇



 もう日は沈んでからだいぶ時間が経っている。
 俗にいう宵闇。

 ほぼ山の中とたいして変わらない場所だからだろう。
 静寂さを纏っている。

 聞こえてくるのは山の方から流れる涼しげな水の音くらいだ。

 例の来派四振りよにんは貴船神社の入り口の麓に辿り着いていた。


「夏って言っても貴船の夜は肌寒いわね!」
「あぁ〜……涼しいなぁ!」
「貴船だからね」


 自身の二の腕を摩りながら、口にするのはこの蛍狩りを提案した刀剣女士であるなまえ。
 夜の山の気温を舐めていたのかもしれない。

 今のご時世、本丸で過ごす夜も熱気が土から抜けて来るからか。
 涼しいと感じることは珍しい。

 だからこそ、劇的な涼しさに愛染国俊は気持ち良さそうに腕を上に伸ばして固まった筋肉をほぐすと蛍丸がさらりと彼の言葉にツッコミを入れた。
 

「それでホタルは?」
「山登ってけばおいおい見える」
「やっぱ登るんかぁ……」


 まだ山の麓……鳥居をくぐっていない山の下にいるからか、お目当ての姿はない。
 明石国行は流し目で言い出しっぺを見て問いかければ、彼女は右手で拳をぐっと作り、返答をした。


 山を登る。


 最初からこの選択肢しか残されていない事に薄々気が付いていたにしても、事実を付く付けられるのはまた話が違うらしい。
 明石国行はため息交じりにぽつりと呟いた。


「「………」」


 愛染国俊と蛍丸は何か閃いたように顔を見合わせるとニヤリと口角を上げる。


「ほら、明石!がんばれがんばれ!」
「わ、ちょ、押すんは止めてくれます?」


 閃いたのはどうやら、やる気のない明石国行かれの背中を押すことのようだ。

 愛染国俊は楽しそうに声をかけながら押し続けると明石国行は驚いたように後ろに顔を向けて問いかけるが、やめる気配はまるでない。


「蛍丸と国俊〜、がんばれ〜」
「#name2#も押しせって」


 なまえはそんな三振りさんにんの姿を微笑ましそうに見守っていた。
 
 呑気なかけ声をかけると愛染国俊は自分たちより先を歩く彼女に不服そうに言葉を返す。


「え〜…仕方ないなぁ……前から引っ張ってあげる」


 やる気がなかったのか。
 乗り気じゃなさそうな反応を示すなまえだったが、協力をすることにしたようだ。

 くるっと後ろを向き、三振りかれらの方へ体を向ければ、ダラダラと歩き続ける明石国行の腕をパシッと掴み、引っ張り始める。


「ちょ……」
「ほらほら、みんながんばれ〜……あ!」


 後ろから背中を押され、前から引っ張られ。


 自分の意思とは反して動く身体に眉根を寄せて反論をしようとする明石国行だったが、それは楽しそうに応援するなまえの言葉にかき消された。

 川の音が近づき、涼しさが増す。

 その瞬間、一匹の蛍が四振りよにんの目の前を通り過ぎた。

 それは彼女達を歓迎しているかのように。


「蛍だ!」
「へぇ〜!こんなにいるんだな!」


 蛍丸と愛染国俊は背中を押すことをやめて飛び続ける蛍にくぎつけになりながら、目を輝かせる。


「風情あるなぁ……」
「ふふん、来てよかったでしょ」

 先ほど飛んでいた蛍は一匹だったのに次々と光が増えて行く様は圧巻だ。
 
 その光景に乗り気ではなかった明石国行も感心したらしい。
 素直に思ったことを口にすれば、なまえは胸を張って自慢げに言葉を返した。


「でも、なんでホタルを見たかったの?」


 ふと一つ疑問が浮かんだのか。
 蛍丸は大きな瞳に彼女を移し、首を傾げながら問いかける。


 夏の風物詩である蛍狩りをしていない。


 それが理由の一つだろうが、なんでまた突然言い出したのか気になったのかもしれない。


「なんでって……気分」


 なまえは問われた言葉に平然とした顔をしてはっきりと答えた。
 特に深い意味はない。


 蛍狩りをしたい気分がただ単に今日だった。


 そう言うことなのだろう。


「「…………」」


 彼女の気分につき合わされただけということに何とも複雑な心情なのか。
 三振りかれらは言葉を失ったらしい。

 ぽかんと口を開けたまま、なまえを見つめていた。


「でも、来てよかったでしょ?」


 彼女はんー!っと背筋を伸ばし、腕を上に上げて伸びをしながら深く息を吸い込む。
 そして、楽しげに笑みを浮かべながら、小首をかしげた。


「そうやなぁ…」
「うん」
「良かったな!」


 来てよかったか、否か。

 その結論は既に出ていたのだろう。
 三振りさんにんは首を縦に振る。


 四振りよにんは暫くその場でホタルを眺めていたのだった。

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