彼が


「いらっしゃいませー、どうぞごゆっくりして下さい」


今、週一の楽しみであるネコカフェに来ている。
私の唯一の癒しの時間だ。
 

「二葉、元気になった?」
「ニャー(元気だよー)」
「そっか、良かったね」


カフェの奥に三毛猫の二葉が丸まっているのを見つけた。
以前来た時は元気がなかったため、気になっていたのだ。
私が二葉に近寄りながら声を掛けると二葉は軽く伸びをして私に擦り寄りながら返事を返してくれる。
その返事を聞いた私は安心したように二葉に声を掛けながら頭を撫でた。

 
「ふふ、お客さんが私たちより早く気づいてくれるから元気になるのが早いんですよ」
「お役に立てているなら良かったです」
「お客さんはまるでネコたちと会話が出来るみたいですね」


二葉を私は抱き上げて首の下を撫でてやるとゴロゴロと気持ち良さそうに喉を鳴らす。
店員さんは嬉しそうに私に声を掛けて感謝の意を伝えてきたので私も笑顔で言葉を返す。
店員さんはネコと私の様子を見てクスクス笑いながら更に言葉を掛けてくれる。


「…ふふ、そう見えるなら嬉しいです」
「また何かあれば声掛けてくださいね」
「はい、ありがとうございます」

彼女のその言葉に私は内心ひやりとした気持ちになったが冗談で言葉を返すと店員さんは言葉を返して私のもとから去っていった。



……実はその通りでネコの言葉が分かります、



なんて言えない。



二葉を撫でながらも店員さんに言われた言葉を思い返して自嘲した。
そう、私は動物の言葉が分かってしまう…流石に人の心まで聞こえないけど。


「ニャ?(どうしたの?)」
「ふふ…ううん、なんでもないよ…あ、アリス。こんにちは」


そんな私の声が聞こえて不思議に思ったのだろう…二葉は先ほどまで瞑っていた目を開けてきょとんとした顔をして私に問い掛けてくる。その姿が可愛らしくて思わず笑みがこぼれる。二葉に言葉を返したところで私の足に手をついてくる白い毛のライトブルーのネコ…アリスに挨拶をする。


「ニャ♪(こんにちは♪)」
「機嫌がいいね」
「にゃーん♪(あのお兄ちゃんに遊んでもらってた♪)」


いつもよりテンション高いアリスの姿に私も笑顔になり、声を掛ける。
すると、アリスはある方向を見て話をしてくれる。
どうやら他のお客さんで沢山遊んでくれた人がいたみたいでアリスの見ている方向を私も見てアリスが誰と遊んでいたのかを教えてもらう。

 
(…赤髪……っていうか不良っぽいけど…ネコにデレデレ…面白い人)
「…?……!」


アリスの見ている方向を見るとそこには赤髪の少年…成りはいかにも不良少年と言った柄の悪さを印象付けるような格好をしているが、彼の表情を見ると真逆…ネコが可愛くて仕方ないのかネコじゃらしを振りながらデレデレした顔をしていた。

じっと見ている私の視線に気づいたのか彼は感じる視線の先にいる私を見ると目を見開いて驚いた顔をしていた。
 

(なんだかネコみたいな人だな…)
「アンタ、もしかしてネコ先生?」
「……ネコ先生?」


彼は驚いた顔をしたと思ったらじとっと目を据わらせてじっとこちらを見てきた。

まるでその様は警戒しているネコそのものだった。

私はくすくすと笑って彼に微笑み返すと彼は私の元へ寄って来ると不思議なことを言い出した。
私は彼が言っている言葉が理解できずに首を傾げて鸚鵡返しをするしかなかった。
 

「ネコと喋る女がいるって有名だろ、それアンタじゃねーの?」
「そんな噂があったの…?うーん…私は喋ってるというより勝手に話しかけてるだけだよ?」


彼もまたきょとんとした顔して噂を私に教えてくれてその人物が私であるかを確認してくる。
まあ、その噂は事実ではあるんだけれど公にしたくない気持ちが大きい私は誤魔化しながら言葉を返す。


