まだ

 日が沈んでだいぶ時間が経つ。
 オレンジ色の髪をした少年は白いと息を吐きながら、1人でバレーボールに触れ続けていた。

 そんな彼の背中を隣の家から見えたのだろう。
 少女は口角を上げて、庭へと出るためにサンダルを引っ掛けて近寄る。


「しょ〜うよう!」
「!?……あ!なまえ!」


 ゆっくり音を立てずに近づけば、大きな声で少年の名前を呼んだ。

 急に呼ばれたことに驚いたのか。
 日向はビクッと体を動かしてバッと後ろを振り返る。
 そこには幼なじみがおり、彼はぱあっと明るい笑顔を向けた。


「また1人ロンリーパスしてたの?」
「おう!そっちはまた星でも眺めてんの?」
「そーそー……寒くなってきたねぇ」


 1人パス練をやめて日向は暖かい格好をしてる夢主に近寄ると彼女は手を擦りながら、問いかける。
 彼はニカッと笑って返事をすれば、首を傾げて質問を返すとなまえは両の手を合わせてはぁと息を吹きかけながら、適当に返した。

 適当にも程があるというものだろう。
 彼女は日向の姿を見つけて庭に出てきているのだから。

 だが、素直になれないのがなまえという人物なのかもしれない。


「その割には薄着だよな」
「………翔陽こそ薄着じゃない?」


 日向はじーっと見つめながら、ぽつりと零した。

 いつも星を眺める時は今よりもっと厚着をして見ていると知っているからだろうが、なんと目ざといことだろうか。
 彼女はギクッとしながらも、話をそらすように話題を振る。


「そー?全然寒くないからへーきだ!」
「野生児は素晴らしいこと……」
「なあなあ、今だったら何の星が見えるの?」


 なまえの反応に気が付いていないのか。気にしていないのか。
 それは分からないが、彼は片方の腕にボールを挟むようにしながら、両手を腰に当てて胸を張った。

 話題を無事に反らせたことに安堵しつつも、彼女は呆れたような感想を言うと日向は突然の質問を投げかける。


「君は理科の授業中、何してるの」
「………」
「あ、ごめんごめん。寝てるんだよね」


 今の季節は冬だ。
 つまり、ある程度は学校の授業で習う星座が多い。
 それなのにも関わらず、全く知らない状態で聞いてくる彼はその授業が身についていないということだ。

 それに流石になまえは辛辣な言葉を紡ぐしか他に見つからなかったらしい。
 辛辣と言っても正論なのだが。

 日向はその言葉に黙ったまま視線を逸らす。
 その様子に全てを察したようだ。

 彼女は一瞬頭を抱えるが、バカにしたような顔をして憐れむように言葉を返す。


「その言い方月島みたいだからやめろよ!?」
「へぇ、月島くんってそんな感じなんだ?」
「っ、……」


 彼はなまえの言い方は美時かにいる人物を彷彿させたようだ。
 キッと眉を吊り上げながら、声をひっくり返して反論する彼女は面白い発見をしたかのように口角を上げて問いかけ返す。
 だが、その表情はあまりいいものにとらえられなかったらしい。
 日向は言葉を飲み込むと口を固く結んだ。
 

「同じクラスでもあんまり話してるの見た事ないから面白いね」
「……」


 なまえは手のひらを摩って瞬く星に目を向けながら、目を細めると彼は不服そうな顔をしたまま、黙る。


「あれ、どーしたの?」
「!べ、別に…!すねてない…!!」
「あ…ん??そうだね??」
「おう!」


 何かしら応答があると思っていたのにそれがなかったからだろう。
 彼女はキョトンとした顔をして日なたの方へと顔を向ければ、我に返った彼はビクッと肩を揺らして慌てて返事をした。

 だが、話が噛みあってない。
 それに困惑したなまえは眉間にシワを寄せて首を傾げながら、言葉を返した。
 お互い何が何だか分からなくなっているが、それでいいのかもしれない。
 日向はこくこくと頷いてピリオドを付ける。


「「………」」


 話が終わったことにより、二人の間に沈黙が流れた。
 それは気まずいものでも、緊張するものでもない。
 ただ自然と流れるものだ。


「…しっかし、もうすぐ東京に行くんだね」
「ああ!やっと東京だ!!」
「あーあ、行きたかったなー」


 はぁ…と白い息を吐けば、なまえは感心したように呟く。
 それに彼はチラッと盗み見ては嬉しそうに言えば、彼女は残念そうに嘆いた。
 どうやら、都会に行ってみたいらしい。


