花舞病-桃の花-
俺はおもに主の近侍を任されてる。だから、当然彼女は俺の隣に居る。
目の前の書類の山に焦りながら処理をする姿に眉を下げた。
相変わらず書類作成苦手な彼女に笑みが零れる。
「ハックシュンッ!」
鼻の奥の方でツーンとした。
あ、出る。これは。
そう思った瞬間、くしゃみが出た。
鼻をすすりながら俺は首を傾げる。
「花粉症ひどいね…」
「薬飲んでるの……に……って、え?」
主は俺の勢い良く出たくしゃみを見ては眉を下げる。
大変そうに見守っていた。
俺は不思議で仕方なかった。
薬を飲めば落ち着く。
まだ薬の効果が切れるには早すぎたから。
眉間に皺を寄せてもう一度鼻をすする。
すると、ひらりと手の甲から一枚の桃色の花弁が床へと落ちた。
あれ、花びらなんか付いてたっけ?
そう思った俺は自分の手の甲を確認するように見た。正直戸惑った。
見た手の甲は鱗のような肌になっていた。
尚更、意味が分からなくて固まった。
そう表現するのが一番近いと思う。
「………清光」
「……」
「薬研の所に行こう」
主もまた俺の手の甲を覗くように見る。
それを見た瞬間、彼女は固まった。
どうしたんだろう?
そう思ったら、俺の名前を呼ぶ。
けれど、その呼ぶ声は硬い。
俺は思わず目を見開いて彼女を見つめた。
そんな硬い声を聞いたのは久しぶりだったから。
彼女は俺の返事を待たずにガシッと見ていた手首を掴むと、真剣な顔をして唐突に立ち上がった。
俺の手を引っ張る姿はどこか焦っているようにも見える。
「ちょ、主!?」
「それ、花舞病だから早く原因究明するわよ」
グイグイ引っ張る彼女。
こんな姿はまあ、珍しい。
俺は驚いて目を見開いて思わず彼女を呼んだ。
俺の言葉を聞いているのか。いないのか。
彼女は表情変えずに言葉を紡ぐ。
引っ張る力が強くて思わず、俺は立ち上がった。
「は、花舞病?」
「肌が鱗みたいになって、花弁になって散っていく病」
「……何、その気持ち悪い病気」
聞き慣れない病名に戸惑う。
何それ。
俺は首を傾げると彼女はああ、そうか。と思い出したように言葉を紡ぐ。
聞く限りの症状に俺は想像力を発揮させた。
肌が鱗だらけの花びらになるの?
え、何それ。気持ち悪い。
顔の血の気が下がったのを感じた。
思わず顔を歪め、思ってることが口から出ていた。
「あんたが今なってる病だよ」
「え、えええ!?」
他人事のように呟いた俺の言葉に主はため息をつく。
そして、現実を突きつけるように言葉を吐いた。
どうやら俺は花粉症以外にも患っていたらしい。
その事をやっと理解した。
した途端、驚きを隠せない。
いや、突然そんな変な病気になると思わないじゃん。
いろんな感情が混ざりあって大きな声を上げてしまった。
◇◇◇
俺と主は薬研のいる治療室にいる。
来て主が事情を話した途端。
話は進む進む。
正直…俺がついていけてない。
けれど、勝手に進む話はどうやら結論に至ったようで。
俺は有無を言わさず両腕を差し出させられていた。
「……あ、主…」
「ダメ」
腕を出した俺の目の前には針を手にした主。
その表情は真剣そのもので。
俺は頬を引き攣らせた。
なんで腕出して針を持った主と対峙しなければいけないのか。
それが不思議で仕方ないし俺は主に声かけるとピシャッと言葉を遮られた。
俺の腕は主の手にある針で刺されてる。
刺した箇所に花粉を混ぜた水を塗られた。
なんか花粉の適応?を見ているらしい。
それにしてもあと何回刺されればいいの?
そう疑問に思ったから声をかけたんだけど。
「まだ俺、何も言ってない…」
「痒いんだろうけど我慢」
まだ何も言っていないのに却下される。
思わず口を尖らせた。
彼女は花粉を含んだ水を腕に垂らしてはその経過を見る。
そして、俺を子供のように言い聞かせた。
「いや、痒くないんだけど…まだやるの?」
「薬研、他にこの花弁に似た花粉はあった?」
俺はその言葉に眉間に皺を寄せる。
手に花粉症の反応が出るか試してる箇所がもう何十箇所以上。
意味があるのか分からないこの作業にため息がでる。
俺の話を聞かない主。
いや、聞こうよ。
そう思いながらも彼女は花粉と水を混ぜてる薬研に声をかける。
患者の話は放置?というか、なんで薬研じゃなくて主がやってるの?
