我慢は三度まで

※媚薬
※微裏(だと思い込んでます)




「っ、……っは!」


 薄暗くて狭い部屋の片隅で刀を手にした男は額に汗をかいている。
 彼は頬を赤らめては眉間にシワを寄せ、歯を食いしばっては手に持つ刀で自身を切り付ける。


(安定の奴…何が風邪薬だ…変なもん飲ませてくれてん、の…)
 

 はあはあと荒い呼吸をしながら彼はこの状況に追い込んだ主犯の人物の顔を思い浮かべては恨めそうに毒を吐いた。
 どうやら彼が風邪薬だと渡されて飲んだものは性欲を増進する薬…または相手に恋心を起こさせる薬で有名な媚薬のようだ。


「くっ、……は、ぁ…」


 彼の頬から汗が滴り、顎へと垂れるとそれはゆっくりと床へと流れる。

 彼は自我を保つ為なのか刃をぎゅっと握った。
 握った手のひらからはじわりと赤い液体が滲み出ており、それはぽたりぽたりと雨の雫のように落ちる。

 痛みに顔を歪ませながら深く息を吐いた。


「あー…っ、……まだ夜は明けない、か…」


 彼は額にへばりついた前髪をかきあげて上を向くように顔を上げる。
 彼は障子越しに見える月の淡い光に日が登っていないことを理解したようだ。

 本能と理性が戦っている為か疲れているようにも見える彼の呟きはどことなく色気の孕んだ声音にも聞えるから不思議だ。


「………………清光?」
「っ、あ、主…!?あ、開けないで!!」
 

 障子越しに可憐な声音が彼の名前を呼ぶ。
 声の主に清光は目を見開いては言葉に詰まらせた。

 どうやらそうとう彼女がそこにいることは驚きの事実らしい。
彼は声をひっくり返しては声の主を呼ぶと彼は珍しく大声を上げては必死に障子の向こうにいる彼女へお願いをした。


「っ!?」
「た、頼むから…っ、開けないでそのまま自分の部屋に戻って」


 あまり聞かない彼の大きな声に驚いたのか彼女は戸を開けようと伸ばした手をビクッとさせて手を止める。

 彼はまだ開けられていない戸に少し安堵の表情を見せると彼女にもう一度言い聞かせるように言葉を紡いだ。


(じゃないと、…俺の理性が……)
 

 障子を挟んだ向こうに彼女がいるということに欲が顔を出しているのか清光は抗うように刃を握る手の力を強める。

 空いている左手で自身の胸を抑えるように服をぎゅっと握る彼は顔を歪めた。


「何でここに……それに苦しそうだよ…?」
「大…丈夫、だから……っ、は…ぁ」


 廊下にいる彼女は眉を下げ、何故この本丸の端に位置する納戸に彼がいるのか疑問を持つ。

 しかし、それよりも無理に呼吸を殺しているような彼に何かあったのかとばかりに心配をした。

 彼は掠れた声で彼女を心配を打ち消そうと言葉をかけるがそれとは真逆にどんどん体は簡単に理性を壊そうとする。
 

(体が…あ、っつ……)
 

 荒々しい呼吸をしながらまだ理性を保とうとする彼は体の熱さに抗うように握り続けている刃を更に握った。

 だいぶ前から握っている刃の真下の床は彼の血が溜まっている。


「………悪いけど、入るからね。清光」
「ちょ…っ、!」


 彼女は彼の状態が異常なのだと判断したのか固唾を飲み込み、語気を強めて中にいる彼へ言葉をかけた。

 まさか忠告を無視して入ってこようとするとは思わなかったのだろう。
 清光は目を丸くして言葉を口にしようとしたが、もう遅い。

 彼女はスパンっと良い音を響かせながら障子を開けた。
 

「!!」
「………はぁ…開けないでって…言った、のに…」


 彼は白いシャツに黒のベストを着用し、黒いズボンを履いて赤い襟巻きをしている。
 しかし、彼が着用している衣類は刀で切り付けられたのか布が裂かれており、肌から血が滲んでいるのが見えた。

 彼の頬には切り傷もある。
 そして、何より鞘に収められていない刀を握っている彼の手が血で濡れていた。

 彼女は思ってもいない光景に言葉を失う。
 清光は息を漏らし、据わった目で彼女をちらっと見ては文句を言う。
 

「な、…に、してんのよ…このバカ刀!」
「は、はぁ!?」


 彼女は肩を震わせてぎゅっと両の手を握り、拳を作りながら大きな声で彼に罵声を上げた。

 まさか彼は卑下にされる言葉を浴びさせられると思っていなかったのか苛立っているような表情をして声を上げる。

 
「何で自分の刀で自分を傷つけてるのよ……!」
「それは……って、近寄んないで…!」


 彼女は泣きそうな表情をしながら文句を言い続けた。
 彼は彼女から目を逸らして言い訳を考えていたがそれを待たずに彼女は敷居を跨いで彼のいる納戸の中へとズカズカ歩み寄る。
 

「何バカなこと言ってるの?手当が先でしょ」
「っ、…!」


 彼女は眉を釣りあげて彼の言い分を却下すると彼の前に座り、頬に触れた。
 しかし、薬の効いている彼には彼女のその行動は甘美な誘惑に感じるのだろう。

 ビクッと反応しては彼女の手から逃げるように頭を後ろに引くと刃をぎゅっと握る。


「き、清光…?」
「っ…は、…お願いだから…触んないで……ぁ、っ!」
 

 彼らしくない行動に彼女は戸惑いを見せながら彼の名前を呼んだ。
 しかし、彼にとっては今、彼女に名前を呼ばれるのも厄介極まりない。

 必死に本能と戦ってきた理性がだんだんと崩れ落ちるように清光は更に息を乱した。
 彼はそんな中、苦しそうな顔をしながら彼女へ懇願する。


「清光…ちょっと大丈夫…!?」
「あーもー…頼むから…」
(触らないで…言ってるのに……!)
 