「バレー部のマネやればよかったじゃん」
「マネはやりたくなかったんです〜見る専なんで〜す」
「よくわかんねーけど、そんなにバレー好きなの?」


 それが意外だったのか。日向は何度かぱちぱちと瞬きをするとさらりと元も子もないことを口にした。
 そう、東京に行きたかったなら、バレー部のマネージャーをやっていれば可能性はあったのだ。
 だが、意図するものは彼の言葉にはないらしい。
 なまえはぷくっと頬を膨らませて文句を垂れると日向は首を傾げた。


「うーん……見てるの好きかなぁ」
「へ、へ〜〜〜……やっぱ好きな奴でもいんのかな…月島か?えぇ……」


 彼女は視線を彼から月へと映し、考える素振りを見せるとふっと笑みを浮かべて肯定する。
 その表情に日向は頬を引き攣らせて、同調して見せるが、内心はドキマギしているようだ。小さな声でブツブツと呟いているが、それには納得したくないのか、顔色を悪くさせている。


「何か言った?」
「!!何も言ってない!!」


 だが、当の本人には聞こえていないらしい。
 なまえは眉を寄せて問いかけれると彼はビクッと身体を大きく揺らし、首をブンブンと横に振りながら返事をした。


「……あっそ?」
「おう…!!」


 明らかに何かを隠している。

 それが分かっているが、追及する気にならなかったのか。彼女は怪しんでいる目を向けながら、首を傾げると日向は大きく頷いた。


「まあ、こっちでいっぱい応援してあげるからがんばってね」
「おう!!」


 なまえは身体の緊張をほぐすようにんーっと伸びをしてすとんと両腕を下げて笑えば、彼もまたにかっと笑う。


「………あ、あのさ!」
「なーにー?」


 また2人の間に空白の時間ができるが、それを打ち破ったのは日向だ。
 どこか緊張がにじみでている様子で声をかけると彼女は気の抜けた声を出す。


「…………すっっ、……春高!」
「……春高?」


 彼はすぅと深い息を吸い込むとキッと眉を吊り上げて一音を吐き出すがその続きを口にすることはなく飲み込み、別の単語を口にするとなまえはぱちぱちと瞬きをして首を傾げた。

 それはもうそれがどうかしたのかと言わんばかりに。


「えっ。あっ。うん!?頑張ってくる!!」
「え、あ、うん」


 その表情に心臓を跳ねさせると混乱したように日向はいきなり宣言をする。
 辻褄は合っているが急な言葉だったからか、彼女もまた理解できずに反射的に返すだけだった。


「もう寝る!また明日な!」
「うん、おやすみ…」
「おやすみ!!」


 寒さのせいか、言おうとした言葉に今更ながら羞恥を感じたのか、彼は顔を赤くさせるとバレーボールを両手で力を込めて持つと話を切り上げるように言葉をかける。
 そのテンポは早い。早いからこそ素直に頷くしかないのかもしれない。
 なまえはぽかんとした顔をして力なく手を振るとには日向もまたぶんぶんと手を振り替えして背を向けて家の中へと入って行った。


(春高行くことになったから好きって言おうって思ったけど!!やっぱ優勝してから!!)


 彼はきゅっと口を閉めると決意新たにバタバタと足音を立てて自分の部屋へと一直線で走る。
 

「……友達としてちゃんと応援できてた…よね」


 彼女はそんな足音が遠のいていく音を聞きながら、自信なさげにぽつりと呟いた。


「………あんな遠い烏野に、わざわざ通ってる理由に気付いてくれてもいいのに…」


 呆れたように、どこか寂しそうにチカチカと瞬く星に目を向けて悲しげに言葉にするが、それは空気と混じり溶けていく。


「にゃー…」
「バレー馬鹿は一直線だから仕方ないよね」


 のそりのそりと現れ、小さく愛らしい声でなく愛猫の声を耳にすれば、なまえはふっと笑みを浮かべた猫を持ち上げて視線を合わせると園子に話かけた。
 猫は彼女の言っている意味を理解していないのか、キョトンとした顔をして首を傾げる。


「………がんばれ」


 またその姿が可愛らしく思えたのだろう。
 なまえは目を細めて笑って猫を腕の中に抱え込むと二階にある日向の部屋に明かりが付いたことに気が付いたらしい。
 小さい声で激励をしたのだった。
 


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