本当は、ずっと
いつも、心の中がぽっかり空いてる気がする。どうしてここにいるのか、考えてもわからないくせに。どんなに考えても実際、私は地に足をつけて今、ここにいる。でも、何かが足りない。それだけは分かってる。違う、それしか分からないのかもしれない。
ベンチに座って空を悠々と泳ぐ雲を眺めて頭を空っぽにすれば、幼い頃から抱いているそれを思い出していた。
「なーにしてんの」
「……五条くん」
視界を遮るようにのぞき込まれると飄々とした声が降ってくる。
現代最強の呪術師なんて言われてる同級生。なにやら、機嫌がいいようにも見える。
「お前、本当に同い年? こんな所で空なんか見ちゃって年寄り臭くない?」
「…………」
ちゃっかり私の隣に座って余計な事を言い始めるのは出会った頃から変わらない。デリカシーが無さすぎる。
この年代から年齢に触れちゃダメだって分かってないのかとある意味関心さえしてしまう。ひっぱたかれても文句は言えない、って思ったけど、無下限がある彼にとっては関係ない話かもしれない。
「はあ……確実に同い年の女を全員敵に回したよ」
「で、何考えてたの?」
「……」
忠告してみるけれど、どうせ意味の無いことなんだろう。さっき、ため息ついたけど、さらに込み上げてきそうになるのを静かに我慢した。
やっぱり五条くんは私の言うことなんか気にしてないらしく、問いかけてくる。
最強に話したところで何を言われるかは想像つく。でも、話さないと解放してくれなさそうな気がした。
だって、顔が近い。この人は基本的に距離バグってるだけなのかもしれないけど、逃げられるはずないって知ってる。
「……地に足が着いてるのに宙に浮いてる感じがするのってどうしてかな、って思って」
「地に足がついてないんじゃない?」
「あー、五条くんうざい」
「あはは、辛辣だねー」
意を決して目隠しで隠されてる瞳を見るようにして聞けば、あっさりと返された。
それはもう、私の想像通りで落胆してしまう。そうなるってことは少しは彼に答えを貰えると期待していたのかもしれない。
本音を隠さずに吐き出せば、五条くんは愉快そうに笑った。
「人が真剣に悩んでるのに……」
「アンカーになってあげようか」
「……は、」
こちとら、物心着いた頃からの悩みなのに切り捨てられてしまった苛立ちは悶々と心の中に残る。だからか、自然と眉間のシワが深くなるのを感じた。
この場から離れてやろうと立ち上がって歩き始めた時、聞こえてたそれに足が止まる。
ゆっくり後ろを振り返れば、にやりと笑う口元が見えた。
「足枷になってあげよーか」
「五条くんが足枷ってなんか怖い」
耳を疑っている事がバレてるのか、もう一度同じことを言ってくる。宙に浮いてる感覚がするなら、重しを付ければいい、そういう事なんだろうけど、その発想はなかった。
しかも、五条くんがそれになるって。意味がわからなくていつもの調子で返してしまう。
「いい案だと思うけどなー」
「第一、足枷って何するーー」
よっこいしょ、と彼もベンチから立ち上がるとスタスタと歩み寄ってくる。足が長いからか、すぐ私の目の前だ。身長のせいで、首が痛い。
疑心から、深く聞いてみようとすれば、腕が掴まれた。そして、ぐいっと引っ張られて前に倒れ込む。
何故か、私は今、五条くんの腕の中だ。
「っ!?」
驚いて離れようと胸板を押したけど、逃れられない。それでも抵抗しようとすれば、くいっと顎を持ち上げられてそのまま唇を奪われた。
誰が想像していただろうか。同級生とキスをしてしまうなんて。意味が全く、分からない。
「……とりあえず、付き合っちゃう?」
混乱と羞恥で熱が上がる私を気にすることなく、彼は平然と何事もないように適当な提案をしてみせるんだ。
「待って、キスした意味はどこにあるの」
「え、好きだから」
軽々しい告白なんて生まれて初めてだ。でも、それよりもされた行為の方が気になって聞けば、簡単に言われてしまった。
鈍感じゃない限り気づくだろうけど、動揺は隠せない。
「……だから、足枷になるの?」
「付き合ったら、少しは地に足付けられるんじゃない?」
どんどん頭の中が混乱してくのも、もしかしたら、五条くんの計算通りなのかもしれない。
どんどん彼の言葉がそうなのかもしれないと、思い始めてきた。
「……じゃあ、足枷になって」
「もちろんいいよ」
彼を選んでいいのか、今の私には分からない。けど、差し出してくれる手を掴まないなんて言えるほど私は強くはないから甘えてしまおうと思った。
背中に手を回してぶっきらぼうに言えば、どこか嬉しそうな声が落ちてくる。
本当は、ずっと。幼い頃から求めていただけなのかもしれない。ただ私を見えくれる人を。
クズだし、デリカシーない男だけど、伝えられた言葉は全然嫌じゃなくて。寧ろ、空いていた心の中の穴が少し、埋まった気がした。
ワンドロテーマ「足枷」