「だとしても話してるってことは噂のネコ先生はアンタだな」
「んー…その噂自体、今初めて知ったから肯定も否定もしづらいんだけど…」


見つけて嬉しいのかニッと効果音が着きそうな笑みを彼は私に向けるが私は事実だとしてもその噂を聞いたのは初めてだったのでただただ苦笑してしまうばかりだ。


「なあ、どうやって会話してんだよ」
「どうやってって…普通に話しかけてるだけだよ?」


彼はそんな私の気持ちを知らずにわくわくした顔をして私に問い掛けるが私にとって動物と話すことは人間と話すことと変わりないので説明しようにも難しくてありきたりな答えしか返せない。

 
「にゃー(だっこしてー)」
(タイミングちょっと悪い…)
「なあなあ、なんて言ってんだ?」


赤髪くんと私が話をしているとアメリカンショートヘアのネコが私の足にしがみ付いて催促をしてくる。

タイミングの悪さに私は思わず苦笑してしがみ付いているネコを見つめると赤髪くんはネコが何を話しかけてきているか気になったようで私に問い掛けてくる。


「…言っておくけど、私はネコの言葉分からないよ?」

 
私はその噂はデマだと信じてもらえるように動こうと決めて偽りの言葉を彼に問い掛けながらしがみ付いてくるネコを抱き上げた。ネコはうれしそうに私の頬をすりすりとする…ちくしょう、可愛いな。


「ふーん…なんだ、つまんねーの」


赤髪くんは私の言葉に興が冷めたのかつまんなそうな顔をして私の元から去って行った。

 
(な、なんなんだ!あの赤髪!!)
 

話しかけるだけ話しかけておいて興味がなくなって去る姿はまるでねこそのものだが、人間がやると憎たらしく見える。


「…おい、お前どうしたんだ?」
「…?……!!」
 

去った赤髪くんに若干苛立ちながらもネコに癒されようとした時、彼の声が私の耳に届く。

その声音は強張った声だった為、不思議に思い振り返ると倒れている猫に話しかけている彼の後姿が見えた。


「赤髪くん、どうしたの?」
「いや、こいつ!さっきまで歩いてたのに急に倒れたんだ!」
「!?…ちょっと退いて!」


気になった私は躊躇いもなく赤髪君に話しかけると焦った様子で彼は私に説明をしてくれる。

私はその彼の言葉に驚いて彼を退かしてネコの様子を見る。


「陽、どうした?大丈夫?どこか痛い?」
「……、にゃ、…うぅにゃ(…、痛い…苦しい)」
「………?ごめんね、お腹触るよ?」


横たわるペルシャネコに呼びかけると微かに小さい声で鳴く猫の言葉を頑張って聞き取ったけど、意味が分からず更に声を掛けてそっとお腹に触れてみる。お腹に触れるとお腹が見かけでは大きくなっているかなんて分からないくらいの大きさだが、触れると分かる大きさだ。


「お、おい…どうなんだよ!」
「……赤髪くん、店員さん呼んで。あと毛布を貰ってきて。」
「は、はあ?」
「いいから早く!」


私の反応が分からない赤髪くんはじっとできず私に声を掛けてくる。

私は冷静に彼に指示を出すと困った顔をして聞き返すが私は問答無用で急かすと彼は急いで店員の元へと行った。
 

(…お腹のふくらみから見て25日程度かな…)
「お客さん、どうされましたか!?」
「この子、妊娠しているみたいです。恐らく25日程…でも、様子がおかしいのでかかりつけの獣医に行った方がいいと思います」
「「え!?」」


私はお腹のふくらみを見て25日程度だと見込むがそれにしても痛みを訴えるというのは危険な気がした。

私も焦りを感じた頃に赤髪君が連れてきた店員さんが私に声を掛けてくれると私は極めて落ち着貸せた声音で陽に起きている事を説明すると店員さんと赤髪くんは驚きの声を上げていた。

 
「病院名を教えてください。私が連れて行きます」
「そんな申し訳ないので…!!」
「でも、今日はいつもより店員さんが少ないですよね?私のことは気にしないでいいのでこき使ってください…それにこの子のためです」


赤髪くんが受け取ってきた毛布を私は貰って陽をそっと毛布に包み込むと抱きかかえて店員さんにかかりつけ獣医病院を教えてもらおうとするが、向こうも接客業の為か客にここまでされると申し訳ないと感じたようで別の意味でも焦り始めた。

