祈りよ、届け
ここは都立呪術高等専門学校にある一室。
一室と言っても職員室みたいな場所だ。
そこにいるのはソファに座り、長い足を組んでいる目隠し男と彼と同じ髪色を持つ少女のような女性の二人だけだ。
「なまえ、ちょっといい?」
「どしたん、おにい」
目隠し男、もといい五条悟は自分の机でピコピコと昔懐かしいゲームをやっているなまえに声をかけると彼女はゲーム画面から目を離すことなく、返事を返す。
どうやら、彼の妹らしい。
「この世には呪霊とアナザーがいることは知ってるよね」
「常識でしょ」
五条は耳はこちらに傾けながら、ゲームに集中している妹に注意することなく、ただ漠然と与太話をし始めるが、意図が理解できないのか。彼女は素っ気ない態度をとるだけだ。
そう、この世界に分けられる人類がいるとするならば、大まかにいえば見える者か、否か。
見える者の中で知らないものがいない存在が、人間の負のエネルギーから生まれる呪霊というもの。そしてもう一つ、現実世界においてファンタジー、怪奇として残っている天使や天狗、妖精や悪魔、妖怪の類だ。それらの総称をアナザーと呼ばれる。
見える側の世界にいる彼らにとって幼子でも知っているような話なのだ。
「まあ、そうなんだけどアナザーの話をしようか」
「?」
ピコピコと音を立ててゲームを続ける妹に五条はふっと笑っては焦ることなく、話を続ける。
まだ話が続いているのかとなまえは面倒くさそうな顔をしながら、首を傾げた。
「アナザーの言葉は人間では理解出来ない。つまり、会話が成り立たない」
「……だから、人間の一方的都合で処理するために夜間交流地域課があるんでしょ」
「正解。で、実は砂の耳が現れたんだ」
彼はまるで生徒に教えるようにアナザーの上記を語ると妹は眉根を寄せる。
それは謎かけでもしたいかのような言い回しに聞こえたのか、彼女はイライラした口調で彼の言いたいことをあえて代わりに言えば、彼はビシッと指を立てて答えた。
そう、本来はそのはずなのだが、どうやらイレギュラーな存在が現れたらしい。
「砂の耳って……ああ、最近アナザーの言葉がわかる人がいるって奴?」
「流石僕の妹、理解が早いね。そのお陰でか普通のアナザー案件じゃないようなことにも巻き込まれる率が増えた地域があるらしいんだ」
業界にいると噂は聞こえてくるのだろう。そのワードに聞き覚えがあっったようだ。
思い出したかのように聞き返せば、満足そうに五条は頷くと呆れたように両手を広げて首をすくめる。
「問題児じゃん」
「それでこの間、とうとう呪霊とも遭遇したんだよ」
「え、マジで?もう終わった話?貴重な人材が死んだの?」
兄の言葉だけを聞くと巻き込まれ体質なんて不憫もいいところだろうが、それに巻き込まれる周りを考えると率直な感想は一つだけだったのかもしれない。なまえは鼻で笑うと五条は言葉を続けた。
アナザーと呪霊は似て非なるもの。
見る側にいるのであれば、遭遇することはあるだろうが、アナザー業界にアナザーを祓える人間がいたとしても呪力を持っていない人間がほとんどだ。
つまり、呪霊を祓うことは出来ない。
彼らが呪霊に出会った時の対処法は逃げる。この一点に限るのだ。
ここまで来ると不運体質の人間としか言いようがないと思ったのだろう。不運体質の人間の結末に興味を注がれた妹は五条に聞き出そうとする。
普通ならば、ここでゲームを辞めて話に集中するっとことだろうが、彼女にはその選択肢はないようだ。ゲームから目を離す素振りは一切なく、むしろ激しくAボタンを連打している。
「それがたまたま悠二達が近くにいて祓ったから生きてるよ。報告も受けてる」
「……運がいいんだか悪いんだか」
五条は楽しそうに結論を言った。
それはなまえにとって予想外の結末だったらしい。
期待していた答えじゃなくて残念なのか、肩の力を脱力させてつまんなそうに呟く。
「呪術師側とアナザー関連側はお互いの領域を侵さないよう均衡を保っていたけどそうもいかなくなってね」
「まあ、そんな不幸体質がいるなら崩れるでしょうね……ってあ!一機死んだ!!」
五条は右手の人差し指と左手の人差し指を出して天秤にかけた計りのように横に振ってはパッと両手を開けた。
つまり、彼の存在がアナザー業界と呪術業界の均衡を崩すかもしれないということ。
それに納得した妹は至極当然のように言葉を返すとゲームの中で戦っていた自分のコマが敵の攻撃を受けて消滅したらしい。舌打ちをしてゲームに支柱中しようとした。
「仕方ないよ。アステカの災いの神様に憑かれてるらしいし」
「……は?」
五条はヘラヘラと笑いながら、しょうもないことを言う。
いや、普通なら笑って話せることではない。
アステカの災いの神と言ったら、ウェウェコヨトルのことだ。
そんな神がなぜ日本にいるのかも意味が分からない彼女はピタッと一瞬固まる。
その瞬間、ゲームからドゴンっとなにか壊される音がした。恐らくなまえの使っていたコマがまた一機壊されたのだろう。
「また!!」
ゲームの中の彼女のライフはあとひとつしかない。やっと99階までたどり着いたというのにここで終わるわけにはいかないのだろう。
我に返った彼女はまたゲーム画面に集中しようとした。
「そんなわけであっち側でキャッチした呪霊情報を提供してもらう代わりに一人、呪術師を派遣することになったわけ」
「へー……なんか面倒くさそうだね。派遣される人かわいそー……ナナミンとか学生に行かせるの?うっわー、きっちくぅー」
五条は段々テンポが崩れてきた妹が面白く感じているのかもしれない。いつもの軽い調子で結局何が言いたかったかを要約した。
つまり、アナザー業界と呪術業界がお互い我関せずだった関係を変えて手を取り合うことにしたということ。
その面倒くさそうな関わりを持たなければならない派遣される呪術師になまえは同情をした。
「可愛い妹には旅させろって言うじゃん?」
「正確には子供だけどね……………ん??」
「ってことで行ってきてね」
五条は人差し指をさして首を傾げて問いかけるとことわざを引用して勝手に改変して言う兄になまえは呆れたように言い返す。
だが、その意味をちゃんと理解するのには時間がかかったらしい。眉間に皺を寄せて視線を上げて考え込んだ。
だが、彼女の中で答えを出す前に五条はネタバレするようににぱっと明るい表情を見せながら、軽く言う。
「はああああああああああ!!?」
まさかその不憫な人間が自分になるとは思いもしなかったのだろう。
彼女はゲームのことなんて忘れて兄に向かって叫ぶと手にしていたゲームは最後の一機も壊されてゲームオーバーだ。
なまえに用意されたのは現実世界の新たな任務が始まろうとしていたのだった。