狡いあなたに


”今日、ヒマ?”

 思いを寄せている相手からそんな連絡が来たら、女の子というものは胸をときめかせるのだろう。
 私ももちろん、その一人。
 ――でも……

「五条、お前に口はないのか」

 素直じゃない私は、そんなことしか言えない。
 でもまあ、隣にいるのにわざわざメッセージを送る必要なんてないからこそ、かもしれない。

”ヒマだよね、伊地知から聞いた”

 私の疑問に答えることなく、またピロンッ、ピロンッと画面上に通知が現れる。

「っ、」

 ピロンッ、ピロンッ、ピロンッ、ピロンッ。
 まだ続く通知に流石にイラッとした。
 メッセージアプリを開いていない私を邪魔するように画面の上に現れては消え、現れては消え、を繰り返すんだから。
 そしてなによりこれが五条のただの暇つぶしで、嫌がらせだって分かるから余計に。

「今イベント中なんだよね!? パフェコン目指してんの!! 見て分からん!?」

 そう、私は現在進行形で某二次元アイドルのリズムゲームをしている。
 ボタンは全部で七つ。ボタンの種類は四種類。それを流れる音楽に合わせて押すだけのゲーム。

 それだけだと言っても、決して簡単なことでもない。私がやってるのは難易度MAXのPro。だから、通知が入るとどうなるのか。
 手数が多く、種類あるボタンの認知が少しでも遅れれば、連続コンボなんて簡単に零れ落とす。

 今回のイベントはポイントさえ稼げれば、私の推しキャラが手に入る。だからこそ、早く多くのポイントを稼ぐためにパフェコンを目指したい。
 でも、五条悟という男はそれを分かった上で邪魔してきてる。
 もはや、私の敵でしかない。今特に。

「あー……っそう!そうくるのね!」

 どんなに訴えても返ってくる言葉はない。いや、あるにはある。それは全て私を邪魔する通知として。

 どんどんスピードを上げて流れる通知のおかげで、「五条悟からメッセージが届きました」しか表示されてない。だから、なんて送ってきてるのか、今の私には確認するすべはない。でも、邪魔は邪魔。

 こうなったら、スマホの画面半分上はないモノとして考えよう。
 ボタン間近で判断して、指のスピードを早め、タイミングを合わせて押そう。そう、決めた。

「……」

 突然、通知の嵐が止んだ。
 私にその攻撃が通用しないと分かったからか、暇つぶしにならないと思ったのか。いや、ただ単純に飽きただけかも。
 曲もサビに入って、難易度が上がる。だから、いま通知がなくなったことは僥倖。
 これはもしかして、もしかするとパフェコン行けるかもしれ合い。

「……」
「…………」

 スマホから目を離したのか、横に座っている私を見ている気がする。てか、視線が突き刺さってる。
 五条は目隠してるし、どんな顔してるか分からない。いや、そもそも私は画面から目を逸らせないから分からない。
 けれど、感じ取れる。穴が開きそうなほどの視線。

 また違う別の攻撃に身体が緊張する。
 待って、指が鈍くなった気がする。コンボ600超えたってのにそれはあんまりだ。
 五条なんかに負けない。その気持ちだけで無視して指を何とか動かした。

「……ねえ、そんなものにハマって楽しい?」

 でも、そんなの許してくれるわけがなかった。
 七つあるボタンを全部横スクロールする流れが三回連続で来てる。そんな鬼畜な譜面が来ている時に、顔を近付けて聞かれた。

「黙ってて!?」

 この曲知っているのかと思うほど、タイミング良く邪魔してくる五条が憎らしい。 
 なんとか、その譜面をクリアすると私は声を荒げた。

 最初に口はないのか、と聞いたのは私だけれど。
 ゲーム中はやっぱり邪魔して欲しくないわけで。
 申し訳ないけど、頼むから邪魔しないでほしい。切実に。

「…………」

 彼は顔を引くこともなく、ただ間近で私の顔を見つめてきたまま、黙ってるぽい。
 顔が近いのは気が散るけれど、黙ってくれただけでもありがたい。
 
「……ふぅ」

 それにもうサビの盛り上がりも終わり、あと少しで終わる。
 今やってる曲はProの中でも難易度の高い曲。パフェコン……ううん、フルコンも出来たことのない曲。
 それがこんなに邪魔されても出来ている奇跡に正直、ワクワクしていた。それはもう私、天才!って思うほどに。
 これを逃したら、きっと二度とパフェコンなんてできないだろうから、絶対に今成功させねば、と。