いつもより店員の少ないこのネコカフェに緊急で病院に連れて行ける人はいなかったから私は真剣に店員さんに話しかける。


「…分かりました。申し訳ございませんが、お願いします。かかりつけ病院は四葉病院です。」
「分かりました。赤髪くん!行くよ!」
「え、あ、お、おう…」


店員さんは困った顔して悩んでいたが私の言葉に納得したのか私に陽のことを任せてくれた。

私は店員さんの言葉に頷いてすぐさま病院にいこうと立ち上がり、ついでに赤髪くん煮声を掛けると赤髪くんは戸惑いながら私の後をついてきた。

私たちは無事に四葉病院につくことができ、獣医にスムーズに陽を診察してもらうことが出来た。

ネコカフェへと陽を戻しに行ったら心配していた店員さんたちが嬉しそうに陽を抱きしめると陽も嬉しそうに甘えていた。
私の読みどおり妊娠25日程経っていたけど…倒れた原因はマタタビにあったみたいだ。
 
私たちは店員さんたちに感謝をされながら帰路すると…赤髪くんとまさかの同じ方向だった為、一緒に帰っているわけで…



____________________________



「やっぱネコの言葉が分かるんじゃねーか?」
「もー…しつこいよー、赤髪くんー」
 

帰路の途中、やはり出てくる話題はネコの言葉が分かるんじゃないかという疑惑で。

 

じと目で彼は私に問い掛けてくる。
ここまで疑われるとしつこくてげんなりする。


「勝手に話しかけてるだけって言いながら会話になってるから気になるだろ」
(…もう、気味悪がられるから言いたくないけど逆に離れてくれるなら…)


まだまだ疑いの目を私に向けてくる赤髪くんに私は目を閉じて深いため息をつく。
気味悪がられるトラウマを持ちながらも離れてくれるなら逆に利用してやらない手はない。

 

だから、私は…

 

「…そうだよ、動物の言葉が分かるよ」

 

これで気味悪がって去ってくれればいい… 
私はそう思って彼を見据えて冷たく言葉を放った。


「すげぇ!!」
「…は?」


だけど、私が望んでいた言葉でなく目をキラキラ差せて感動している彼の姿があった。
私は予想外の反応に気の抜けた声を出してしまった。


「なあなあ、いつもどんな話してんだよ」
「………、」
 

彼は興奮しているようで私の話に食いついて質問をしてくる。
私が望んでいた展開じゃなかったため、ただただ呆然と彼を見ることしか出来なかった。


「…?どうした?」


呆然としている私に気づいた彼は首を傾げて私の目の前で手を振る。
 

「……ふ、…ふふ…」
「お、おい…?」


私の望んでいた…いや、本当は望んでなんかいなかった。
このことを打ち明けるとどんなに仲良かった子でも不気味に思い、私から離れていく。
望んではいないけど期待したら裏切られるから。だから、離れていくように仕向ける為に言った。ただそれだけ。

だけど、彼は私が本当に欲しかった反応をくれた。

それがおかしく思えて思わず声を出して笑ってしまった。
彼は戸惑いながら私を見ているのだろう、視線を感じる。


「ごめんごめん、君は不思議な人だね」
「だから何がだよ?」
 

君の一言に救われた。初めてのことで涙が出そうだ。
私は精一杯の笑みを彼に向けた。

私の言葉が意味がわかっていない彼は眉間に皺を寄せて首を更にかしげていた。


「くす…今度ネコカフェで会った時に教えてあげるよ、何を話してるか」
「!!お、おう!」


彼のしぐさがネコが首を傾げいるように見えてしまい私はまた笑みを溢す。
そして、彼の前を歩きながら今までの私ならありえない約束を彼にする。
言葉を言い切った私は立ち止まっている彼のいる後を振り返ると彼は言葉の意味を理解したようで嬉しそうに返事を返してくれる。

「…ところで教えて欲しいんだけど」
「何をだ?」

私はふと思い出したことがあった。
彼とは謎のファーストコンタクトだったあまり聞くことを忘れていた。
私は彼に教えて欲しいことがあると会話を切り出すと彼はきょとんとした顔をする。

 「君の名前は?」
 
彼の顔を見て私はまた笑みを溢して聞いた。



彼が
菅原梅樹と知るまであと5秒


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