色々と疑問が頭の中を駆け巡っていった。
「いや…これが最後だな。やってやれ、大将」
「うん」
薬研はふるふると横に首を振る。
最後の実験とばかりに主は腕に針を指した。
そして、最後の花粉と水を混ぜた水滴を刺した箇所に垂らす。
今まで垂らされた花粉水はあまり感じなかった。
だけど、最後の一滴は何十箇所と垂らされた花粉水と違ってたんだ。
「……あ、これ、一番っっ、痒い…っ!!」
「…これ、やっぱり桃の花?」
針を指した肌からじわじわと花粉水が染み込む。
それは水分を欲してる肌に答えるように。けど、水に含まれた花粉は俺の体が拒否反応を起こしていた。
つまり、想像以上に痒い。
今までの花粉の中で痒い花粉水は肌を赤くさせる。
俺は痒さのあまりに眉間の皺を深くさせた。俺の反応を冷静に分析する主。
心配してよ…冷静な主が憎く感じる。
いや、それよりも気になる言葉…。
「やっぱりって何!?」
「ああ、十中八九そうだろうな」
そう、何でやっぱりなの?
最初から目星ついてたの?
そういう考えが巡って思わず突っ込んでた。
けれど、それもまた華麗に無視される。
今、空気になってる。
そう感じた。
薬研も主の言葉にこくりと頷く。
どうやら俺の病気の原因?が分かったらしい。
「いや、こういう時ばかりは花粉症で良かったね」
「は?」
薬研の診断もあってか主はふうと息を深く吐いた。
そして、俺に向かってにっこり微笑む。
言ってる意味が分からない俺はキョトンとするしかない。
花粉症で良かったとか。
思ったことないんだけど。
むしろ、辛いから治りたいんだけど。
「花舞病って、最期は花になって散っていく病気なの」
「っ!?」
主は俺の顔をじっと見つめる。
どうしたんだろう。
そう、思っていると唐突な言葉が降りかかる。
俺がなってる病気の恐ろしさ。
初めて知る自分がなった病の結末に息を飲んだ。
誰だって死ぬ病気だと聞かされれば驚くでしょ。
だけど、俺の主はさらりと恐ろしいことを告げる。
そのことに対して俺は頬を引き攣らせた。
俺が死んでもいいのかな?なんて一瞬頭を過る。
そんな考えは馬鹿げてるって分かってる。
でも、今日の晩御飯は何だよって言われるくらい普通に言われたから動揺隠せないじゃん。
「ただし、何の花が分かれば治療出来るんだ」
「って、ことは…俺、治るの?」
主の言葉に続くように薬研が言葉を零す。
それは今の俺にとって救いの言葉。
せめて、薬研の言ったセリフを主に言われたかった…なんて混乱してる頭の片隅で思う。
それは他人事のように。
ハッと我に返る俺は数回瞬きをした。
治療が出来るってことは治せる可能性ある?
その希望を胸に首を傾げる。
「そういうこと!しかも、なってからほぼ一日で見つかるなんてラッキーだよ」
「そーなんだ…てか、確認の仕方……」
俺の問いかけに満面の笑みで答える主。
話を聞くと何の花か見つかるまでに時間がかかるらしい。
俺は実質、今日の朝になって夕方には判明してる。
奇跡的なことみたい。
要は花びらを見てそれらしき花の花粉を取って、花粉症の俺の体に反応する花粉を徹底的に調べたんだって。
花粉症のおかげで命の危機は免れたらしい。
いや、全てを聞くと有難いんだけど。
確認の仕方はもっと別の方法があるんじゃないか。
そんな疑問を浮かんでくるわけで。
「早く治そうね」
「今から薬を調合するから二人ともさっさと仕事に戻れ」
ふふっと笑みを零す主。
俺はいつもこの人に振り回される。
困ったように眉間に皺を寄せると薬研がはあとため息をついた。
そして、俺と主の背中を押して部屋から出す。俺の薬の作ってくれるらしい。
薬研が作れるもので本当によかったって思った。
「はぁ……良かった」
「主?」
部屋を一緒に追い出された主ははあと息を吐く。
それは呆れた溜息とかじゃなくて安堵の方。
何度か瞬きをすると俺は彼女へ問い掛ける。
俺より少し背の低い彼女の顔を覗き込むように。
「清光を失うかもって思ったら怖かったから…」
「主を置いて消えるわけないじゃん。主は俺がいないとダメなんだから」
彼女は眉を下げて笑みを浮かべた。
俺の手を握る。
その手は少し震えていた。
小さな手が縋り付くように俺の手を握る。
それが嬉しくて思わず口角を上げた。
こうやっていつも主は俺をとりこにする。
彼女の姿から目を離すことは無い。
俺はそんな感情を上手く隠して彼女の一番は俺だということを冗談ぽく伝えた。
彼女はそうだねって、花が咲くように笑う。
本当は逆。
俺が主がいないとダメなんだ。
絶対言わないけど。
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