 視界の端で見える五条は顔を離して、またソファに寄りかかっている。
 今度こそ、諦めてくれたらしい。

「!」

 最後のボタン。これを押せば、パフェコンと言う時に、ピロンッとまた通知が現れた。
 その通知をチラッと見てしまった私は、最後のボタンを押し忘れる。

 せっかくのパフェコンのチャンスを逃して終わってしまった。
 推しが褒めてくれるけれど、見てしまった通知にフリーズしてるから、そんな言葉なんて入ってこない。
 私の中で眠っていたマグマがブワッと噴火したように熱が上がる。顔が、熱い。きっと、顔が赤い気がする。

「……」
「何、その顔」

 驚きすぎて口が勝手に開く。ギギギッという音が聞こえてきそうなほど、ぎこちなく、隣に座っている人物に顔を向けると五条はふっと笑う。
 なんでこんなに余裕があるのかわからない。

「……マジ?」
「マジマジ」

 ぽつりと聞いてみれば、あっさりとした回答。
 突然、布団が上から落ちてきたかのような衝撃で頭が回らない。

「……」
「そろそろ悠仁たち帰ってくるかな」
「あ、ちょ……ご、五条!?」

 目がしょぼしょぼする。瞬きをするのを忘れていたみたい。
 瞬きをすれば、彼は肩を竦めると立ち上がった。
 
 何事もなかったように教員室を出ていこうとするから、慌てて呼び止めようと腕を掴めば、五条はニヤッと笑う。
 まるで、そこまで計算されていたかのように。

「じゃあ、また夜にね」
「私、行くなん――……」
「行かないの? 行きたがってた店なのに?」
「……」

 ぽんぽんと優しく頭を撫でて言うけれど、私はまだ了承してない。てか、誘われたメッセージすら見てない。
 だから、素直になれなくて抵抗しようとしたけど、それは最後まで言わせてもらうことなく、食い気味に聞かれた。
 五条の手にあるスマホに表示された店は予約しないと入れない店。しかも、なかなか予約が取れない人気な店でずっと行きたいと騒いでいた店。
 それもあって、はっきりと言い返すことが出来なかった。行く、とも、行かない、とも。

「……その時、聞くから」
「っ!」
「逃げるなよ」

 彼は私が観念したと思ったらしい。何でもかんでも彼の手のひらの上で転がされているみたい。
 腰をグイッと曲げて、私の耳元で囁く。その声にびっくりして肩が揺れるけれど、続く言葉に胸が跳ねた。
 ただでさえ、熱い体がどうにかなりそうになる。

「じゃあね〜」

 曲げていた腰を正して、踵を返してはひらひらと手を振る五条は去っていく。

「……送りすぎ」

 固まった身体をほぐすように目を閉じて息を吐き出すと手に握っているスマホに目を落とした。
 先ほどやっていた曲の成績が出ているまま。でも、今はそれはどうでもいい。もうどうでもいい。
 アプリを閉じて、メッセージアプリを開くと一番上にあるのは五条悟。
 なんかい細かく分けて送ってきたのか。10件は溜まっていて、思わず笑ってしまう。

「…………はあああああああ」

 最新のメッセージが私のパフェコンを逃した原因。
 彼の名前をタップして既読をつけてみても、一番下にあるメッセージは同じもの。
 見間違いかと思ったけど、やっぱり見間違いじゃない。

”僕のものにならない?”

 そう書かれたメッセージにため息が出る。 

「ほんっっっとうにずるいんだから……」

 スマホをぎゅっと握ってソファにもたれかかって零したそれは静かな教員室ではなかなかに響いた。
 
 答えなんて、決まってる。最初から、決まってる。
 でも、わざと答えを遅らせた彼の気持ちが分からなくてそのまま、ソファに倒れ込んだ。

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