 様子のおかしい彼に彼女は焦りを見せて肩に手を置いて揺らした。
 薬を盛られている体には彼女の触れた体温ですら刺激になっている。

 敏感になっている彼はなかなか言うことを聞かない自身の主に苛立ちを覚えながら肩に触れる手を手に取り、ぐいっと引っ張ってはぎゅっと抱き締めた。
 

「清光…?」
「……薬、」
 

 ぎゅっと抱き締められた彼女は彼の行動にきょとんとしながらまた名前を呼ぶ。
 苦しいほどの力で抱き締められる彼女は少し困ったような表情を浮かべた。

 彼は抱き締める力を強め、彼女の肩口に顔を埋めてはポツリと単語を口にする。


「……は?」
「っ、………盛られた…」

 
 彼が発した単語の意図が分からないのか彼女は素っ頓狂な声を上げた。
 彼は衝動的に抱き締めた女性特有の柔らかさに固唾を飲み込む。

 そして、どこか恥ずかしそうに先程の単語に繋がる言葉を零した。

密着度を上げるように彼は彼女の腰に手を回してぐっと抱きしめる。


「く、薬って……もしや、」
「……………………………」


 彼女はそこまでの彼の言葉に頬を引くつかせた。
 密着度を上げて抱き締められたことにより分かる下部に当たるなにかを感じ取ったのだろう。
 顔を赤くさせて彼が言いたいことを理解したように言葉を紡ぐ。

 彼は彼女の言葉に返答することはなかった。
 それは彼女の予想を肯定しているようにも見える。


「って、何でそれで自分を傷つけてるのよ」
「そーでもしないと……っ、襲っちゃいそーだから…」
「…………安定を?」
 

 彼女はハッとしては彼の胸板を押して距離を置くと彼の顔を見ながら眉を下げて言葉をかけた。
 媚薬を飲んだとしても自分を傷つける理由にならないと思ったのだろう。

 彼は彼女の真っ直ぐな瞳から逃げるように目を逸らして理由を述べる。
 彼の言い訳に彼女は首を傾げて問い掛けた。


「はあ?」
「……え?」
 

 突然彼女の口から出る他の男の名前に彼は表情を暗くする。
 彼は先ほどよりもワントーン低い声で短く言葉を発した。

 彼の反応からして自分の言った言葉が間違っていることなど知りもしない彼女はキョトンとした顔をして彼を見つめる。


「はああああ〜…」
「え、清光?」
 

 清光はまるで分かってない彼女に深い溜息を付いた。
 彼女は懐から手ぬぐいを取り出しては彼の握っている刀を貰い受ける。

 そして、刀身を鞘に収めながら彼の名前を呼んだ。


「主のせいで俺の理性が限界を達したんだけど」
「何言っ……っん!?」
 

 彼女の発想に呆れ、また落胆したのだろう。
 彼はげんなりした表情をしてぼそっと言葉を紡ぐ。

 彼女は意図を理解できないまま傷ついた手のひらを手ぬぐいで応急処置をした。
 彼女は言葉を口にしようとしたがそれは彼の唇によって塞がれてしまう。


「………開けないでって言っても開けるし、触らないでって言っても触るし…言っても聞かないんだから抱いていいよね?」
「っ!?」

 
 なけなしの理性もここまでのようだ。

 彼はそっと唇を離すと綺麗な赤色をした唇を親指の腹でなぞる。
 そして、この数分間我慢に我慢を重ねていた事を告白した。
 彼はその言葉と共に彼女を押し倒すと本能を露わにする。

 まさか性的な意味で自身が見られてると思っていなかったのか彼女は顔を真っ赤にさせて驚いた表情をしていた。


「てか、もー…限界……主柔らかいしいい匂いするし…もー…我慢してたのバカみたいじゃん…」
「え、ちょ……きよ…っんん!」


 彼は彼女の首筋に唇を寄せ、軽く口付けを落とすとすんっと彼女の匂いを嗅ぎながら言葉を零す。

 獣のような鋭い目付きをしている彼を前に彼女は冷や汗をかいて彼の名前を紡ごうとしたが、最後まで紡げずに終わった。
 奪うように唇を塞がれたからだ。

 
「んん…は…ん……」
「っんん…!」


 彼は何度も角度を変え口付けを落とすと薄く空いた唇から舌を捩じ込ませる。
 自身の舌と彼女の舌を絡め、貪るように深く口付けた。

 息が出来なくて苦しいのか。
 彼女は彼の胸板を叩くとそっと唇を離す。

 離れた唇からは銀色の糸が張ったように繋がるものに彼女は更に顔を赤くさせた。

 
「…………文句は明日聞くから、ごめん…」
「……っ、」


 彼はもはや本能で動く獣になりかけているのだろう。
 彼は苦しそうな表情をしながら彼女へ謝罪の言葉を述べた。

 妖艶にも見える彼の表情に彼女はぞくりとし、体を火照らせる。
 返す言葉を失った彼女はただ息を飲み込み、彼から注がれる愛にただ必死に受け止めるしかすべはなかった。


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